こんばんは。

MAYです。皆様いかがお過ごしでしょうか?

私は今日は先週までの疲れが一気にきてしまったのでしょうか、

なかなか布団から起き上がれず、気付いたら18時頃までお布団の中で過ごしてしまいました…。

私は火・水が仕事、木が学校なので金土日月が休息日としているのですが、どうしても金、土、日は何かしらの予定が入ってしまう為、月曜日に完全な休息日として1週間を過ごしております。

 

まぁこんな事はさておき…。

前回のブログの続き。実家での静養からの緊急入院編を書きたいと思います。

 

仕事が急遽、休職扱いとなりまして実家に帰った私。

今までの仕事に追われていた日々からの何も無い生活に戸惑いながらも、

朝は散歩に行ったりと至って普通に過ごしていました。

 

そして実家に帰ってから間もなくして、紹介状を書いてもらった実家の近くの

精神病院を受診する事に。この日は家族揃って病院に行きました。

 

まずはこの病院でも最初に心理士さんと30分ほどカウンセリング。

メンタルクリニックの方で聞かれたのと同じ様な事を話して、一旦終了。

そして、次はお医者さんの診察。

基本的な情報に関しては紹介状に書いてあるのである程度はお医者さんの方には伝わっており、

軽くこれまでの経緯と今の現状を伝えます。

 

でも私にとってはこの先生がちょっと合わなくて…。

私の話を聞くなり、「入院してもいいし、通院してもいいよ。」

ってあっさり話を切り上げられてしまって…。

 

なんだかなー…ちょっと威圧感のある先生だなーと思いつつも、

まずは入院施設を見てみましょうかと言われたので見学をする事に。

 

そこの病院は勿論精神病院なので、認知症やあらゆる精神障害、知的障害等…様々な患者さんごとに

病棟が分かれています。

 

その中でも私が紹介されたのがストレスケア病棟という病棟でした。

この病棟はいわゆる急性期のうつ病の人が入院する場所です。

急性期のうつ病は”気分の浮き沈みが激しく変化する”であったり”体がなんとなく不調だったり…”といった症状が見られる事が多いそうです。

 

まあでも私の中ではなんというか、そんなに症状は重くは無いけれど心が疲れてしまっていて休息がある程度必要な人が入院する病棟みたいな捉え方でいました。

 

案内されたストレスケア病棟はいたってキレイな環境で、緑も多く。

開かれた明るい病棟だったイメージがあります。

看護師の方の説明によるとここで入院すると3ヶ月ほどストレスケアの治療を行って心を休め、退院をするという流れになっていると説明されました。

 

でもさすが精神病棟です。

全ての窓は開きません。

病棟は完全隔離されていて、一人で自由に出入りが出来ない様になっています。

先ほど”開かれた明るい病棟みたい”と書きましたが、やはり開かれているといっても

最悪な事態が起きない様、厳重に管理されているという印象は受けました。

 

実際に入院施設を見て、入院するかしないかは皆様で話し合って決めてください。と言われたので

一旦その日は帰る事に。

 

個人的には入院というのはあまり気が進みませんでした。

というのも休職という扱いを受けていますが、抱えている仕事の案件は山ほどあります。

それをほっぽり投げて入院するというのはどうも私の中では乗り気ではなかったのです。

 

休職が決まった時点で私は8月末日に退職することが決まっていました。

8月は夏ということもあり抱えている仕事(イベント)も多く、それだけは全うして辞めたいというのが本心でした。

しかし3ヶ月間入院をしてしまうと、8月の仕事は出来ないことになります。

 

親は入院をしたほうがいいんじゃないかと、入院を勧めてきました。

ですが、どうしてもそれに対してYESとは言えず、自分の思いを伝えました。

渋々両親は私の意見を飲んでくれて、入院はせず通院で治療を行っていくという方向で

合意してくれました。

 

それからは与えられた薬を飲みながら、家でもできる仕事をこなしたり、

普通に過ごしていました。

 

体もなんだか元気だったので、母親と気分転換にディズニーランドでも行くかということになり、

5月末にディズニーランドに遊びに行きました。

 

その日1日は何事もなく、久しぶりの休日らしい休日を楽しんだ気がします。

 

ですが、その次の日。

どうしてもベッドから起き上がることができず、1日中寝てばかりいました。

 

夜ご飯の時間になって起こされて、ご飯を食べたあと私が

「なんだか気分が乗らないし眠いし頭がいたい…」

とぽろっと言葉を発しました。

 

