只今妊娠6ヶ月目
(笑)
(笑)やっとここまで来ました。
なぜかというと、妊娠に気付き喜んでた矢先出血…悪徳個人病院から離れる事ヮ、出来ず子宮頚管無力症を疑われてた時に出血…対応ヮ、してもらえず個人病院の先生が歳だった事もあり数年前から婦人科のみで産科ヮ、辞めていて産む時ヮ、市の大きな病院に分娩予約をしてた為7月29日に受診…ここから悲劇ヮ、始まりました。
1人でヮ、不安だった為旦那について来てもらいました。
エコーを取るなり♀先生が 「前通ってた病院で何か言われましたか?」
「子宮頚管無力症の疑い!?」と最後まで言う前に可愛い顔した♀先生が
「危ないよ。母子共に…」
「えっー
」
」考えたら病院に行く数日前から確かに体調が悪く動けなかった

「赤ちゃんの袋が下に下がってきていて、いつ破水して陣痛きてもおかしくない状態。今陣痛来てしまっても赤ちゃんヮ、助けてあげられません。子宮を刺激しないように、開いている隙間を糸で閉じてやりましょう
(巾着袋みたいな感じで隙間の上を紐で縫い紐で閉じてる。)
(巾着袋みたいな感じで隙間の上を紐で縫い紐で閉じてる。)手術するしない聞いてる時間もなければ、悩んでる時間もありません…
って言われました
入院ヮ、初めてだった為準備をしに家に帰宅。そして入院。。
8月3日急遽手術。
おしっこの管を入れて3日間点滴をして絶対安静。そして9日退院。
その後旦那と一緒に居れるだけで幸せでした
(笑)

あたし達夫婦ヮ、2年前にも子供を授かりました。
妊娠もに気付いた時にヮ、すでに3ヶ月
病院に行き妊娠を知り、数日後破水して流産…
泣きました
かなり、子供が嫌いになった時もありました
それから子供が出来にくい体だと宣告され、旦那と諦めてました。
子供の事を気にしなくなったってかずっと考えなくなったってか、自分の中で整理が出来た時の今回の妊娠守りたい。
前みたいな事だけヮ…
避けたい

そんな一心でした。
2週間後の19日術後検診の日。あたしゎ2度寝して急いで準備をしました
ヘアーも萬田さんみたいに前髪をモって、頭の上で大きなお団子にして、化粧品もして準備万端
病院の中待ち合いで1時間待ち呼ばれました
「順調だと信じて。」
♀先生がエコー撮りましょ
相変わらず可愛い

「ナベサン…残念。入院。。」
ガーン

可愛い顔してやってくれんなぁ
と思いつつ…
(ごめんね。先生。あたしが悪いのに!!短気でスマン)
先生がなんか察したのか、
「今回ヮ、産まれるまで長期になるかもしれない。長期の戦いになるよ。」
どうして

「縫った口の所から、赤ちゃんの袋が出てきてるの
鼻チョウチンみたいに
いつ破水してもおかしくない。でも今19週。赤ちゃんとお母さんが22週じゃ生きるか死ぬかの瀬戸際。24週まで頑張ってくれたら赤ちゃん助けられるの。」
鼻チョウチンみたいに
いつ破水してもおかしくない。でも今19週。赤ちゃんとお母さんが22週じゃ生きるか死ぬかの瀬戸際。24週まで頑張ってくれたら赤ちゃん助けられるの。」わかりました。
中待ち合いに戻ると即座に車イスが用意され、入院になりました。
しかも個室。
それは、長期になるからストレスにならないようにとの事
またおしっこの管を入れて点滴をして便でトイレ行くのみ車イスで部屋のトイレに行く。後ヮ、寝ながらです。ご飯ヮ、電動ベットで頭を上げてお腹に負担かけないように

1週慣れず苦痛でした。
健康なのにずっと寝てる事しか出来ない苛立ち。
なんであたしばかり…
ムースでガッチリ固めた髪ヮ、10日間洗えず、昨日10日目にしてようやく洗ってもらえました
暑いし痒いし最悪でした
こ-んな感じで毎日ブログ上げていこうと思います。
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(笑)
(笑)