滋賀より愛をこめて〜「グラスハート」世界配信

滋賀より愛をこめて〜「グラスハート」世界配信

佐藤健さんとドラマや映画などエンタメを愛してます
2024年12月13日公開「はたらく細胞」

2025年配信「グラスハート」を応援していきます

グラスハート 13

第2話 「旋律と結晶」

あらすじ&感想 考察


オーヴァークローム野音ライブの前座にぶっ込まれたTENBLANK初お目見え。オーヴァークロームの客たちの前で藤谷バンドがどんな音を見せるのか。裏手で落ち着かない様子の桐哉。気になるかと有栖川にわれて「気に触るだけ」と強がる。

★この初ライブ自体もかなりの改変なんだけど(原作はZ-OUTのフェスでオーヴァークロームと共に出る)、ドラマ版は原作にあった桐哉から朱音への絡みがあれこれ削られているので、TENBLANK初ライブ前にあった桐哉から朱音への「無理やりキス事件」は当然ありません。でも朱音のドラムを気に入ったり、朱音の藤谷への想いを何となく感じてちょっかい出したり、確執のある藤谷との間に上手く入ったり、原作にはない桐哉と朱音の素敵なオリジナル展開もあるので全く支障はありませんでした。だけど初ライブ前のある意味挑発的な無理やりキスからの朱音の怒りと、それを目撃してしまった坂本の怒り、そしてこの怒りを「音楽で勝つ」と坂本に宣言する朱音が滅茶苦茶かっこよかったので、そこが無いのは残念です(笑)でもドキュメント(佐藤健Document of GLASS HEART)にて、健さんも当初は桐哉と朱音のいざこざがあったみたいな話をしているので、最初は無理やりキスがあったのかもしれないですねー。結局ドラマ版ではライブ前は桐哉は藤谷と接触するだけになりました。このドキュメントは佐藤健YouTubeでシリーズ化してくれているんだけど、結構動画で紹介されている演出が本編では違うので、変える前のものを色々見れるという意味でも、現場の試行錯誤が垣間見られてとても貴重です!!⬇⬇⬇

Document of GLASS HEART


藤谷がまず「初めまして、テンブランクです」と挨拶をする。「テンブランク、、、」朱音が呟く。ここで初めて自分のバンド名を知るのだ。そして高岡、坂本、朱音の順にメンバー紹介して、最後に自分の名前を言い終えるその瞬間に朱音が激しくドラムを叩き出した。高岡が曲完成の時に漏らした「ドSなドラム」が会場に弾けまくる。1曲目の「MATRIX」からフルスロットル。高岡のギター、藤谷のベース、坂本のキーボードがうねりながら激しい旋律を重ねていく。聞いたこともないバンドの前座に興味も関心もなく、野次さえ飛んでいた観客席がにわかにざわつき始めた。オーヴァークローム以外気に入るもんかという意地をテンブランクの演奏が簡単に叩き潰していく。そのうち1人2人と立ち上がって体でリズムを取り始める。そして1曲を終えるまでに観客のほとんどが立ち上がっていた。「こんなもんじゃ困るんだよ」甲斐は観客の反応とは関係なく吐き捨てる。ドラムがネックかと井鷺もニヤつく。しかし順調に滑り出したはずの朱音が、突如緊張に襲われ始めた。観客の熱気がそうさせたようだった。MATRIXが終わるや否や鼓動が高鳴り出す。周りの音も次第に遠のいていった。でもリズムを刻まないと音楽が成り立たない。雑念を振り払うように必死にスティックを叩き下ろす。高岡も坂本も朱音の緊張を肌で感じた。「どうしよう!」動揺で顔が歪む朱音。その時、前でパフォーマンスしているはずの藤谷が朱音のドラムの前に立った。
「朱音ちゃん、もっと暴れてよ。もっとっ!」瞬時にステージに戻る藤谷。その「もっと!」の怒号に朱音は緊張を解き放った。リズムを刻める幸せを、仲間と音を鳴らせる幸せを噛み締めた。そこからはもう楽しくてしょうがない。テンブランク結成してから1番の音を鳴らし続けた。藤谷を呼んだというその「朱音の音」をめいいっぱい鳴らして、初ライブは大盛況で幕を閉じた。その様子を最後まで眺めていた井鷺は隣のユキノに尋ねた。テンブランクはどうだと。「藤谷直季は驚くほどいい」ユキノも彼らを気に入ったようだ。「ああ、彼はとても素敵だ」しかし井鷺の言葉を額面通りにユキノは受け取らなかった。意味深な井鷺の微笑みに「潰すつもり?」と尋ねる。「いや、自由に羽ばたいてもらう。、、今は、ね」

★ドキュメント(第2話)によると、健さんはライブの冒頭の朱音目線にこだわっていて、正しく原作通りで素晴らしかったな。最初はそれぞれが紹介と共にチャラリンと楽器を鳴らす感じだったみたいなんだけど、それを無くして、しかも第2話は朱音からみんなを見てる視線が原作のライブ通りで。原作では病み上がりの藤谷が倒れかかったりしてるのを高岡と坂本で支えて、楽しそうに抱き合いながら歌ったりして、それをドラム位置から移動できない朱音が、そこに加われなくて悔しいやら、でも楽しさもあって「負けねえぞ!」ってドラムを鳴らすから。あの朱音のドラムから始まるのかっこよかったな!で、7月31日配信後翌日にTENBLANKはアルバムを発売、配信していて、その中で中核を成す「Grass Heart」や「旋律と結晶」と同じくらいに冒頭のこの「MATRIX」が凄く好評みたいで、配信のダウンロード数とかに現れてました。かっこいいよね!本当に。ほかの楽曲もどれもかっこいいから、ドラマ版が大人気だった香港や台湾でもアルバムも1位に輝いたくらいで。もちろん日本でもBillboard Japanのhot albumでも1位獲得しました!本当に凄いことです!そして2ヶ月間もTOP10に君臨。なんて快挙なんだ!で、この初ライブのドキュメント(Document of GLASS HEART vol.2)も凄くいいんです。2曲目の「旋律と結晶」で朱音は健さんがドキュメントで発言している「発動する」を発揮するんだけど、「とにかく「ここの」朱音が肝だから。ここが成功したらドラマも成功だし、ここがダメなら普通のドラマ、朱音も普通で終わる」と。その健Pの朱音への指導が熱い熱い。またエキストラへの指導や始まりと終わりのあいさつ等なども、プロデューサーを超えた仕切りが本当に凄くて。監督や現場の助監督さん、音楽制作陣、脚本家会議、エキストラ指導。全部に深く関わってる様子が凄い。しかも柔軟でなところがまた良き。監督やスタッフと大人の喧嘩を繰り返したと言ってたけど、ドキュメントからも伝わる妥協のなさと、色んな意見に耳を傾ける寛容さが、新しく出会う健さんでかっこよいのだ。


