ピーさんブログのー、ゴリです。
前回大学の先輩達を見送りに行って、自分の用事があり、午前中には大学を出発しなければならなかったと書いた。
その用事とは実は私がバレーを教えている高校の卒業式だ。
うちの高校の女子バレー部は毎年卒業式が終わってから卒業生の送別会をやる。
その送別会に行っておめでとうを言わなければならなかった。
そのため先輩を見送りに大学へ行き、12時に出発して急いで教え子の送別会へ。
送別会は13時30分頃までやっているということだった。
大学からは1時間30分かかる。
電車を乗り継ぎ、急いでバイクに乗りかえ、高校に向かった。
最後に集合写真を撮っているところにギリギリ間に合い卒業と写真を撮り、在校生達も入って集合写真を撮った。
今年の卒業生は3人だけ。
今までに3回卒業生を見送っているが今年は特に思い入れがある子達だったかもしれない。実は今の2年生も3人しかおらず、卒業生の代は今の1年生が入学してくるまでは当時の2年生
スパイカー2人
レシーバー1人
1年生
スパイカー1人
セッター1人
レシーバー1人
と6人ギリギリで活動をしていた。
顧問の先生はこの子達に代替わりをして一番初めに、「6人しかいないけどスゲーって言われるチームになろうな」と話をした。バレーはもちろん、学校生活や勉強の面も含めてこいつらスゴイなと言われるようになってくれという意味だ。
自分はバレーの面しか知らないがプレーは一生懸命だった。
自分はこいつらのコーチであり、ファンだった。心から応援していた。
スパイカーは3人しかおらず、1人は中学でやっていたがほとんど教わったことがなく、正直へたっぴでトスは先輩スパイカーの2人を中心に上がっていた。セッターも上げざるを得なかった。
この2人は大会のリーグ戦の3試合目辺りではいつも足が攣っていたが、私たちが決めなきゃ勝てないと必死に跳んで打っていた。
レシーバーの2年生もへたっぴで、私がコートに入ってて良いのかなという気持ちがプレーに出ている時もあった。しかし最後はなりふり構わずボールを落とすまいとプレーをしていた。
こいつらが引退した時に、もっと勝たせてやれた。こいつらともっとバレーをやりたかったと後悔している。
送別会集合写真を撮った後に卒業生3人からメッセージが書かれた色紙とカップをもらった。
家に帰って色紙を読んでいる時、応援していただけの自分に「ゴリさんがチームを強くしてくれました」「ゴリさんがコーチだったから最後までバレーを続けられました」と自分に宛て書いてくれたメッセージを読むと、試合にボロクソに負けて子供達が泣いていたこと。
勝って調子に乗ってはしゃいでいたこと
練習試合で1日1セットも落とさなかったからアイスをご馳走しろと言われアイスを買って公園で食ったこと
練習試合でお前らはこんなんで良いのか?もっと強いはずだろ?と泣かしたこと
引退してから土日の練習に来てくれて昼飯をご馳走してやったこと
漢字を間違えてばっかで絶対卒業させないと笑ったことが次々と浮かび、本当に卒業してしまうんだなと寂しくなった。
俺はこの3人のコーチで良かった。
この子達からは自分が教わることもたくさんあった。人数が多い部活も良いが、少数の良さもある。
何回も言うがこいつらのコーチで本当に良かった。
卒業おめでとう。楽しかったよ!まだ一緒にバレーやろうな。その時はへばって泣くまで球出ししてやる!
ただ何を言いたいのか解らない、思い出を綴ったかなりの長文を最後まで読んでくれてありがとうございました。
また読んで下さい!
ばーい!