久しぶりに長く書きたくなるときもある!
最近はずっと図書館。
でも、自分の夢に向かうための勉強だから苦しくない。
いや苦しい。(笑)
なんか、周りのみんなが勉強してるのがわかるから怖すぎる。
負けたくない気持ちはあるけど、どっかしら自分に甘いわたしは、またどこかでつけが回ってくるんじゃないかな。怖いって思ってるなら、その恐怖が無くなるまで勉強すればいいんやろうけど。
自分が周りの大学3年生世代の就活をしていないから、周りが5月とか6月とかに将来が決まり出したらもっと焦るんやろうな・・・。
試験は7月うまく2次までいけば最終は10月くらい。
どうやったら、合格すればいいんやろう。わたし、誰よりも先生になりたいって気持ちは強いのに。
試験って響き・・・・
いつまでもトラウマみたいに大学受験のことが思い出されるなあ。
これは人生で何回も思い出す挫折やな。
でも、あれがあったから今の自分がいるわけで、それが強みでもある。
今の位置は、自分にとっての必然やったんや。って日々実感できてる。
今一緒に勉強してる仲間は、本当に心から尊敬できるし、この大学に入ってなかったら出会えなかった素敵な仲間やと思うから、落としてくれた埼玉大学に今はちょっとだけ感謝できる。
こういう風に感謝というか、寛容な気持ちになれたのも最近。
挫折やとてつもなく悔しい思いって、自分の中で受け入れるのにはすごく時間がかかる。
だからこそ、そういう思いをしたぶんだけ、人は強くなれると信じとる。
だれでも失敗は怖い。できるだけ避けて通りたい。味わいたくない。
その失敗をすると、成功が随分遠くなって手に届かないものになる気がするから。
今の社会は不況だとか就職氷河期だとか、雇用が不安定だと騒がれてる。そんな社会を見て育ってきてる子どもたちは、なおさら失敗に臆病になってると思う。チャレンジすることを忘れかけてるんじゃないかな。賭けに出るようなものだと思っているんじゃないかな。
そんな社会を作った大人にも責任があるんだけど、、
でも、失敗から学ぶことは本当にあるってこと。失敗を恐れずに挑戦する勇気の偉大さ。
これを、自分を持って証明したいな。そして、子どもに説得力のある言葉にして伝えたい。
わたしは中学校の先生になりたい。
中学生って多感な時期で、思春期。子どもと大人のはざまで彷徨って、自分では大人ぶって生活してるつもりだったけど、きっと毎日を生きるのに必死だったと思う。
誰が誰を嫌いらしい。誰かと誰かが付き合ってる。今思えば小さなことで、毎日毎日一喜一憂。
その一瞬一瞬は、大人にとってちっぽけなことかもしれないけど、子どもにとっては計り知れないほど大きなこと。
そんなとき、一人ひとりの生徒をちゃんと観察して、背中を押す一言、安心できる一言、心に響く一言、そんな言葉をくれて、近くで見守ってくれてる先生がいたら素敵じゃない?
中学校の時に出会った先生は、それをしている人だった。一人ひとりの生徒をよく観察していて、他のクラスの生徒のことでさえもよく知ってる。
自分が気にかけてもらえてるんだ。って思うと、先生への信頼は増す。
信頼関係があるからこそ、先生の本気の叱りは心に響くし、先生の何気ない言葉が今でも忘れられない。
「まかちゃんは先生に向いてるよ。わたしはまかちゃんに先生になってほしい。」
その一言で、動かされた。
私が動かされたのは、先生がわたしのことをしっかり見ていてくれてたからこそ。
先生になりたいと思って勉強してる今は、改めてその言葉の力の大きさを実感してる。
わたしの場合は、プラスに働いた言葉だけど、もしマイナスだったら?って考えるとぞっとする。
先生の言葉の影響力って、大きい。本当に大きい。
先生の一言、私の一言が、生徒の人生をプラスにもマイナスにもかえることができてしまう。
その責任を感じた上でも、わたしはプラスになる一言を投げかけられる先生になりたい。
自分がそうだったようにね!
生徒ヒトリヒトリノ方位磁石
ソウイウヒトニ、ワタシワナリタイ。
(↑雨ニモ負ケズ風に言うとかっこいいね!!!)
ここにいっぱい書いたら、自分気持ちが整理できた(^O^)
なんで先生になりたいのか、本心はどうなんだろうって。ときどきアウトプットしないと、自分の道を見失うときあるもんね。軌道修正に良し!