朱音は通いだが、高岡や坂本は藤谷ハウスに住んでいる。朝朱音が藤谷ハウスに来ると当然高岡達のモーニングルーティーンに遭遇する。高岡尚の元追っかけである朱音はそんな場面に遭遇してはドギマギ。坂本は初めてのライブを終えて朱音には少し優しくなっていた。朱音の音に振り回されるのが好ましく無かったが、ライブを終えてみると意外と気持ち良かったのかもしれない。2人になった時に、何度か嫌な言葉を並べたことを朱音に謝りかけたその時、遮るように創作中藤谷が登場する。メモを片手に何かを唱えながら朱音や坂本達をすり抜けていく。「先生、3つくらい顔があるような」朱音の言葉に「音楽用と撮影用と人間用のマスクがあるかも」と説明する高岡。その後藤谷は3人にシングル配信が決まったことを告げた。「これはもう誰からも文句は言わせないし、つまり我々にとっても後には引けないってことなので、みなさんどうぞよろしくお願いします。ということで、レコーディングは3日後です」そう言ってくるりと背を向けた藤谷に3人は驚きの声を上げた。野音で歌った「旋律と結晶」をアレンジするらしい。時間のなさを高岡や坂本は嘆いたが、何より初めて藤谷とレコーディングする朱音を2人は少し案じた。それは藤谷も百も承知だ。でももうTENBLANKは動き出してしまった。そのスピードを緩める訳にはいかない。藤谷は朱音を送る道中、朱音の学校やその生活が変わるかもしれないと謝る。藤谷は「爆発的に」売れることを目指しているし確信して動いている。何故「急激に」「爆発的に」なのかはこの先明らかになる。途中商業ビルの大きな電工看板に櫻井ユキノの広告を見つけた朱音。いい声だと藤谷も応じた。「はい、曲もいいんですよね。プロデュース井鷺一大でしたっけ?」そう言って藤谷を見たが藤谷はぼうっと見上げたまま「朱音ちゃんもすぐにこんなになっちゃうよ」と小さく答えるだけだった。

★井鷺一大と櫻井ユキノとTENBLANK。そこにオーヴァークロームも引き込んで、TENBLANKの歩みは加速度的にスピードを上げていきます。藤谷の計算の中ではすでに引き返せないとこに来ていて。藤谷に残された時間も関係してます。いや、残された時間でまず病院行きましょ!!とグラスハートを1周し終えた人なら誰もが思うんだけど、それでも行かないということは、藤谷がいかに一分一秒をこのバンドに捧げているかに尽きると思う。即入院となれば、例え数ヶ月で戻って来れるとしても、TENBLANKが中途半端に終わってしまう。絶大な人気を誇る有名なバンドならファンは帰ってくるのを待つかもしれない。でも、駆け出しのバンドの休養を誰が待ってくれるだろうか。藤谷はこの時、無邪気な笑顔のこの女の子をそのブレイクの渦の中に連れていこうとしている自分に、恐らく少し躊躇していたかもしれない。健さんの芝居とその横顔は、そんな憂いを帯びてました。だから「朱音ちゃんもすぐにこんなになっちゃうよ」という台詞は、2周目には原作よりも少し重めに聴こえたな。あと、高岡や坂本はライブシーンも演奏シーンもかっこいいんだけど、普通の会話の高岡の物腰の柔らかさや坂本の少し何か言いたげな顔が抜群に素晴らしいんですよね。本当に上手い役者さんたちがあってドラマって説得力を増すんだな、と。こういう何気ない顔や台詞とかが本当は大事なんです。


レコーディングは高岡の想像通りすんなりとは進まなかった。これはいつものことだ。自分へのダメ出しも凄いが、特に朱音に藤谷はOKを出さなかった。同じ箇所の繰り返しで甲斐が朱音の疲労を心配して藤谷に助言するが、朱音は慌てて藤谷の元に駆け戻った。「大丈夫です!直すとことか駄目なとことか、もっと言ってください!」まだまだ自分は出来る。このバンドに賭ける思いは朱音も負けていない。もう戻る場所はないのだから。しかし健気な朱音に藤谷は辛辣だった。「じゃあさ、俺の知ってる朱音ちゃん連れて来てよ、ここに」静かに返す藤谷に朱音は別の部屋で1人考え込んでしまった。心配した坂本が飲み物を朱音に差し出し、隣に座って話し始めた。「真に受ける必要なんて無いよ、藤谷さんの言うことなんて。あんな人、自分の音楽で頭がいっぱいで人としては最低だから」冷めた横顔の坂本に朱音は驚いた。坂本のメンバーへの思いを聞くのは初めてで、しかも藤谷に対して辛辣すぎた。「坂本くん先生のこと嫌いなの?」「嫌いとかじゃなくて、敵」坂本は躊躇無く言い切った。「俺ずっと1人で音楽やってきてさ、打ち込みで曲作って、それネットに出して、それだけでも楽しかったんだ。余計な雑音入らないし、だからバンドなんて俺には向いてない。でも、藤谷さんが俺のこと誘ってきて、、」「それは坂本くんの音を先生が認めたってことだよね?」「でも、あの人、何でも1人で出来るんだよ。ベースだけじゃなくて、ギターも。鍵盤だって俺より上かも。だから、藤谷さんがバンドを組む理由が俺にはわからない」坂本はそう言うが、でも朱音は藤谷の思いを少しだけ知っている。「1人じゃ鳴らせない音がある、、、その音を求めてる。だから、高岡くんに会いに行って、坂本くんを見つけて、朱音ちゃんを探したんだよ?」あの時の藤谷の言葉が全てなはず。朱音はどれだけ藤谷がこのバンドに賭けているかを知っている。だからこそ、藤谷の望む音を叩きたい。「だけど、なんか倒したくなって。絶対倒してやると思って。だから、ここにいる」坂本は強い気持ちで迷いなくそう言い「つまり、西条だって倒してやったらいいじゃん」と続けた。お前も負けるなと坂本は言っているのだ。「それって励ましてくれてる?」「はぁ?いや、俺は俺の話を勝手にしてるだけだし」「坂本くんって優しいね」朱音がニッコリと笑った。「もうあんたのそういうバカポジティブなところ、ほんと無理」

★健さんのレコーディング風景が秀逸過ぎますね。このあとも何回か出てくるけど。終盤には病気で痩せこけた中でのレコーディングは壮絶でしたけどね。こういうシーンは実写ならではで。ライブもそうだけど、レコーディングの丁々発止な様子とか、目に映るもの、その声色、機器を操作する手先とか、目で受ける興奮がありますよね。バンドとしてのリアリティはライブだけではなく、音作りやレコーディングなんかも大事なわけです。健さんレコーディング風景にもこだわったんだと思うな。

あと坂本が藤谷を「絶対倒してやると思って。だから、ここにいる」って言ってるの、同じように原作でも朱音を励ます場面で「叩きのめしたい」って言ってるんだよね。でもドラマ版の坂本はきっと原作ほどこれという理由があって嫌っているというか毛嫌いしてる訳じゃなくて。というのも、原作では坂本は数あるデモテープから藤谷にその存在を見つけ出されて、そのデモテープを藤谷がかっこよく編曲しちゃって、挑戦状みたいにして坂本に送り付けてきて「バンドやらないか」って誘ったくだりがあって余計火花散らしてる感あったから。この「曲を勝手に編曲事件」はドラマ版の4話に違う形で登場します。


