入院生活にもだいぶ慣れてきたある日
大広間のソファーで患者同士がヒソヒソと話してるのが聞こえてきた
いつも出入口そばの椅子に座り
出口が開く度に外の様子を眺めている患者が言う
「出口が空いた時 外にたくさんのパトカーと大勢の警官が見えた!何があったんやろ⁈」
そういえば なんとなく騒々しい…
それを聞いていた別の患者が言いにくそうに答える
「同部屋のAさんが自殺をしようとしたみたい
駐車場の屋上まで上り 飛び降りようとしていたところを奥さんが見つけてギリギリで助かったと聞いたょ」
「え!Aさんが⁈… こわ!…」
思わず聞こえないふりをして動揺を隠した
Aさんとは話したことはないけど…
いつも顔を合わせてる人が自殺未遂…
つくづく大変な病棟にいるもんだ…
胸に迫るものがある
人間いつ誰がそうなってもおかしくない
何かの拍子で自分の乗っているレールから足を踏み外せば 奈落の底まで転げ落ちてしまう
そんなことをまざまざと見せつけられ 思わせられる
そんな病棟… そんな日々
ベッドの向かいのパンツがズレてお尻を出して歩いている死んだような目をしたおじさんも
娘や息子は立派に育ち 官僚になったり外国で働いていたり
それだけしっかり子育てもしていたはず…
どうして何が原因でこんなふうになってしまったのか…
その隣りの子供と同い年の青年は 感覚過敏とかで…靴下も履けないそうで
とても優しい性格だが毎日寝言では暴言を吐いて叫んでいる
よほど鬱屈されたものがあるのか…
それでも少しづつ元気になり
間も無く退院するそうで 他人事ながら嬉しい
隣のお兄さんは バイクで死んでいてもおかしくないほどの大事故を起こし
気付いた時にはこの病棟にいたという
見たところどこも悪そうに見えない
入院して二ヶ月になるらしいが明日ついに退院するという
何故この病棟だったのかよく分からないが その間ほとんど外にも出れずによく耐えれたもんだ…
同室の患者が退院していくのを見送るのは
嬉しいような どこか寂しいような
「どうかお元気で!」
いろんな病状の患者とそれを治療する医者と看護師の様々な人間模様が 立ち入るつもりもないのに見えてしまう…
さて 肝心の自分の退院はいつなのか?
さして治療らしき治療はしていないので もうすぐなんじゃないのか?
それとなく担当医に聞いてみると
「まぁ そんなに焦らなくても!ゆっくりして正月には一時外泊でもすれば良いから!」
などと言われ
あと一ヶ月以上はここにいないといけないのか…
と少々落ち込んでいたのも束の間
翌日の朝
一番上の教授が朝早く病床にやって来て
言いにくそうに
「ちょっとこっちの都合で悪いんやけど
病床が立て込んでて入院待ちの患者さんが増えてしまってるんで明日にでも退院してくれるかな⁈」
「え?⁉️ 明日ですか⁈」
おい 俺まだ退院無理の状態じゃなかったんかい!…
「あとは通院治療でしっかり診るから!」
てなことを言われ 突如として幕を下ろした入院生活
とっても貴重な体験ではありましたが
病状は少しはマシになったんやろか…
外界で生活を始めてみないとわからない
でも信頼できる医者に巡り会えたのはとても大きいことなのかも知れない
慌ただしかった自分の退院は 他の患者さん達と違い
見送ってくれる人もなく素っ気ないものでした
それがかえって自分らしくて良かったと思う
出来れば もうここに来なくて良いようにしたいもんだ
以上