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たいがぁの来た日

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この写真の子は“たいがぁ”君です(生後3~4ヶ月、♂)。
“たれ”と似ていますが、耳は立っています(^^)。
実はこの記事はハスキーが逝く数日前に載せようと思っていたものでした。

ただハスキーの具合が急に悪くなってしまい、載せられないまま前回の記事になりました。
時間軸が若干前後しますが、これはハスキーの逝く四日前の出来事です。


以前の記事「続く命、つながる命」で、我が家には猫の不思議な法則があると触れました。
誰かがいなくなると、その穴を埋めるように新しい猫が何かしらの縁でやって来ると。
ハスキー自身もそうでした。
だから生前、ハスキー(と自分)に
「お前が死んだらきっとまたすぐに新しい猫が来るだろうから、ちっとも悲しくなんかない」
と言い聞かせていました。
そして、その「新しい猫」が“たいがぁ”君です。

いくらなんでも早すぎる、タイミングが良すぎると思われるでしょう。
でもいいんです。
なぜなら、たいがぁは「予約猫」でしたから。
そして「前倒し猫」でもあったのです。

話は少しさかのぼり今年の夏の終わり頃、
近所に古くからいる雌猫(我が家のチャトラの母猫です)にまた一匹だけ子どもが生まれていました。
当初我が家では飼う気は全くなく、エサをあげながら早く貰い手が見つかるよう
できるだけ人に慣らさせたりしていました。

ただ、お袋はキジトラ模様なので「タイガー」と名前までつけていたし、
夜中にうちの玄関前に遊びに来るようになったあげく、うちの犬のジュン君にまでじゃれつくようになっていました。
もし貰い手が見つからないままハスキーがいなくなったら、
この子を家に迎え入れてやろうということに、自然となっていきました。
「予約猫・たいがぁ」の誕生でした。

それからひと月ほど経ち、気がかりになったのはハスキーはなんだかんだと暫くは永らえてくれそうだし、
野良猫暮らしが完全に染み付いてしまったあとで飼い猫にされたら
この子が辛い思いをするのでは、ということでした。
それなら、ハスキーの逝く前でもいいから早めに家に入れてあげたほうがいいのでは、と思うように。
そしてあの日の四日前、「前倒し猫・たいがぁ」は我が家にやって来ることになりました。

うちに来る猫たちは玄関を跨いだらまずお風呂場へ直行させます。
それが最初の儀式のようになっていて、人生初(最後?)のシャンプー洗いと、ドライヤーの洗礼を受けます。
その苦難に耐えて、晴れて我が家の猫となれるのです(^^)
たいがぁは小声で2~3度鳴いただけで、シャンプーもドライヤーも抵抗しませんでした。

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お風呂上り、ビックリ顔のたいがぁ

他の猫たちとの初対面をお互いビビりながらも無難に済ませると、
犬のジュン君にも慣れるくらいだから、打ち解けるのにそれほど時間はかかりませんでした。
トイレの場所もその日の夜には憶えてしまうのが猫のスゴイところではあります。

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ハスキー、究極・至高の枕❤
よく考えたら我が家のオス猫勢ぞろいの図でした(笑)。

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たいがぁ・・・ほんの、ほんの少しの間しか一緒にいられなかったハスキーだけど
その記憶の片隅に憶えていてあげて・・・


このあと急にハスキーは歩けないくらいに弱ってしまい、そして旅立ってゆきました。
この記事を書いていてふと思いました。
ハスキーが逝ったのは突然のことではなく、ハスキーの望んだ必然ではなかったかと。

あれだけ必死に生きていたハスキーが急に弱っていったのは、
自分のあとを継ぐ猫が来て、安心して旅立つ気になったのではないかと。
そして、ハスキーはこんなに良い子を残していってくれました。

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ハスキー、僕はもう大丈夫だよ
たいがぁのこんな姿を見て笑ってる僕がいる
空の上から見てるハスキーも、きっと笑ってくれてるよね


夕飯時、親父のあぐらの上で寝ているたいがぁがいました。
空席になるかと思っていたその場所を、また新しい猫が埋めてくれました。


たいがぁの来た日・終
 

ハスキーの来た日

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11月25日午前4時22分、我が家のおじいちゃん猫・ハスキーが静かに息を引き取りました。

ハスキーに関する記事は度々取り上げてきて、最近は病の中での記事が多かったですが、
その度に暖かい励ましのお言葉をくださった方々へ、この場でお礼申し上げます。
どうもありがとうございました。

ハスキーは享年16歳でした。
もう少し長生きをさせてあげたかったですが、若い頃の野良猫とのケンカでエイズキャリアになっていたらしく
また子供の頃からずっとお腹の弱い子だったので、これが精一杯の寿命だったと思われます。

最近膀胱炎が再発し投薬中でしたが、亡くなる二日前に膀胱炎よりも口の痛みを取るほうを優先してあげようと
痛み止めの注射と点滴をしてもらったばかりでした。
でも無駄になったとは全く思っていません。
二日後に死んでしまうことが分かっていたとしても、きっと痛み止めを打ってあげたと思います。