それに対して母親は「ディズニーで疲れただけでしょ。寝すぎで頭痛いだけだよ。」

と何気なく笑いながら言いました。

 

そこからです。

心がずっとモヤモヤしてきてました。

ディズニーになんか行った私が悪かったんだ。

ずっと寝ている事は悪なんだ…

 

そんな悪い考えが頭を駆け巡っていきます。

 

何を考えても悪い方向にしか頭がいかなくなります。

いわゆるこれが負の循環と言うのでしょうか…。

そこから抜け出せなくなった私は思考がどんどんマイナスになっていきました。

 

そして、突然の吐き気と共に嘔吐。

 

そこから殆どの意識はなく、気付いたのは次の日の朝。

柵に囲まれた、布団しかない病室で目覚めました。

 

あとから両親に聞いた話ですが、母親に「死にたい…」という旨のメールを

ひたすら送り続けていたそうです。

それに対してこれはヤバイかもと思った両親が病院にすぐ連絡。

病院は深夜だった為、最初は診察を拒んでいたそうなのですが、どうやら電話越しで

医者が私と会話したらしく、その私の雰囲気がやばかったのかすぐ来てください。との事で

病院に運ばれ緊急入院という運びになったそうです。

 

目覚めた病室は、なんと言えばいいのでしょうか…。

いわゆる牢屋みたいな感じを想像してくれれば良いかと思います。

 

私は何が起きたのかわからず、そのまま布団でぼーっとしていると看護師さんがやってきて、

朝食を運んできました。

私が入院説明を受けた病棟とは違い、そこは完全に閉ざされた場所で怖かった印象を覚えています。

 

朝食なんて食べる気にもなれず、そのまま全てを残しました。

そして血液検査をされ、お医者さんが診察。

 

その間、ずーっと私はぼーっとしていました。

頭が回転していない状態といえば分かるでしょうか?そんな感じです。

 

そして気付いた頃には母親が来ていて、その病室から出る事になった私は即日以前説明された病棟での入院が決定致しました。

 

これが私の入院に至るまでの経緯です。

 

今思い返してみれば、本当にちょっとした一言で気分がガクっとどん底に落ちてしまう位

心が不安定だったのだと思います。所謂情緒不安定みたいな感じでしょうか?

 

あまりにも事が一気に進んだ2日間だった事だけははっきりと覚えています。

 

 

さて。

纏まりのない文章になってしまいましたが、これが私の入院に至るまでの経緯です。

 

次回からは入院生活編に移ります。

 

ちょっと更新が滞るかと思いますが、ご了承ください。

 

 

では。皆さん。

良い一日をお過ごし下さい。

 

 

皆様、こんにちは。そしてこんばんは。

MAYです。

 

今回は薬を飲み始めてからの生活編と題しまして、

前回の記事でお話ししたメンタルクリニック編からの

続きとなります。

 

メンタルクリニックでまず処方されたのは…とお薬手帳を見返してみたのですが

案の定、記載をしておらず結局わからず仕舞い…。

ただ不安安定剤みたいなものを毎食後処方された覚えがあります。

 

薬を飲み始めてからの生活はなんらさ変化も無く、いたって普通でした。

同僚にも「この前病院いったら薬処方されちゃったんだよねー。抑うつらしいわー」

なんて笑い話の様に話せる位のテンションでした。

 

ただずっと頭の中にあったのは先生に言われた「勝手に薬を飲むのをやめないでください。」

の一言。

これはなんとなく自分の中でも辞めたらヤバいんだろうな…と思って毎食後必ず飲んでいました。

といっても薬を飲まなきゃ!とかこれが無いと生きていけないんだ!正常な心を保てないんだ!

なんて重くは考えておらず、結構簡単に考えていました。

 

でも仕事がら強い光の刺激や音の刺激を受ける事が多いのですが、それに強いストレスを感じはじめていた時期でも

あったような気がします。

 

 

薬を飲み始めてから数日経った位でしょうか…。

正確には何日後だったか覚えていませんが、その日は仕事が休みでした。

朝からなんだか体が重く体調が悪いなーと思いながらもご飯を食べて薬を飲みました。

 

でもだるさは消えず、ずっとベッドでゴロゴロしていたのですが、どうしても心の中のモヤモヤや

倦怠感が消えない…。

 

そんな時、ふと思ったんです。

薬を沢山飲めばもしかして楽になったりするかも。って。

 