「テンブランク発見!」ユキノが突然TENBLANKのレコーディングスタジオに現れた。映像や広告の中にいた歌姫が自分の前に簡単に現れる。こうして徐々に藤谷直季の業界での地位やその顔の広さを目の当たりにしていく朱音。他のメンバーのいる前で藤谷の顔に自分の顔を5cmまで近づけて「才能あるイケメンって、ずるくてお気に入り」とユキノが藤谷を挑発する。いや、それとも誘惑か。藤谷は表情1つ変えない。井鷺一大も続いて現れ、テンブランクのライブを2人で見に行ったことを告げる。「歴史の目撃者になれる、またと無いチャンスだからね。テンブランクはこれからのロックシーンを根底からひっくり返すことになる」そう言って井鷺は嬉しそうに藤谷を見つめた。「イチダイさんも今日はこのスタジオ?」藤谷は顔色を曇らせていた。「あぁ、ユキノのアルバムを製作中でね。でも、表題曲がいまいちハマらなくてさ」「でね、テンブランクの藤谷直季とフューチャリングするのもいいかなって」嬉しそうにユキノが言うのを「俺、そんな話聞いてないけど」疎ましそうに藤谷が返す。「あぁ、まだ頼んでないから」と井鷺は笑顔だ。「でも君ならね、きっと受けてくれると思う。藤谷直季のことなら、僕には手に取るようにわかるんだ」井鷺のギラついた視線から、藤谷は先に視線を逸らしてしまった。井鷺たちが立ち去ったのを確認して、甲斐は藤谷に近寄った。「ねぇ、絶対ダメよ、、井鷺に深入りしたらまた、、」甲斐の言葉を藤谷が遮る。「甲斐。ありがとね、いつも。大丈夫だから」

★ユキノが登場する時は、特別な音楽が流れますね。キラキラと存在感を醸し出してますが、これ特に朱音目線のユキノなんですよね。視聴者に、というよりも。それだけ、ユキノが朱音にとって特別な存在なのだという演出なんだと思います。ちょこちょこ原作との違い書いてますが、ドラマ版は坂本の設定変更(というか家族とかバックボーンの削除)、桐哉の設定改変(こちらも変えたというよりはいくつかのエピソードが減らされたのと鮎見が登場しなかった。あと6話の刺される所の内容が変わった)に加え、もちろんユキノや井鷺も原作の設定とは色々変わってるんですね。だけど最初に言っておきますが、全10話で改変を経て、より見やすくなったり、実写化で見応えのある演出になったり、オリジナル部分が秀逸過ぎたりと、そこは全く問題なかったと思ってますし、もちろん若木先生も納得の改変なわけだから、配信前や配信後の若木先生の力強いコメントが届けられたわけで。そしてユキノの井鷺との関係は、原作では井鷺の藤谷への嫌がらせでユキノを取り込むのを阻止するために、藤谷が率先してユキノを手がけて行くんだけど、本作ではユキノは最初から井鷺に取り込まれてる。どちらにしてもユキノは藤谷の才能に惚れ込んで、TENBLANKから藤谷を独り占めしたくなる。そして、どちらにしてもTENBLANKのことは好きで、朱音の事も好きで、複雑な想いを抱えたまま終盤まで向かい、終盤原作ではとんでもない策略をユキノ1人がTENBLANKに仕掛けてきて、最終的にTENBLANKが解散に追い込まれてしまう。ドラマ版では終盤ユキノがTENBLANKを救う。どっちの話も衝撃的でした。そしてどっちの話も私は好きです。ただ原作でユキノがTENBLANKに仕掛けてきた罠によってTENBLANKが危機に追い込まれた時、あのライブ後の居酒屋で朱音が藤谷にキレるんですよね。あそこが原作では1番泣いたし、1番悲しくて苦しかったので、本当に原作も読んでもらいたいんですよ。まあでも解散するのはきっかけはユキノだけど、あれは4人で出した答えだからね。


それからも藤谷の朱音への厳しい特訓は続いた。「もう1回、、」「はいっ」「違う、そんな音、いらない」「はい」「もう1回」スタジオだけではなく、朱音は帰宅後も部屋で叩き続けた。藤谷が納得いかないのは朱音のドラムだけでは無い。自分の曲作りも煮詰まっていた。スタジオで1人激しく鍵盤を叩き続ける藤谷。朱音、甲斐、坂本、高岡も見守っていたが、勢いのあまり鍵盤を床に叩き落としてなお、藤谷はその激しさを止めることは無かった。狂気じみた姿を見慣れている高岡も流石に危険を感じて中に入っていく。そして力付くで藤谷を鍵盤から引き離した。脇を抱えられながらぼうっと高岡を見上げた藤谷。「あれ、、俺、どっかいっちゃってた?」「火星よりは手前でとどめたんじゃない」坂本たちもスタジオの中に足を踏み入れた。その場が静まり返った。「やめようよ、こういうの。よくないって!」坂本が悲しそうに進言する。「今のままやったってこのメンバーでプレーしたら自然と音が変わってくるんじゃないの?完成したものを無理矢理直そうとするから感覚がおかしくなるんだよ。なんでそんな簡単なことがわかんないの!?」「やだ、、」うつむいたまま藤谷が呟いた。坂本も譲らない。「何駄々こねてんすか。これであんたがぶっ壊れたら元も子もないでしょ!」「だってこれで歌いたくないんだ俺はっ!!」藤谷が叫んだ。そして息を切らしながら力なく続けた。「自分で満足できないもの、、人に聴かせて、、誰が好きになってくれんの、、俺達の音、、テンブランクの曲、、誰が愛してくれんの、、」藤谷が曲作りにおいて一切の妥協を許さないのは付き合いの長い高岡が1番理解していた。その信念で素晴らしい楽曲が出来上がる場面にも遭遇して来た。しかし、今はそのまま好きにはさせておけない。今はテンブランクというバンドのメンバーの一人だから。その1人の暴走を止めるのは年長者である自分の役目だった。高岡が静かに藤谷を諭す。「一つだけわかっといてほしいんだけどさ、先生。あんたが作業伸ばせば伸ばしただけ、しわ寄せ全部こっちにくんだよ。それなのに若い2人は文句の一つも言わず頑張ってるよね。心配までしてくれてさ。そういう気持ち、全部放り出したとしても、絶対やる価値があるって本気でそう思えるなら、、プライドにかけてやり遂げればいいよけ。けど、もし今のままの曲やったって誰もあんたのこと責めたりしないよ」藤谷はそれでも譲らなかった。「俺、、ちゃんと歌いたいから、、絶対作れるから、、時間ください、、ごめんなさい」