その注射で口の痛みは取れていたはずですし、
膀胱炎もオシッコの色が正常に戻っていたのでほぼよくなっていたようです。
それらの痛みから解放して送り出せたことに安堵し、
そしてもし痛みを残したまま旅立たせてしまったら、一生悔いが残るところでした。

ハスキーは数日前から全く歩けなくなっていて、水もトイレも人頼りでした。
亡くなる数時間前にも柔らかいレトルトを少し食べさせ、トイレもさせました。

25日の午前3時過ぎ、ハスキーの様子を見てから仮眠を取るつもりでしたが、
見るともう体全体で呼吸をしている感じでした。
「その時」が近づいていると思い、お袋たちに挨拶をさせたあとは膝に抱いたままずっと起きていました。
もしあの時あのまま仮眠を取っていたら、ハスキーを独りで逝かせたことを
後になってやはり後悔したことでしょう。

膝の上に寝かせ、以前の記事「おくりねこ」で書いた約束どおり、
もう舌の出せなくなったハスキーの口に頬を当てて、感謝とねぎらいの言葉を続けました。
そして
静かな、安らかな終わりでした。




この機会に、ハスキーが我が家に来ることになった経緯をお話します。
それにはハスキーの「前」の猫のことから話さなくてはなりません。

シャム子さんがうちで生んだ子猫に灰色猫(ロシアンブルーと酷似)の「シルバー」という男の子がいました。
とても大きな声で鳴く甘えんぼで、
遊んで欲しい時はおもちゃを咥えて持ってきて、それを放り投げると大喜びでまた咥えてまた持ってくる。
その遊びを飽きるまで延々繰り返していました(この遊びは今のメイもするようになりました)。
一度、猫パルボ(汎白血球減少症)になってしまい生死の境をさまよってからは、
元気になったシルバーに一層家族の愛情が深まりました。

そのシルバーが四歳を過ぎた頃、ある日忽然と姿を消してしまいました。
当時シルバーの毛色は珍しかったせいか(もともと人懐っこい猫なので)誰かに誘拐されてしまったのか、
何日も何日も家族全員で探し続けましたが・・・。

こういう別れ方は死別の悲しみよりもある意味辛く、まさに「真綿で締める」が如くに長い間胸を締め付け続け、
あれから十数年経ちますが、いまだにシルバーの写真を見る気にはなれません。

シルバーにはガールフレンドの野良猫がいて、自分の家を自慢するように庭に連れてきたりしていました。
やがてその野良猫が子供を産んだらしく、一匹の子猫と一緒にいるのを見かけるようになり
(シルバーは去勢をしていたので他にもカレシがいたことになります・・・)
その直後くらいにシルバーはいなくなってしまいました。

少し後になってガールフレンドの猫が、何か悪いものを食べたらしく畑で死んでいるのが見つかりました。
シルバーのことを諦め一家で悲嘆にくれていたある雨の夜、
母親を亡くしたその子猫が一人で、うちのボイラーの上で鳴いていました。
それがハスキーでした。

その時のかすれてようやく聞き取れる声、「ハスキーボイス」が名前のゆえんです。
そしてシルバーの穴を埋めるようにやってきたハスキーは、
我が家の深い悲しみを癒してくれたのでした。




昨日ハスキーの埋葬を終えました。
うちには少しばかり山林の土地があるので、
その一角を10年くらい前から「小さな家族たち」の墓地にしています。
先代のジュン君に始まり、ミーやシャム子さんや“のえる”にネネ、
ニワトリや亀、ウサギ、みんながそこに眠っています。

ハスキーとの最後のお別れを、そこで済ませてきました。

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フードとお刺身と缶詰、もう口は痛くないだろうからゆっくり大事に食べるんだよ
花はあまり咲いてなかったから少しで勘弁して
お別れだ、ハスキー
みんなに会ったらよろしくね・・・

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ベロ猫ハスキー、これがお前を写す本当の最後の写真・・・
今度会えた時は、好きなだけ顔を舐めさせてあげるよ
今までありがとう、ハスキー
ありがとう、ありがとう、ありがとう

 

写真のハスキーの奥には「ネネ」が寝ています(ーー)
今までハスキーを励ましてくださった皆様に改めて御礼申し上げます。
長い間ありがとうございました。


ハスキーの来た日・終
 

猫ドミノ

 
いよいよ寒くなってきましたね。
ニャンコ達もくっついて寝ることが多くなってきました。
左からメイ→ハスキー→たれ→チャトラ
 
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名付けて「猫ドミノ」(^^)
 

ハスキーは先月ようやく治まった膀胱炎がまた再発してしまい、薬もほとんど効かず
菌に耐性ができてしまったのか?猫エイズが治りを悪くさせてるのか?
薬を変えてみたり試行錯誤中です。
(菌を検査して特定すれば薬は決めやすいのですが、検査費用だけでも高額なので)

口の痛み止めの注射もしてやりたいですが、いっぺんに二つの抗生物質はよくないので
痛がる口を開けて食べ物を放り込んでます(食欲はあるので)。

ゆるやかでも少しづつ良くなって、長生きして欲しいものです。

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そういえば母親代わりだったシャム子さんも膀胱炎を何度もやりました。
晩年は腎不全でした。
空の上から「まだ来ちゃダメよ」と言ってるのでは・・・


猫ドミノ・終