でも薬は容量、用法を正しく飲まないと危険なものです。

それに私の知り合いにオーバードーズ(薬の大量摂取)で命を落とした方がいらっしゃったのを

知っていたので、飲んではいけないという気持ちに襲われました。

それでもこのだるさからなんとか抜け出したい。

異様な心の重さから抜け出したい。と薬が飲みたくて飲みたくて仕方なくなりました。

 

今思えばこれも一種の異常信号だったのかもしれませんね。

それでもまだ理性の働いていた私は、メンタルクリニックに連絡をしました。

その日は都合がよく、ちょうど担当の先生が居る日だったので至急来てくださいとの旨を伝えられ、

メンタルクリニックに行く事に。

 

メンタルクリニックに電話を終えた後、ふと思い立ったのが父親に電話しよう。という考えでした。

なぜそう思ったのかは良く分かりません。でも気づいた時には泣きながらお父さんに電話していました。

 

電話越しに「これはヤバい…」と思ったのか父親が急遽、仕事を切り上げて私が住んでいるところまで

来てくれる事になり、病院の最寄り駅で待ち合わせする事に。

 

もう既にここでの記憶は曖昧ですが、父親曰く会った時の私の目つきが明後日の方向を向いていて

これは思った異常にやばいかも…と思ったらしいです。

(自分では気づきませんでした。その時は薬を早く飲みたいという気持ちで一杯一杯だったので…)

 

 

こうして父親と二人でメンタルクリニックへ行く事に。

本来であれば父親や家族と同伴で先生の診療を受ける場合には予めその旨を伝えた方が良いらしいです。

まあナイーブな案件なだけにこれには納得いきます。

 

診察室にはまずは私一人が通されました。

先生に現状の事、薬が飲みたくて飲みたくて仕方のない事。

仕事のスタイルは何も変わってない事を伝えました。

 

先生は私の前では優しく「今の仕事をやめた方が良いと思うな…。」とか

「どうしてもこの生活スタイルは変えられないのかな…?」と優しく聞いてくださいました。

でも好きで始めた仕事。そう簡単には辞めたくない気持ちが大きくてそれを拒み続けました。

 

1対1での診察が終わり、父親が呼ばれ二人で先生の話を聞く事に。

 

そこで言われた事は、自分にとってはあまりにも衝撃的でした。

 

「いつお嬢さんが最悪の事態を引き起こすかわからないのでお願いですから仕事をやめさせてください。

そして紹介状を書きますので入院施設のある精神病棟に通院してください。」と…。

 

 

正直言って唖然としました。

頭の中がごちゃごちゃになりました。

自分がここまでの状態になってる事が把握できませんでした。

精神病棟に入院…?仕事をやめなければいけない…?

もう何がなんだかわからなくて、診察室を出た後、

待合室で号泣しました。

 

なんで号泣したのかは良く覚えていません。

でも今思えば、とにかく頭の中がごちゃごちゃで、やるせなくて…

仕事も辞めなきゃいけないくらい自分の心と体はボロボロになってた事に気付かされてしまったという衝撃に

打ちのめされてたんだと思います。

 

案の定その日から私は仕事を休職という形に入り、メンタルクリニックに行ったその足で

実家に向かい静養することになりました。

 

 

急に自分の生活の大部分を占めていた仕事がなくなったという虚無感。

体が思った様に動かない、気力が出ない不安感と不信感。

それでも久々に帰った実家で家族は暖かく迎えてくれたので、

そこは素直に感謝しているところであります。

 

 

以上がメンタルクリニックから薬を飲み始めてからの生活編でした。

 

今思い起こせばこの頃はまだ抑うつ状態というもので、

軽いものだったのだのかなと思えます。

 

次回は実家での静養から緊急入院編と題しまして記事を書きたいと思います。

 

 

では。皆様。

良い1日をお過ごし下さい。

 

 

 

 

 

 

今回は人生初のメンタルクリニック編と題しまして、

メンタルクリニックとはどういう所なのか。

実際に私が体験した経験を基に色々と書いていこうと思います。

 

注:あくまでも個人的な説明となりますので、個人差、クリニックの差はある事をご了承ください。

 

さて、前回のブログで書いた通り、私は初めてメンタルクリニックという所に行く事を決意しました。

 

まずは勧められた病院に電話をして予約を取る事に。

今日か明日位の日時で予定が取れるだろうーと思っていたのですが…。



 

