母がまだ40代の時かなぁ~

 

母は山形米沢22歳までいた父が亡くなり。一人になりあこがれた京都に知り合いの叔母さん頼ってきた

 

そのおばさんは天涯孤独な方だ

 

 

でも結婚されてたが

 

長い間ご主人の介護されて、亡くなられて一人になられた

 

 

当時60代・・・・

 

 

私は子供心に京都のおばあちゃんとして慕ってた。

 

 

一人になられたとき母が言った

 

 

子供もなついてるから姫路で一緒に暮らさない。。と

 

母も若くして親を亡くしてたのでそのおばあさんを親のように頼ってたし私たちもおばあちゃんと言って慕ってた。

 

 

でもおばちゃんはこちらに来なかった

 

 

その一人暮らしの叔母ちゃんの家に入り込んだ。はり灸の先生

 

 

その方がおばあちゃんの面倒看るからと…言われ母もそれならとお願いしたが・

 

 

まぁ男女だからいくら歳重ねてもおばあちゃんは。その男性を選んだんですね・・・・

 

 

でも世の中は皮肉なもの。その先生が脳出血で亡くなられた。

 

 

もうその時は年月も経ってた。

 

 

結局おばあちゃんは一人になった。

 

 

あの時先々のこと考えればおばあちゃんは喜びを選んだためにこうなったんだ、そこで私のところにはもう遅いですよね

 

 

人間は運不運分かれ道ですね・・・

 

 

母が言ってた、何回もあの時こちらに来ないかと。。でもその先生に看てもらうからいいと言ってたおばあちゃん

 

 

母もこうなったから看ますと言えない父【主人】にも気を使うため。

 

 

私も受験控えてたりで忙しかった。

 

 

あの時こちらに来てればおばあちゃんで一緒に暮らしてたはず。

 

 

人生の分かれ道ですね

 

孤独な人生73才で人生終わられた

 

 

でも最後は見舞いに行ったり、お葬式もみんなしてきました。母と。

 

 

今考えればこれでよかったかもしれないですね。他人だからね

 

 

もしこちらに来てたなら母なら真心こめて看たでしょうね。そういう母だから。