トーマス・マンなど興味は無かった
私の興味は昔も今も、ドストエフスキー、バルザック、ディケンズだった

サマーフォーセット・モームの世界十大文学を三十代に読み終えて以来
世界の片隅まで彼ら以上の文学を探し回った

ロシア文学の巨匠たちのルーツとされるプーシキン、ゴーゴリーの作品も
それになりに素晴らしいものであったが
やはり世界の十人がその生命を燃やして書き上げた作品が放つ光ほどに
強烈な眩さを感じることはなかった

徒労に終わった四十代とは言いすぎか

日本文学の
阿部工房然り
志賀直哉然り
芥川龍之介然り

トニオクレーゲルに期待などしていなかった
それがすっかり俗人と芸術家の狭間で苦悶する魂に
魅せられてしまったのだ

インゲボルグ・ホルムに愛されたいがために
トニオは心の中の彼女に永遠に呼びかけ、叫び続ける
決して報われることのない感情なにの

自分を鏡に映した様な人格と人性
俗人にも芸術家もなりきれず
私はこの年まで生きてしまった

二つの世界から見放された人間
真の芸術家になるためには一生を貫く愛がいる
俗人の世界の甘美で素朴な愛と幸福への憧れが必要だ
結局俗人の愛への憧れからエネルギーをもらうしかないのだ