★藤谷がキーボードを壊すシーン、ここでは「旋律と結晶」に苦戦しているけど、原作ではZ-OUTとの最初のTENBLANKとしてのライブで3曲作るうちの「グラスハート」(藤谷が10代にこしらえて井鷺一大に奪われてしまった作品として出てくる)をもう一度リメイクするのに苦戦して2回もキーボードを壊してしまったってことで。2回目の後は失踪してしまって(笑)、ずぶ濡れで帰って来て(ドラマ版では朱音がさした傘から「旋律と結晶」が誕生した)、熱出しながらライブを成功させた。原作の内容が確かにドラマ版では台詞も行動も再現はされるけど、ちょっとアチコチ移動してることが確かに多いです。それはどうなんだ?って戸惑ってる原作ファンの方もSNSで見かけたなぁ(その方はドラマ版は一応肯定派でしたけど)。でもとにかく藤谷が壊れてしまって、高岡達が駆け付けて、高岡や坂本に叱られる台詞はほぼ原作通りで。坂本に怒られた藤谷が「だってこれで歌いたくないんだ俺はっ!!」って抵抗したけど、その言い方とか子供っぽくてすごい良かったな。駄々こね感が。天才の融通の利かさな感も。でも「自分で満足できないもの、人に聴かせて、誰が好きになってくれんの、俺達の音、ブランクの曲、誰が愛してくれんの」ていうのは恐らく原作になくて、オリジナルかな。すごいドラマ版の藤谷らしいよね。そのあとの高岡の「若い2人は文句も言わずに」ってのが原作にもあって、高岡らしくて好きなのよね。本当に町田くんは原作から抜けでたような声のトーンが素晴らしくて、落ち着いていて。TENBLANKの要ですからね。その揺るぎない安心感は。そして「俺ちゃんと歌いたいから、絶対作れるから、時間ください。ごめんなさい」っていう原作通りのセリフに繋がって。この短い時間で藤谷の楽曲制作へのこだわりや自己を追い込んでいく苛烈さを描写しなくちゃいけなかったから、ここは健さんのお芝居の力技だったなと思いました。そして町田くんと志尊くんの地味だけどキャラクターそのまんまって位の芝居の数々がね。ほんと、これは原作読まないと伝わらないから。ほんと、凄いんだから。


■佐藤健 俺どっか行っちゃってた?

https://youtu.be/AcEvQAgbmSE?si=jxf-Mlb2pD3Oyu7s


屋上で1人藤谷は佇んでいた。「僕は君の音に興味がある」自分の音をいつも喜んでくれた。自分もそうだった。「いい曲だね、これ。イチダイさん」だけど終わりは来た。「藤谷!藤谷聞いてくれ!」「待ってと言ってるだろうっ!!」「こんな所いたら風邪ひきますよ」朱音が心配してやって来た。乱れていた心を落ち着かせることが出来たのか、藤谷はやっと穏やかな顔を朱音に向けた。「会いたくない人に会っちゃったからかな、、」「井鷺さん、ですか?」自分の音楽を評価してくれた人だった。一緒に音楽をやるのが楽しかった。でも、、、「あの人をクズにしちゃったのは俺だから」朱音には藤谷の言葉の意味は分からなかった。でも藤谷の今の一言で2人の間柄が少し分かった気がした。「ごめんね、俺みんなに思いやり足りてなかったよね。ごめんね」高岡の言葉が思い出された。若い2人は頑張ってる。心配までして。朱音はこれ以上藤谷が自分のことで悲しむのを見たくはなかった。必死に言葉を繋いだ。「あの、わたしは全然大丈夫っていうか。むしろ私が下手なのが悪いんです。それに、周りの人が藤谷さんのせいで苦労するのはもう普通っていうか。当たり前だけど。でも、藤谷さんの苦労を他の人が引き受けるわけにはいかないから。誰も代わってあげられないから!」朱音の心が胸に沁みる。また俺のこと心配してる。でも藤谷は嬉しかった。「うん、、、俺さ、人に酷いことを沢山してるし自覚もあるんだけど、一つだけはっきりしてるのは、にも関わらず俺が幸せなことなんだよね。俺のせいで不幸になる人はもちろんいるけど、俺の作る音は、少なくともそれと同じ数か、それ以上の人間を幸せにできる」自分を奮い立たせるように藤谷は話した。「だから、いいよね?」そして朱音に言うのだ。「もちろん、俺は朱音ちゃんのことも幸せにするからね」そしてもう一度「絶対に幸せにするからね」と言い残して藤谷は屋上を去っていった。

★私、原作で好きなシーンいくつもあるんだけど、例えばこの後に出てくる「横断歩道ハグ」とここに出てきた「幸せにするからね」。これはもう、ほんとうにね、大好きなんです。はやり、原作もドラマ版もこの作品が音楽ドラマと銘打ちながらも、やはり根底にあるのは人の想い。音楽への想いと同等か、それ以上かもしれない大切な人への想い。それを象徴しているのが「幸せにするからね」と「死なないでください」なんですよね。ただ是非原作も読んで頂きたいんですよね。この「幸せにするからね」は、原作では井鷺一大が勝手に(甲斐の陰謀で)スタジオに見学に来て、色々な想いか募る中で高岡と藤谷2人のレコーディングを終えて、甲斐との経緯なんかを朱音に語ったりした後に出た台詞なんですね。ドラマ版で甲斐のことがクローズアップされるのは3話4話で、前編通してドラマ版では藤谷から朱音に甲斐のことを話すシーンはなかったんだけど、原作ではその辺の自分の落ち度みたいなものを振り返り、だからこそちゃんとしなきゃと思う自分を「変だよね、好きなことやってるのに、余計なものがたくさんあるよね」って呟いたのを、でも私は先生のそういう真面目によろよろしてるとこも好きだからと朱音が返すとこ、好きで。そして原作では「わたしは全然大丈夫っていうか。むしろ私が下手なのが悪いんです」とかのくだりは朱音の心の声になってた。それを藤谷を励ますためにドラマ版ではキチンと台詞にしてる。削った部分も今後の展開で使われたりして、例え台詞があちこちに飛んで、逆にどうなんだと思う方がいたとしても、恐らく若木先生は、この限られた時間で、朱音や藤谷の気持ちや言葉が、使う場面は変わっても、その想いをどうにかこの作品で日の目を見ようとする努力と熱量を感じて、結果許して下さったのかな、と思ったりしてます。健Pの背中を押してくれたのかな、と。原作では「絶対幸せにするからね」と言われた朱音はこの瞬間に「この人が死んだらすごくいやだな」て思うんですね。世界の終わりが来ても生き残っててくれなくちゃ困ると。ジョン・レノンの再来になんてならなくていいからと。原作の藤谷は幸せにするからねのあと、明るく最後に「おいでよ朱音ちゃん、ここに置いてっちゃうよ?」って朱音を呼ぶんです。これも明るくて好きなんだけど、ドラマ版の藤谷は余韻を残したまま立ち去ってしまうので、ちょっとシリアスというかロマンチックな感じでしたね。


高岡は藤谷と朱音を送る車中でレコーディング前に藤谷が井鷺と会っていたことを朱音から聞く。後ろで藤谷は疲れて眠りこけている。「できれば会わせたくなかったんだけど」高岡も井鷺と藤谷との確執は知っているようだ。「また違う顔でした、藤谷さん」井鷺が去った後の藤谷を思い出して朱音は呟いた。「藤谷にはいろんな顔があるけど、根っこは一つだと思うよ?」高岡は案じる朱音にそう話した。

高岡に送り届けられたことをモモコは朱音に茶化すが、朱音の表情は暗い。「幸せっていうのに、寂しそうだった、藤谷さん、、すごくギリギリな、それこそ、1歩間違えれば壊れそうなところで勝負してるっていうか」結成して間もないバンドだ。天才藤谷直季達と色々な試行錯誤の最中だろうと、モモコも朱音に寄り添う。「彼はそんなイメージあるかもね。突然消えちゃうような、、」自分ではない人物からの言葉に急に実感を増す朱音。「やめてっ!消えちゃうなんて、、先生が」そして「音楽が怖い」と呟く朱音をモモコが励ます。「そういう時はさ、とにかく、叩いて叩いて叩きまくるしかないよ!!」そしてあかねは叩き続けた。朝から夜まで。最後まで諦めない。藤谷に負けたくなかった。


