福島には光が必要だ。だがそれは決して、 大量被曝を齎す核分裂反応によって発生した炎の光であってはならない。
また、楽観論のみが光を呼び込むものではない。
東電や日本国政府のみが、光を供給できるものでもない。
時に明石全登なる武将は、主君である宇喜多秀家を、関が原の敗戦から脱出させた。その後、宇喜多家は今日まで生命を紡ぎ続ける、光ある民となった。
時に山田方谷なる家老は、主君不在の居城を無血開城し、城下に安寧なる光を導いた。
福島会津には、悲しくも儚く命を散らした白虎隊の崇高な輝きがある。
その他にも、歴史上多くの光があったと言えよう。
その光を決して忘れてはならない。決して失ってはならない。
福島の光がこれからも輝き続けるよう、東電、政府、県議、市議、町議、村議、公務員一同は、その身を削ってでも、貰いすぎた給与や私財を投じてでも、率先して県民を守り続けなければならない。それができなければ、天上から降り注ぐ光溢れる建屋の中で、幾千万の放射能を浴びながら犯した罪を償わなければならない。