「自分を認める」を言い換えると
「今のままの自分でいい」と思えること。
長い間、そうは思えずに生きてきました。
こんなダメでできないことだらけの
自分を認めてしまったら
それ以上良くなるための努力をしなくなる。
現状に甘んじてしまい向上しなくなる。
そう思っていました。
「今のままの自分」を認めたら
「負け」みたいな感覚でした。
大事なのは
「できる」「実績」に対する自信ではなく
「できない」「底辺の自分」に対する自信
なのだと知りました。
「できる」「実績」に基づく自信は
それが無くなってしまった時に崩れてしまいます。
一方「できない」「底辺の自分」に基づく自信は
それ以下になることはないから
崩れることはありません。
言い換えれば「永続する自信」なのです。
「今のままの自分」を認めるために
始めたことがあります。
それは日常の些細なことで
自分を褒める、労うということです。
具体的には
「朝起きられて偉かったね。」
「ゴミ出しができて偉かったね。」
「遅刻しないで仕事に行けて偉かったね。」
「おにぎりを忘れずに持って行けて偉かったね。」
「ご飯を残さず食べて偉かったね。」
「事故を起こさずに通勤できて偉かったね。」
「洗濯ができて偉かったね。」
「早寝できて偉かったね。」
「今日もお疲れ様。」
といった具合にできて当たり前のことで
自分を褒めたり労ったりします。
こうすることで自分の内側が満たされて来るそうです。
まだ始めてから日が浅いので
効果のほどははっきりしないのですが
私のように自己否定の強い人にとっては
効果的な方法なのだそうです。
ずっと自分のことを否定して
できないところばかりを探して
できるところは当然と考え
自分のことを正当に評価しないできました。
生きづらさの原因の一つは明らかにこれです。
もう自分を厳しく扱うのはやめます。
「エホバの証人」をしていた頃
「人間は塵に等しい存在」
「神のご意志を行うことに価値がある」
と教えられてきました。
その人が「その人のままで」「その人らしく生きる」ことは否定され
「神のご意志を行う人」が価値があると教えられました。
人間の価値付けに条件がありました。
そんなことも私の考えに影響を及ぼしているのかもしれません。
「今の私のままで」「何もできなくても」
「愛されるし」「価値がある」
と信じて生きてゆきます。
「今のままの自分でいいんだよ」と
自分で自分を認めて
自分を内側から満たしてあげたいと思います。
そうして私の「今」を幸せにしてゆきます。