その日スタジオに行くとすでに先客があった。あの桐哉がひとりピアノを弾いている。綺麗なメロディだ。朱音の存在に気がついた桐哉は「よう、野望娘」と声をかける。「野音ではお世話になりました」「そうだな、世話したわ、、」「オーヴァークロームレコーディングですか?」すると桐哉が突然手をやめずに「叩けよ」と朱音を挑発した。「叩けって、ほらあっ!」有無を言わせないその圧に、朱音はドラムを叩き始めた。桐哉の鳴らす音に合わせるということだろうか。朱音なりにリズムを刻むが、しばらくして突然桐哉は激しく鍵盤を叩いて演奏をやめた。「お前って藤谷に惚れてんの」唐突な桐哉の投げかけに慌てる朱音「な、なんでいきなりっ!」「すっげえ藤谷っぽい叩き方してるから1回ぐらいヤってるのかと思った」カッとなる朱音「私は純粋に!音楽を!」「純粋?」桐哉は畳み掛ける。「お前、俺に啖呵切ったの忘れてねえよな、野望娘。お前、オーヴァークロームに喧嘩売っといて、自分のと夫は暑さに忘れてちゃ世話ないぜ」そこまで言われてようやく朱音はここ数日の自分の不甲斐なさを悟る。桐哉は見透かしていた。全てを。藤谷が寂しそうに、悔しそうに言った台詞を思い出す。「俺の知ってる朱音ちゃん連れてきてよ、ここに、、、」桐哉は自分のドラムの音に、藤谷に近づこうと染まろうとするのを見透かしたのだ。「だから先に忠告してやったろ。藤谷に近づくっていうのは、藤谷を壊すか自分が壊れるかのどっちかなんだよ、、、諦めろ!」「諦めません、、」食い下がる朱音。諦めない。諦めてなるものか。桐哉も朱音が簡単に諦めないのを知って煽っている。あのフェスで聴いた朱音の音がまだ耳に残ってる。「ついてこれるなら叩けよ」桐哉が再びセッションを開始する。「ただし!藤谷くせえ音を出したら殺す」朱音は桐哉のピアノに、今度こそ自分らしさをぶつけた。桐哉の音に負けないようにひたすら叩きつける。「下手くそ!」と桐哉の声が飛ぶ。どちらの音も段々と激しさを増していく。しばらくして「リズムがよれた」と言って桐哉は鍵盤から手を離した。「腹減った、奢れよ」と告げて1人帰っていく。朱音も慌てて後を追った。

★ここのセッション、最高に良かったよね。優ちゃんも菅田くんもマジ演奏なんで(音源は分からないけど)、菅田くんもここのシーンのピアノを物凄く練習されたとかで。Document of GLASS HEART vol.5「シトラス」でも大変だったと語られてます。このシーンはTENBLANKもオーヴァークロームも使うレコーディングスタジオでたまたま居合わせた桐哉と朱音がセッションをすることになってますが、原作では朱音がオーヴァークロームのスタジオ兼事務所みたいな地下室?でセッションしたんじゃなかったかな。いや、その前に楽器屋だ、桐哉の知り合いの楽器屋で朱音と桐哉で長時間セッションして、意気投合してそのままラーメン屋になだれ込んで、オーヴァークロームのバンド名の由来なんかを教えてもらったりしたんじゃなかったかな。オーヴァークロームって正式名称はもっと長いんだけど、それは明かされないというか、無い設定になったのかな。まあ、原作には朱音と桐哉のあれこれがもっと10倍くらいあったので、それでもうんとエピソード減らされても原作にあった桐哉と朱音の関係性とか、逆に良く表現出来たなって感心する。やはりそれが出来たのは「音楽」の力だなって思うんだよね。このセッションの菅田くんと優ちゃんの本気の演奏のかっこよさで、藤谷を挟んだ2人の繋がりが清々しく浮かび上がったんだよね。健さんの信じる「音楽の力」が、言葉や背景を補ったんだと思う。そういうとても重要なシーンでした。


朱音が美味しそうなラーメンを前に息を飲む。いざ食べようとするのを「ラーメンに玉ねぎ入れねえなんて冒涜だろ」と向かいの席の桐哉がボヤく。言われるがままにラーメンに玉ねぎのみじん切りををひとさじ。「藤谷が1回音楽やめた理由知ってっか」桐哉がふと呟いた。「先生が音楽やめたことなんてあるんですか」「昔一緒にやってた奴に曲盗まれてな、、、でもその取ったやつの方が、自分のセンスも音楽性もズタボロにされちまってな。ざまぁねえな」桐哉が嘲笑する。井鷺一大の話を朱音は知らない。「天才の音は凡人を不幸にする」桐哉が呟いた。「あれ、、、」桐哉は店先に何かを見つけて立ち上がった。そのまま店の外へ歩いていく。朱音も慌てて外に出ると、そこには藤谷がいた。「よお、天才」桐哉は藤谷をそう呼んだ。振り返って2人を見る藤谷。「こんな偶然てあるんだ、面白いよね」