なんと告げられたのは約2週間後!!!!!←

この時点で世の中でどれだけの人が心を痛めているかが分かりますね。

 

そしてなんとなく2週間弱が過ぎて、いざメンタルクリニックへ。

なんか私が想像していたTHE 病院みたいな所ではなく、お家みたいなクリニックでした。

 

暫く待つとまずはカウンセリングをします。と心理士さんと2人で小さな個室に入りました。

内心何を聞かれるのかドキドキです。

 

まあ具体的に聞かれた事を話しますと、

年齢や職業、普段の生活スタイル等々…

まあここら辺は聞かれるだろうなと思っていたので素直に答えました。

 

個人的にここがポイントだったと思った質問は

1.家族関係について。

2.親戚にうつ病及び精神疾患を患っている人はいるか?

 

という所でした。

 

個人的な話になりますが、私には血の繋がらない妹が居ます。

所謂父親が浮気をしてその相手とできた子供です。

これは丁度私が高校に入るか入らないかあたりの時に発覚しました。

勿論それなりに傷は負いましたが、数年の時が経ち、父親とは一応和解。

なんとなく普通の親子関係に戻っていました。

 

またそれと同時期に仲良くしていた叔父を亡くしました。

亡くなった理由はうつ病による自殺。

叔父は所謂仮面性うつ病という診断を受けていて、

結果自ら命を絶つという決断をとりました。

まさかうつ病だっただなんて知らなかったので、

その時の衝撃は今でも鮮明に思い出せます。

 

この頃からでしょうか…?私は”自殺”という行為に

悪を感じなくなっていました。というと語弊があるように感じるかもしれませんね。

よく見かけるじゃないですか?”自殺はだめ!”とか”自ら命を絶つ前に相談を!”とか

そういう文言。

 

はっきり言って、なんでダメなの?って思っていたんですよね。

勿論、多方面から考えたら自ら命を絶つという行為はとてつもなく悲しい事であり、

正直勧められるべき行為ではありません。

 

ただ、叔父が自ら命を絶ったあの日。

叔父の顔はすごく安らかに見えました。

何もかもから解放されて幸せそうな顔をしていた様に見えたんです。

 

それを見た時に、これで叔父は良かったのだ。と勝手に自分の中で解釈をしていたんです。

 

人には苦しい事があったとき、その事から逃げ出したくなりますよね。

逃げ方は人それぞれで、例えばリフレッシュをしに趣味に走ったり…会社を休んだり…寝たり…

その逃げ方の一つだと思ってたんですよね。

自ら命を絶つという行為も私にはその一種と思っていました。



まぁでもこんなに長々と書きましたが今回は仕事の事が原因だと思っていたので、こんな過去がありますよー。程度に心理士さんに話しました。


全ての質問が終わって最後に言われたのが、

「この紙に木を描いてください」

でした。

これ、後から調べたら有名な心理テストみたいですね。メンタルクリニックやカウンセリングで良く使われている物らしく、もしかしたらもうご存知の方や実際にやられた方もいらっしゃるかもしれません。


知らない方はバウムテストでググってみてください笑


簡単に言って説明してしまえば、その人の性格や深層心理が分かるテストです。


どんな木を描いたかは忘れてしまいましたが、なんとなーく頭に浮かんだ木をふわっと描いた気がします←



ここで、心理士さんとの時間は終了。

一旦待合室に返されて次は先生の診察です。


診察室に入るとさっきの心理士さんと話した内容や描いた木などから得た情報が全て先生に伝わっていました。


まあ、先生にも軽くここにきた経緯を説明して…

そこで先生に言われたのは、


「あなたは抑鬱状態ですね。」


の一言でした。


先生にズバッと抑鬱だ!と言われると意外とメンタル的にくるもんで、内心うわぁ…まさか自分が…って感じだったのを今でも覚えています。


先生の分析によると私は

・人の行動や言動に敏感

・真面目

・繊細

・言いたいことがあっても周りの意見を尊重する傾向がある


そして、

・自殺念慮がある

でした。


青で書いた部分は言い方は綺麗ですが、こういうタイプの人が非常にうつ病になりやすい傾向にあるそうです。


そして、"自殺念慮"

これは自殺念慮とはに書いてあるのでちょっと読んでみてください。


私にとって先生はこれが一番心配だったらしく、すぐに朝昼晩毎食後の抗不安剤の投薬が決まりました。

そして、また一週間後に来てください。と言われて今回の診察は終了。



あくまでもこれは、抑鬱状態の段階での話です。



クリニックを出た後は、意外と気分は普通で薬を飲めば落ち着くだろう程度に思っていました。でもそれと同時にまさか自分が精神安定剤の様な部類の薬を飲むことになるだなんて…とショックを受けていた部分もあったかもしれないなと今思います。



