世の中、過度の安定は求めてはならないのだ。総ての事象に於いて。


人は安定を求め、安定を手にしたあかつきには、他者を非安定に蹴落とす。

対流、いわば淘汰・創生の繰り返しが正常に機能していればいいが、権力者は自らの保身にあらゆる手立てを尽くす。弱者にはあらゆるレッテルを貼り付け、容易に立ち上ってこないように、蓋をして押さえつける。絶望の果てに犯罪に手を出した者は、罪の軽重を問わず実名を公表し、マスコミという名の番犬に報道させる。権力者側の犯罪は、度を越えるまでは犯罪では無いと言い続けるか隠蔽する。


この国に現状としてある安定とは、権力者や利権所有者による保身に他ならない。

安定がもたらすかりそめの平和の裏で、どれだけの人々が苦しみもがいているのだろうか。

この世の中に必要なのは安定ではなく、対流・循環・淘汰・創生なのである。

大自然とその摂理がそれを教えてくれている。

世間的評価じゃ無職同然なのに

マジメに所得税、住民税払っている俺の人生は終わっている。

人生はギャンブル、人生はサバイバル。

この世は勝ち組と奴隷と殺し屋だけの世界。

相場を人生に組み込もうとするなら、これらのことを心得ておくと良いだろう。


一例として、街の駅前にある派遣会社。

内勤の社員は電車通勤、オフィスも常時冷暖房。

交通費も電気代も会社持ち。労務管理という虚働。

これぞ勝ち組たる労働待遇。

実働するのは、現場に赴く低待遇の方々。


さてさて、殺し屋はどうしたものか。

殺し屋は言葉が悪いので、掃除屋にしとこう。

汚れた街を掃除すべく、相場で勝ち続けて金をかき集める。

だが収入には税金がかかり、徴収された金はたいてい汚い人間の手元に分配される。


掃除屋がいくら頑張ったとて、汚染源に税金払っていれば街の掃除は終わらない。

相場師とは割に合わん職業ですわ。

今日も掃除、明日も掃除。