「井鷺一大と組むんだって?」恐らく、ラーメン屋に戻って慌てて食べ終えて、2人と藤谷は並んで歩いている(そのまんま残して来ないよね?ちょっと気になった笑)。桐哉は怒っていた。会ったら蔑んでやろうと、問い詰めてやろうと思っていたのだろう。「お前、プライドないの?売れるためならなんだってするって?」「俺は自分の考えてることがあってそれをうまくやりたいだけだよ」藤谷は静かに答えた。「事務所も甲斐もすっ飛ばして藤谷直季の巨大なコネ利用してんだから、ふざけてるよな」桐哉は更に煽るように吐き捨てるが、藤谷は穏やかなトーンのまま「どうせ何やったって俺の名前が真っ白に消えてくれる訳じゃないんだから、だったらドロドロに汚れるくらい利用した方がマシだよ」そう自分を皮肉るように答えた。藤谷は桐哉が何に怒っているのか分かっている。でも引き返せない。「随分吠えるじゃねーか。そんな死にそうなツラしながらよ。うまくやってるつもりが命削って言うんじゃねぇの?」それは桐哉の鋭い忠告だった。藤谷は小さく笑うことしか出来なかった。その態度に桐哉はキレてしまった。「お前本気で死んじまえば?!そんなに自分の歌が大事なんやったら、書けるだけ名曲書いてさっさと死んじまえよ。そしたら間違いなく伝説の天才になれるぜ」「ジョンレノンみたいに?そういう手もあるよね、、、」無論朱音には2人の会話が理解出来ない。井鷺一大と藤谷が組むことを桐哉が何故ここまで嫌悪するのかも、それに汚れるくらい利用すると言い放つ藤谷の真意も、藤谷を案じながら死んでしまえと言ってしまう桐哉の真意も。そして最後に藤谷がジョン・レノンみたいにと答えた時に恐ろしさを覚えて朱音は凍りついた。車のクラクションが身体中に鳴り響いた。「朱音ちゃん?」藤谷が朱音を案じて声をかけた。「私、用事があるんで帰ります、、ごめんなさい!」朱音は2人から逃げるようにその場を後にして歩き去った。朱音は2人のやり取りが怖かった。業界人の言葉の応酬に加え、前から疑問に思っていた2人の関係。桐哉の藤谷への憎しみと執着。それを全部受け止めつつ、悲哀を隠さない藤谷。そして「死」という言葉。きっと何もかもに終わりがあって、命も、TENBLANKも。いつか、終わる。「朱音ちゃん、ちょっと待って!」横断歩道のど真ん中で藤谷は朱音を捕まえた。息を切らして藤谷がコートのポケットからデータを取り出す。「これ、聞いておいて。ベース、取り直して、坂本くんに打ち込み入れといてもらったから、、、」朱音にとっては宝物のようなTENBLANKの音。自分の音。でも、この時ばかりは嬉しさが湧いてこなかった。「朱音ちゃん?」「私は先生の音で叩いちゃダメなんですか、、」せっかくのTENBLANKの音も、自分が鳴らせなければ意味が無い。虚しいだけだった。「このままじゃ、先生の求める音にならないですか!?」朱音の真っ直ぐな気持ちが藤谷の心を揺らした。静かに朱音に問いかける。「朱音ちゃんはさ、例えば。、、例えば、明日俺が何かの間違いで死んだとして、TENBLANKがなくなったら、もう一生ドラムは叩かないで生きるの?」それは、朱音が自分(藤谷)に惑わされずに朱音の音を大事にして欲しい気持ちと、もし自分がいなくなっても「藤谷直季」や「TENBLANK」とは関係なく朱音の音を失って欲しくない気持ちが吐露させたものだった。それほど、藤谷にとっても朱音の音はもはや宝物なのだ。藤谷は小さく笑って「ごめんね、例え話、また明日」そう言って朱音に背を向けた。朱音も背を向けて歩き出す。先生がいなくなる、、TENBLANKがなくなる、、藤谷の言葉が木霊する。ママの言葉も思い起こされた。「彼はそんなイメージあるかもねー。突然消えちゃうような」歩道を渡りきった時ハッと後ろを振り向くと、歩道の向こうから藤谷がこちらを見ていた。その姿を見た時、朱音は信号の色を気にせずに走り出してしまった。ちょうど赤に変わるところで、朱音が渡りきる前に車は走り出した。クラクションが鳴り響く中、藤谷は慌てて朱音の手を引っ張って抱きしめた。その背中を車が駆け抜けていった。ギリギリのところで。朱音は藤谷に叫んだ「叩くよ!先生がいなくなっても!テンブランクがなくなっても!私だけの音、絶対つかんで、叩いて見せますよ!!」藤谷が欲しかった答えを朱音は口にしていた。「だけど、、ジョンレノンみたいにいなくならないでください」


そして再度レコーディング。すっかり自分の音を取り戻した朱音は気持ちよく叩きまくった。ガラスを挟んで「うん。これ使わせてもらうね」満足気に藤谷がOKを出し、高岡と坂本も胸を撫で下ろした。後日朱音のスマートフォンに藤谷から配信第1弾「旋律と結晶」が無事に届いた。

★私が原作で好きなシーン5つ選ぶとしたら、①横断歩道で赤で走ってくる朱音と藤谷の「死なないでください!!」は絶対入るんですね。あとは②「朱音も幸せにするからね」と。てことはドラマ版第2話凄い!!あとは③ドラマ版では削除された終盤の居酒屋で朱音が藤谷にキレるシーンと(1番好きだった)、更にこれもドラマ版では削除された④終盤藤谷と朱音が最後に(泣)手を繋いで心の中で別れを告げるシーン(号泣!)と、あとは⑤藤谷と高岡のバンド加入までの諸々。2人が駅のホームや宿泊するホテルとかで藤谷を誘ったり高岡を誘ったりする一連のくだり(ドラマ版ではまた全然違う形で高岡と藤谷のオリジナルがあって、これも本当に良かった!!)。だから、あ〜!横断歩道&赤信号やってくれてありがとう!!って思ったし、しかも、原作にはなかった「俺が何かの間違いで死んだとして、TENBLANKがなくなったら、もう一生ドラムは叩かないで生きるの?」からの「叩くよ!先生がいなくなっても!テンブランクがなくなっても!私だけの音、絶対つかんで、叩いて見せますよ!!」が最高に素晴らしいオリジナルセリフだったと思うんですね。この「俺が死んだとして」というのは、ドラマ版の終盤に藤谷の病気が判明することの伏線で、このTENBLANKを結成する時に藤谷は死も覚悟していて、でも自分の音に執着する朱音を心配する気持ちがそう言わせたんだろうけど、そこで朱音が「叩いて見せますよ!」って藤谷にアンサーする所が泣けるんですよね。ほんとに、バンドに恋愛要らないとかどうのこうの批判もありましたけど、上っ面しか見てないとそう映るんですねぇ。このドラマの本質は紛れもなく「音楽」なんですよね。藤谷が死んでも、大好きなTENBLANKが無くなっても、私は叩くんだ、自分の音を鳴らすんだ、という朱音の覚悟と、藤谷の自分の死をも厭わない音楽やTENBLANKへの愛がこのドラマの本筋なんです。だからバンドものに恋愛要らないと巷でチラホラ見た感想を疑問に思うんですよね。音楽を作る。皆で音楽を奏でる。それは推しバンドがある人にとっては、とても崇高なことであると思うんですね。そこに恋愛は要らんやろという気持ちも分かる。でも、やはり音楽は「人間」が生み出すものだから。人間はロボットじゃない。音楽マシーンじゃない。ある意味、どんな職業よりも孤独だったり、ある人は不器用だったり。だから、崇高な「推し」にファンが理想像を求め過ぎるのもどうなのかなと思ったり。ましてや、このドラマ版の藤谷と朱音は、3年前のフェスで衝撃的な出会いを経て、求め続けたお互いの音に再びめぐり逢い、強烈に惹かれてしまったとしても、責められることだと思えない。所謂「バンドの恋愛もの」という象徴的なテーマに対する嫌悪みたいなのがあるかもしれないけど、グラスハートはそんなベタな憂慮とは一線を画す作品だと言えると思う。少なくとも最後の10話のライブまで見てもらえれば、そう思って貰えるはずなんですけどね。あと原作は坂本と朱音と藤谷の三角関係がTENBLANKの音楽的価値を盛り上げて行くところがあって、それを3人が理解しながら音楽活動を進めていて(藤谷や坂本から生まれる音楽に影響を及ぼす的な)そこがまた凄く深いんですよねぇ。心理描写も細かくて、ギュンギュンこころにささりました。小説ならではですよね。

あとね、ざらめさんの歌声がまたギュンギュンくるタイミングで降りて来ましたね!健さんがやりたかったこと。確実に沢山の人の心を動かしてます。これ、YOASOBIさんのイクラさんの声でももちろん素敵なんだけど、ざらめさんだから余計に切ないのかな。そんな気がします。朱音が振り向いた時、藤谷がこっちを向いていて、その立ち姿が凄く情緒が溢れていて好きなんだな。健さん、ストーリーが進む事に痩せていくんだけど、元々普段より体重も落として藤谷直季に挑んでいて。コートを羽織っていてもシュッとした細すぎる立ち姿が、なんか藤谷らしくて。余計なもの全部研ぎ澄まして、音、だけの人になってる、みたいな。海外の方にもウケたのは、やはり台詞のないシーンでも、立ち姿や目線や仕草で藤谷直季というカリスマ音楽家を演じきれていたからなんだろうなと思います。説得力を言葉で説明するのではなく「醸し出す」って、とっても大事なことですもんね。


