復興報道の影に隠れ、いまだ埋まらぬ「メジャー被災地」と「マイナー被災地」の格差
写真拡大 東日本大震災から5カ月が経過した被災地では数々のイベントが開催され、注目が集まっている。中でも、"メジャー被災地"としてその名を全国に知られるようになったのが、宮城県石巻市だ。この夏はディズニーパレードなど、地元自治体以外も協力した大きなイベントも企画された。
このような復興関連のニュース以外でも、震災発生直後から「石巻」という言葉を見聞きすることが多かったのではないだろうか。これまで渡哲也や舘ひろしをはじめとする石原軍団など、多くの芸能人が慰問のために石巻を訪れたと報道されている。なぜマスコミ出現率、つまり著名人の訪問率が高いのだろうか。その最大の理由は交通の利便性にある。
仙台から石巻は、主要幹線道路を走れば1時間以内の距離だ。震災発生後も比較的入りやすいエリアであったため早くからマスコミに取り上げられ、メジャー被災地となった。
このような被災地は他にもある。たとえば釜石、陸前高田、気仙沼、南三陸、南相馬などは震災後に知名度が全国区になっている。こうしたメジャー化した被災地では、救助や支援の車両を通すために道路が整備され、移動ルートが確保されたためにスムーズな移動が可能となり、早くからボランティアや支援を受け入れる土壌ができ上がっていた。
そのため石巻市には、多くの芸能人たちが支援に訪れることができた。被害の大きな石巻に東京から日帰りで往復できるとなれば、現実的な選択肢となるのだろう。もちろん、何らかの形で復興を支援したいという芸能人たちの気持ちは本物であろうが、芸能人のスケジュールと被災地への移動時間を考えて妥協点となっていたことも否定できない。
一方で、芸能人のボランティア活動は地元の人にはどのように映っているのだろうか。石巻市に暮らす30代の男性は次のように語る。
「芸能人の慰問って言っても、避難所とか炊き出しの場所でしょ。すでに自宅で生活を始めている人にとってはあまり関係ないんだよね」
この男性に限らず、芸能人が訪問することに特別な意味を見出していない被災者も少なくない。それでも多くの人たちは「石巻に注目が集まるのはうれしい」と感謝の言葉を口にする。だが、それと同時に、一向に埋まらない復興格差について心配する声も多い。
「石巻が注目されるのはありがたいことだと思っています。でも、せっかく来ていただくならもっとほかの町に行ってもらって、現状をもっと伝えてもらいたいです。こんな言い方をするのも図々しいけど、今は支援を受けないとすべてが回っていかないから」
これは石巻で被災した40代男性のコメントだが、同様の意見は多くの人から聞かれた。この男性はいまだに安定した仕事に就くことができず、最低限の生活費を稼ぐことすら難しいという。避難所から仮設住宅に入ることができても、その先の生活がまったく見えない状況なのだ。
実際、メジャー被災地であってもまだまだ恵まれた状況とは言えない。石巻市内でも、いまだに電気ガス水道などのインフラが十分に整っていないエリアは多い。これはほかのメジャー被災地でも同じことが言える。
こうした現状と今後の動きについて、どのような対策が取られていくのか。多忙な職務の間を縫って被災体験と被災地のこれからについてまとめた『被災地の本当の話をしよう』(ワニブックス)を出版した陸前高田市の戸羽市長は、「周辺の自治体と連携を始めています。とくに環境エネルギー分野では、周辺自治体との連携は不可欠ですね」と、今後の復興プランについて言及している。ゼロになったからこそできることを模索する姿勢は、今後の被災地にとって必要だろう。
だが、戸羽市長は被災地の現状を指して「まだ、何も始まっていない」と言う。瓦礫が回収され仮設住宅が建ち避難所が解体されたが、これではまだ復興に向けて前進したとは言えない。復興格差を埋めるために行政や被災者がどうすべきなのか、いまだ模索中なのが現状なのである。メジャー被災地ですらこの状況なのだから、マイナー被災地は復興へのスタートラインにすら立てていないことになる。
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http://news.livedoor.com/article/detail/5812082/
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lakers24cobyさん 日本の株式市場はいつからあるんですか?もし、第二次世界大戦の時あったのならどんな状況でしたか?あと、アメリカはどうでしたか?
ベストアンサーに選ばれた回答
you1421さん
とりあえず、現在の東京証券取引所の場合。
<戦前>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E...
<戦時中>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%A8%BC%E5%88%B8%E...
<戦後>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E8%A8%BC%E5%88%B8%E...
>日本の株式市場はいつからあるんですか?
1878年(明治11年) 7月15日-日本初の上場株式として東京株式取引所の売買が開始される。
>もし、第二次世界大戦の時あったのならどんな状況でしたか?
太平洋戦争の途中までは、普通に継続された。
日本証券取引所は、1943年に全国の11株式取引所(東京・大阪・横浜・名古屋・京都・神戸・博多・広島・長崎・新潟・長岡)が統合され発足した。
1945年 8月-長崎への原爆投下により当分休会を宣言し、売買立会を停止する。
http://www.dlmarket.jp/product_info.php/products_id/130117/language...
↑は本の紹介ですが、チャートがありました。「イメージを拡大」のボタンを押して下さい。
戦後は東京証券取引所として再出発。1949年(昭和24年)5月16日 - 売買立会を開始。(再開)
>あと、アメリカはどうでしたか?
http://fujii.org/blog/biz/investment/663.htm
http://blogs.yahoo.co.jp/nagrumi/39300300.html
こんなところでどうでしょうか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1069245345
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おいしいとこ取り、唐突指示…「歪んだ原発政策」垂れ流し
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110826-00000512-san-pol
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