長田照代のブログ -45ページ目

伝説の会社「カブトデコム」は解散したの?

札幌、室蘭、北海道、千葉、東京、北海道拓殖銀行ファンのみなさん






こんにちは






ながたしょうだいです






あのカブトデコムが解散していたとは知らなかったです。






北海道民以外の方は知らないと思いますがカブトデコムは建設会社でバブル時代に急成長した伝説の会社です。






1990年代当時の札幌市内には、たくさんのカブトデコム所有のビルがあって確認できた。






カブトデコム史上最大の大計画「エイペックスリゾート洞爺」の建設などニュースで報道されたほど注目されていた。






何故カブトデコムは大きく成長したのか?






それは北海道拓殖銀行との蜜月関係にある。






当時の北海道拓殖銀行は新興企業を育てる目的でカブトデコムと手を組んだ






北海道拓殖銀行から融資を受けたカブトデコムは北海道内企業合併や札幌をはじめ北海道の不動産買い占めを行った






不動産の評価額以上に北海道拓殖銀行は融資を続けた。






その後のカブトデコムはアメリカ不動産を手を出して、バブル期に1000億円を売上を計上し、店頭公開では1株4万円台をつけるなど、うなぎ登りだった。






カブトデコムは洞爺湖にゴルフ場とホテルを合わせた「エイペックスリゾート洞爺」を総工費約600億円で建設する。






しかしバブルが弾け、不動産価格は下落しほとんどが不良債権になった






エイペックスリゾート洞爺はバブルが弾けた後に完成したがゴルフ・ホテルの会員券が売れず、ゴルフ場とホテルの経営権は北海道拓殖銀行へ移った。






しかし、ゴルフ場やホテルなど銀行員が運営できず、銀行と共に倒産した。






普通ならカブトデコムも倒産すると思うが、ところが潰れない!






アメリカでの不動産事業(カブトデコム子会社)が好調な為、アメリカ子会社からの利益で負債を返していたのだ。






しかし、リーマンショックとサブプライムローンでアメリカ不動産事業も不振になり、負債を返す事もできなくなり負債総額約5000億円で事実上倒産(解散)した






カブトデコムは従業員2人とスコップ6丁から始まった小さな会社が北海道拓殖銀行を破綻に追い込んだ企業として北海道の歴史上に名を残すであろう!






という事で、ながたしょうだいでした







今夜11時は「パイロットステージ」放送です

千葉、東京、神奈川、関東地方のみなさん






こんばんは






ながたしょうだいです






今夜11時に市原FMで「長田照代のパイロットステージ」放送があります






今夜の企画は『長田照代の思い出グラフティー』元気が出る応援歌特集をお送りします






どうぞお楽しみに!






いちはらFMは76.7メガヘルツ出力20ワットにて市原市役所屋上より電波を発射しています。







放送エリアは市原市北部と中部、千葉市中央区の一部と美浜区の一部が放送エリアです。






「長田照代のパイロットステージ」再放送は毎週月曜日夜11時からお送りしています。






よかったら再放送も聴いてくださいね!






長田照代からのお知らせです。


4月から「長田照代のパイロットステージ」放送時間が変更になりました。

本放送は毎週水曜夜11時に変更になります。

再放送は変わらず毎週月曜夜11時からですのでよろしくお願いします。






という訳で、ながたしょうだいでした






今夜23時は「パイロットステージ」






室蘭の富士屋模型を振り返る

室蘭、札幌、北海道、千葉、東京、関東地方、富士屋模型ファンのみなさん






こんにちは






ながたしょうだいです






室蘭の歴史は製鉄の歴史でもある。






昭和時代、室蘭の経済を支えていたのは確実に新日鉄グループと言っても過言ではない。






それだけ新日鉄の社員がたくさんいたという事になる。






新日鉄の社員が落としたお金は地元スーパーや飲食店、町の電気屋、古びたスナック?など室蘭経済を支えてきました。






新日鉄社員の子供はおもちゃを欲しがります。






という事はおもちゃを買うなら富士屋模型ですよね!






もともとの富士屋模型の基礎は大手メーカーの田宮模型から来ている。






田宮模型の星印も使用しているから、その流れは大体わかるはず






それ以外でもガンダムシリーズのプラモデルなど扱っていたので、1980年代前半はラジコンとプラモデルを中心に繁盛していた。






そして80年代中盤からファミコンブームが始まり、富士屋模型はラジコンとミニ四駆、各種のプラモデルとファミコンソフトで室蘭一いや胆振一のおもちゃ屋さんに急成長した。






バブル時代になると富士屋模型本店は手狭になったので、長崎屋中島店となりのグリーンデパートに支店を出すなど勢いを増してきた。






ドラクエシリーズ、ディスクシステムの書き換え、ゲームボーイ、スーパーファミコンなどバブル時代に発売したおもちゃが大ヒット






近くにあったおもちゃ屋のハッピートークは勝てるはずもなくその後廃業する。






その後の富士屋模型はPCエンジンなどでひと儲けして、80年代前半の売上の大半はラジコンとプラモデルだったが、バブル期では約9割がファミコン・任天堂関連・PCエンジンの各ソフトの売上になっていた。






1990年代後半の富士屋模型はファミコンブームが終わりプレステへ移行するが、若者はポケベルやPHS、携帯電話を使用を始めると今までゲームソフトにお金を出していたものが携帯電話代へ変わった。






そして、ファミコンブームが去った後は中古のカセットがたくさん在庫を抱える状態になった






ひっそりと閉店した富士屋模型ですが、ファミコンブームで稼ぎまくったお金があるおかげで、倒産というより余力があるうちに廃業したと思われる。






旧本店は道路拡張でその建物存在は完全に無くなった。






一代で室蘭のファミコンブームを牽引した富士屋模型は伝説のおもちゃ屋さんとして室蘭の歴史に名を残す事でしょう






という事で、ながたしょうだいでした






ちなみにハッピートーク主催でハドソンの人気ソフトのスターソルジャー大会をしていたのはあまり知られていないようです。






16連射のタイムを計るやつ買っておけばよかった