■第2話「旋律と結晶」メイキング

Document of GLASS HEART ep.2


■Official lyric video『旋律と結晶』

https://youtu.be/CDJzPVWdSKA?si=OQru-IE1shkiFf9-




■挿入歌
TENBLANK『MATRIX』

作詞/清 竜人、作曲/大濱健悟


TENBLANK『旋律と結晶』

作詞/野田洋次郎、作曲/飛内将大


ざらめcoversong

YOASOBI『アンコール』より




グラスハート 12 

第1話 あらすじ&感想 考察


ダラダラと感想書いていこうと思ってたけど、やはり「グラスハート」が脚本演出他全てにおいてとても丁寧な物語だったので、一応1話ごとにきちんと書いていくことにします(中身はダラダラですが)。ちなみにあらすじの台詞は作品通りで、でも全部上げてるわけでもありません。掻い摘んでます。そして台詞以外の文章は私の憶測とかによるものなので、解釈違いもあるかもしれません。


フェスで観客をぶち上げるZ-OUT。サポートメンバーでもあり、天才ギタリストでもある高岡のギターが鳴り響き、ボーカルレイジの野太い声が熱を帯びる。 

☆高岡がZ-OUT(サポート)からTENBLANKに移るくだりは、藤谷とも絡んで何度か原作でも登場するけど、尺の関係でドラマ冒頭にガツンと持ってきました。フェスの熱気からの激アツ高岡尚を下からのアングルからのレイジの圧倒的イカつい歌唱。とても短い尺ながらも「天才サポートギタリスト高岡尚」を印象づけるかっこいい冒頭になってます。ちなみに、この会場に実は朱音もいて、なんなら藤谷直季もいた、というのは完全オリジナルなので、その辺のすれ違いも熱い。

Z-OUT『Fight The Good Fight』


Z-OUTの演奏がこだまするフェス会場で、バンド仲間にクビを告げられる朱音。どうやら女抜きという条件でのテディメリーのデビューが決まったらしい。食い下がる朱音に「そもそも音が気に食わない」などと今更告げるメンバー。突然の雷雨で立ち尽くす朱音。その朱音の心模様のように雨と吹き荒れる風が会場を突如覆い、フェスは中止に。ドラムセットを車に仕舞うのを帰りゆく観客に阻まれ朱音は大きく転倒した。どん底な気持ちの中で無意識なのか、それとも怒りからか、朱音は雨ざらしの中、仕舞いかけのドラムセットを組み直し、雨の中リズムを刻み始めた。すると程なくステージの方からピアノの音色が。気にも止めず雨に打たれながら鳴らし続ける朱音の音に、そのピアノの音は自分に挑むように音を重ねてくる。必要ないと言われた自分の「音」が今確実に求められている気がした。帰りかけの観客も雨の中足を止めて朱音を見守る。朱音のリズムがどんどん早くなる。遠くのピアノも力強さを増していく。雷が近づいてくる。でも関係ない。時々ステージを見上げながら叩き続ける朱音。


そこには音しかなかった。

雨も景色も私自身も

全部の境目が曖昧になって、

分かってしまった。

私はこの音と出会うために

生まれてきたんだって。

この音は、神様がくれた音ー


☆前に記念すべき第1話を原作の順番通りでいろいろと予想したけど、ことごとく別展開で来ましたね(笑)いや〜原作にあるテンブランク結成までの流れが、わちゃわちゃ電話も含めて完璧と思ってましたけど、今思えば現代にそのまま採用するのも難しかったし、健さんが常日頃話してた連続ドラマにおける第一話、掴みの重要性という観点から、やはり世界配信の今作の第1話に賭けてた健さんが、朱音と藤谷のセッションでこの作品の幕開けを飾りたいと脚本から演出まで制作陣で練に練り上げられたこの冒頭は、まさに圧巻の一言でした。

☆「神様がくれた音」朱音のこの名言が2人のセッションの最後に重ねられるこのタイミングも、佐藤健BTS(舞台裏)動画にあったとおり健Pが「なんだ、このドラマ違うぞ」という特別感や昂揚感を狙ってのことだそう。交差する2人の昂った横顔。それは雷でセッションが終わる最後にかけて視聴者が戸惑いさえ覚えるくらいの「恍惚感」とも言える様なものでドキドキ。いや、最後雷が落ちた?くらいの絶妙な間で(実際藤谷に落ちてました!)「神様のくれた音」と朱音の声からタイトルクレジットに入る。健Pの狙い通りにこの冒頭は海外のコメントでもエモーショナルだと大好評。とにかく沢山の雨の中何日もかけて行われたシーンに感服です。ちなみに、雨の中でのピアノやドラム演奏会が楽器が濡れるだろうと一部不評を買ったそうだけど、どうなんでしょうか。楽器に限らず、そんな雨の中じゃ台無しじゃん、というシチュエーションはエンタメ作品においてこれまでにも沢山あったと思うし、海外のコメントでそこを突っ込んでる人1人もいなかったんだけどな。この時は明かされなかったけど、あの時の藤谷は音楽に絶望してふらふらとステージに現れて、そこで朱音の音を聴いて激しくピアノを叩く、のではなく「早く仕舞え!ピアノが雨に濡れるだろう!」って怒鳴った方が良かったのか?まぁほかの機材をスタッフも運び出してる様子があって、ピアノもでしょ、というのはあるかもだけど、この時は藤谷が鳴らし始めちゃったもんだから、スタッフも止めようが無かったというか、聴き入ってしまったと予想。実際野外フェスで雨降り出すことはままあって、小雨なら続行とかもありそうですけど。雷はダメでしょうけどね。

☆「境い目が曖昧になる」「神様がくれた音」この言葉がこの作品全体を通して何度も朱音の心に宿ってはその心を震わせることになります。何周もこの作品を見返すたびに、朱音は原作同様音楽と藤谷の狭間で苦しんだんだなと私自身の心が震えます。そしてこの時音楽に絶望的していた藤谷が朱音のドラムに心を救われて、きっと少しづつまた音楽に向き合い始めたんだろうし(病を治さぬまま)、その後高岡をバンドに誘うことになるし、この時から朱音と藤谷は「音」で惹かれあってたから、それが「愛情」に変化するなんておかしくもなんともないんだよね。バンド内恋愛禁止みたいなことを持ち出して視聴をやめたやめたとSNSで騒いでいる人がチラホラいたけど、「神様の音」に出会ったこともなければ、その「音」や「バンド」の狭間での「恋心」を押さえるのに苦しんだことも無いのだから、恋愛禁止なんて言うのがそもそもおかしい。