長々と書きましたが人生初のメンタルクリニック編はこれにて終了です。

あくまでも、私個人の話なので全てのうつ病、及び抑鬱状態の方がこんな診察を受けたかと言ったら違うと思うのでそこだけご了承下さい。


次回は、薬を飲み始めてからの生活編を書きたいと思います。



では。


 

私は4年制の大学を卒業した後、とある小さな会社で働きだしました。

職種としては主に音楽系のイベント製作や企画、営業を担当。

 

学生時代から音楽業界の裏方で働く事を夢に持っていて、

それが実現できた事がとても嬉しかったのを今でも覚えています。

 

1年目は仕事に慣れるのに必死でした。

なんせイベントを製作したり企画したりする生活なので

休みは不定期、仕事のスタイルも昼夜逆転が当たり前でした。

 

2年目は仕事にも慣れ、繋がりも増え、そして任される仕事も増えていきました。

それと同時に沢山の悩み事も増えていきました。

ただそれを吐き出せる先輩が居たので大して気にもしていませんでした。

 

事態が変わりだしたのは3年目に入った頃…。

今思えば、仕事の形態に対する不満や、昼夜逆転の生活

相談して解決していたと思っていた仕事の悩みが根本的には解決されていなかったのだと思います。

自分では気付いて居ない所で体が信号を発し始めました。

 

私の場合は信号の一つとして、朝出勤前にシャワーを浴びるのですが、

その際に必ず電球のそばに書いてある注意事項(電気の取り替えは電源を切ってから行ってください。とか水はかけないで下さい。とかいうやつ←)をただ只管に繰り返し読んでいました

 

自分でも意識していないうちに言葉を発していて、ハッとする事が多くなっていきました。

でもあまり気にせず、ただ疲れているだけだろうと思ってやり過ごしていました。

仲間同士では笑い話にもしていました。←

 

 

そんな日常のある日、上司と仕事の事でメールが送られてきました。

 

私にはそのメールが引き金になったのだと思います。

 

どうして私はこの仕事をしているんだろう。

なんで上手くいかないのだろう。

職場での自分の存在価値がわからなくなりました。

 

でも”仕事に行きたくない”とは思いませんでした。

楽しい事も沢山あったから。

どうにかして自分をスキルアップさせようと頑張ろうと。そう思っていました。

 

でも心はどうやらその気持ちについていけてなかったみたいです。

 

ある日の休み、気づいたら家のガスコンロをずっと付けっぱなしにしていました。

 

気づいた時は焦りました。

料理をしていて消し忘れた訳でもなく、ガスコンロの火がずっとついていたのです。

 

気づいたからよかったものの、一歩間違えれば火事。

さすがにこれはヤバイかなーと思って仲の良い友人に事の事態を軽い気持ちで相談しました。

その友人は以前パニック障害で精神科に通って居た経験のある方でした。

 

そして友人に相談して真っ先に言われた事は「早めに病院に行った方が良い。」

 

この一言でした。

 

いたって体も健康です。

火を消し忘れた事だって、注意書きをひたすら読んでた事だって

自分にとってはちょっと疲れてるだけだろー的な感覚でした。

 

でも予想以上に病院に行った方が良い。いや正確にはメンタルクリニック

行った方が良いと強く念を押されたので、私はそのメンタルクリニックとやらに行く事にしました。

 

 

今回はここまでです。

次回は初メンタルクリニック編をお送りします。

 

 

 

 

 

 

こんにちは。

はじめまして。MAYと申します。

 

最近よく耳にする事が多い”うつ病”

所謂心の病気って事ですね。(本来はそうでは無いがそれは後ほど…)

 

このブログでは私のうつ病との生活を

主に綴っていこうかと思っています。

 

うつ病に至った経緯。

一番つらかった時期。

寛解への道。

等々…

 

あくまでも個人的な経験談をつらつらと自己満で

書いていくものですので、あまり面白い文章とは言え無いかもしれませんが、

それでも自分なりの解釈で色々と書いていければ良いなと思っています。

 

そしてそれが誰かの心に響いてくれたら。

助けになってくれたら幸いです。

 

 

以上。MAYでした。

これから宜しくお願いします。