世の中、過度の安定は求めてはならないのだ。総ての事象に於いて。
人は安定を求め、安定を手にしたあかつきには、他者を非安定に蹴落とす。
対流、いわば淘汰・創生の繰り返しが正常に機能していればいいが、権力者は自らの保身にあらゆる手立てを尽くす。弱者にはあらゆるレッテルを貼り付け、容易に立ち上ってこないように、蓋をして押さえつける。絶望の果てに犯罪に手を出した者は、罪の軽重を問わず実名を公表し、マスコミという名の番犬に報道させる。権力者側の犯罪は、度を越えるまでは犯罪では無いと言い続けるか隠蔽する。
この国に現状としてある安定とは、権力者や利権所有者による保身に他ならない。
安定がもたらすかりそめの平和の裏で、どれだけの人々が苦しみもがいているのだろうか。
この世の中に必要なのは安定ではなく、対流・循環・淘汰・創生なのである。
大自然とその摂理がそれを教えてくれている。