今、日本の政治は「分岐点」に立たされていると感じます。
次の参議院選挙を前に、自民党の支持低下が叫ばれ、メディアでは「補完勢力との連立」か「大連立」か、といった話題が盛んに取り上げられています。
たしかに多くの政党が存在することは、多様な意見を政治に反映するという意味で大切なことかもしれません。
でも、私は最近思うのです。
「正しさ」を追いすぎるあまり、私たちの自由が小さくなってはいないかと。
ルールが増えるたびに、自由は減っていく?
たとえば政治が、少数派のための配慮ばかりを重視しすぎると、
「大多数の人が普通に暮らす自由」が、じわじわと削られていくことがあります。
もちろん、配慮は必要です。
でも本来は、「みんなで支え合う余裕」こそが、社会の優しさではないでしょうか。
それを、すべて政治や制度でガチガチに管理してしまえば、それはまるで動物の飼育管理のような窮屈な世界になってしまいます。
二大政党制という“シンプルな構造”の強み
私は、政党は多様であっていいけれど、ルールを決める中核は「二大政党制」でいいと思っています。
それは、「どちらの考え方に賛成するか」を国民がシンプルに判断できるから。
迷いすぎず、選びすぎず。大きな方針は2つから選び、あとは個別の声や柔軟性で補う――
そんなバランスが、いちばん現実的で、人間らしい社会をつくると思うのです。
「政治の正しさ」よりも、「暮らしの自由」を守りたい
今の政治は、まるで“完璧な答え”を探そうとしているようにも見えます。
でも人間の世界に、そんな正しさは存在しません。
正しさを押しつけすぎると、誰かの自由が必ず犠牲になります。
だからこそ私は、自由をベースに、シンプルな政治構造で運営される社会を望みます。
まとめ
多党が乱立し、正しさが細分化されすぎた先にあるのは、“不自由な平等”かもしれません。
もっと余裕のある政治を。
そして、もっと「人間らしい暮らし」を。
そのためには、ルールの土台をシンプルに保ち、そこに自由と配慮が共存するバランスが必要なのだと、私は思います。