朱音❌藤谷 伝説のどしゃ降りセッション


その3年後、朱音はオーディションでドラムを叩いていた。手応えのないまま帰宅するなりドラム練習に取りかかる。鳴らすのは、あの時の音だ。あの3年前の雨のセッションは誰かの動画に収められ、おそらくそれをネットで拾って朱音は保存していた。3年間この音に焦がれ、何度も部屋で音を重ねてきた。しばらくして1階から母親のモモコからデリバリーを頼まれる。朱音の家は1階がモモコが経営する音楽喫茶になっていた。音楽ライターも兼業している母親のセンスで店内はエキセントリックな装飾でメロウなロックが鳴り響いていた。モモコが言うには、朱音ご指名のデリバリーなのだとか。朱音は言いにくそうにモモコ告げた。「やっぱりオーディション、ダメだった」先程練習中にかかってきていたオーディション結果の電話。駄目だった理由を尋ねるとデリカシーが無い音だと相手が言った。笑顔で取り繕う朱音。「今まで沢山応援してくれてありがとう、、、」「諦める気?」モモコが優しく尋ねる。「今日で最後って決めてたから。私ね、、、この3年本気でやったよ?だから、悔いはない」微笑む朱音を抱きしめるモモコ。朱音はバイクを走らせた。都会のど真ん中。雑踏に紛れて四方から聴こえる新しい歌たち。さっきモモコが、3年前自分が恋した音の持ち主藤谷直季と高岡尚が組むバンドの話をしていた。そんな世界ともお別れなのか。もう二度とあの音と交わることは無いのか。


私の中でずっと鳴り響いていた夢は

誰にも知られず消えようとしているー


☆朱音の母親モモコ役のYOUさん、本当に良かったよね!みんな良すぎてあまり呟いてないけど。この後も出番はそう多くは無いけど、可愛かったり、突っ込んだり、何かと場を和ませてくれた。こうして励ましてくれている家族が、途中からは出世した娘を画面越しに見守ることになる。そういう画1つでバンドの成長を描写出来るもんね。そして最終話ではモモコさんには音楽経験者として意義深い台詞も用意されています。


配達先は閑静な住宅街。その中にある立派な洋風の一軒家。自分指名とはどういうことか。木々がセンス良く配置された玄関を歩くとドアには「西条朱音様、取り込み中なので、中へお願いします」の張り紙が。怖くなった朱音は数歩引き下がるが、立ち戻りドアを開けてみる。ピアノの音色が遠くに聴こえた。歩く度その音が大きくなる。直ぐに気がついた。何度も耳にした音色だった。分かるはずもないのに朱音には分かった。ずっとこの音を探していた。ずっと焦がれていた。求め続けたあの日の音が今此処に!?スタジオの扉を開ける朱音。藤谷は朱音の存在には気づかず高らかとピアノの音色を鳴らす。激しく柔らかく藤谷直季の音を響かせる。朱音は自分が泣いていることさえ気づかずにその音を見守っていた。演奏を終えた藤谷がこちらを見た。近づいてくる。でも眼中にあるはずなのに自分の後ろにあったベースを取りとると元の位置にもどって今度はベースを鳴らした。データの音源を合わせて音作りに夢中になっていた。そこに現れたのが高岡尚。朱音と知って藤谷を呼ぶも声は届かない。「ダメなんだよね、あの人。ああなったら、もう何言っても聴こえない」藤谷のアレンジに、次に現れた坂本一至が異を唱える。「、、、だったら」今度は坂本がピアノのアレンジを書き換えて藤谷が盛り上げる。それを楽譜に書き加えると、今度は高岡に「仕上げにさ、0.2mmの薄い膜かける感じで4小節だけ被せといて。レモン風味の甘さ控えめ砂糖菓子で」という独特の注文。それにサラリとギターで応える天才ギタリスト高岡尚。坂本がドラムは?と聞いた時には、朱音は既にスティックをドラムに叩き付けていた。「だと思います!」3人を笑顔で見回す朱音。藤谷直季、高岡尚、坂本一至、西条朱音による「TENBLANK」結成の瞬間だった。


本来ならば交わるはずのない4つの音。

あまたのヒット曲を世に送り出しながら、

決して表舞台に立とうとしなかった

謎だらけの天才音楽家、藤谷直季。

国内外のスーパーバンドを渡り歩いて来た

凄腕サポートギタリスト、高岡尚。

孤高のトラックメーカーとして

ネット界を騒がせた

音楽界の異端児、坂本一至。

そして私、夢破れる寸前だった

名も無きドラマー西条朱音。

藤谷直季に導かれ、出会った4つの音は、

いまたった一つの音を奏で始める


☆冒頭のセッション以上に情報量多過ぎるテンブランク結成の流れが素晴らし過ぎた。だけど冒頭からオリジナルな展開で、ドラマ版全体を通しても実は改変箇所や設定変更が多目なので一部の原作ファンの方からは不評の声もあります。実際1話の予想ストーリーなんてblog書いてた私も全く違う展開で驚きました。でも今思えば、この作品を実写化するにあたり、30年前の話をグラスハートとしての軸は変えずに、やはりここまで変えなくては「面白い」実写化作品にはならなかったのでは無いかと思うんですね。ここまで変えるのなら実写化するなという声もあるかもだけど、ここまで変えて「グラスハート」が「グラスハート」の色味は変えずに世界に羽ばたけるのなら、私は素晴らしいことだと思うんですね。事実原作の若木先生も、このドラマ版はまた別の作品としつつ、軸はきちんと「グラスハート」で、小説「グラスハート」のライバルだとの位置づけでいらっしゃるとか。手強いライバルだなんて、最高の賛辞じゃないですか。そして、ドラマ版「グラスハート」はNetflixにおける非英語作品として、世界で8位に入りました。日本のバンドの話が全世界に受け入れられたんですね。台湾と香港ではずっと上位でしたし、他の国の感想もSNSで上がってるので、特にアジアでだけど、そのほかの国々にも幅広く届いたと思います。というか、1ヶ月半が過ぎても「TENBLANK」のアルバム含めまだまだ浸透し続けています。その理由大ヒットの理由をいくつか考えると、上順不同で①グラスハートの持つ物語の強さ②キャラクター達の愛すべき姿③本物の演奏(別ミュージシャンによる吹き替えもありますが手元の演奏はそのまま本物です)④本物の楽曲(合計26組のアーティストが参加)⑤改変された物語もとても上手くエモーショナルに改変されている⑥登場人物を減らして話をコンパクトにまとめた分見やすくなった(大好きなヒビキはいません)⑦いい場面にいい音楽を秒単位で当てる(佐藤健Pが1番こだわった)ところが凄すぎた⑧ライティングやシュチュエーション(海上や音楽生まれる所の水面や水滴などの演出)など映像自体が美し過ぎた⑨テンブランクメンバーみんな原作通りだった(実写として動かせた分原作超えたといえるかも)

☆ちなみに、結成までの原作で無くなった箇所及び設定は、順不同で①✖︎朱音と高岡&坂本が町ですれ違っていた➡︎〇朱音は3年前に藤谷とセッションをしていて、この時音で惹かれあった②✖︎坂本と朱音が最初に会う(ここで坂本の超絶技巧ピアノを聴く朱音。今作では結成後に聴く)③✖︎坂本の家族関係(兄や母親との確執。これは坂本の基本のキだったかもしれないけど、この設定が無くても今作で坂本の人物像は充分表現出来たと思う。孤高のトラックメーカーとして。それだけ音楽にひたむきで純粋という部分が、家族との確執があった設定より際立ったと。藤谷も音楽に関してはこのひたむきさが坂本とシンクロしていたし、家族の話があったら坂本の全体像がぼやけてしまったかもしれないし10話で描くのは難しかったと思う。④✖︎坂本のぜんそく(これも坂本の基本のキかもしれないけど、藤谷の脚同様、物語の緩急を追求するにあたり無くすのも私には違和感は全くなかった)⑤✖︎朱音はピアノを弾く⑥✖︎最初のセッションは電話だった➡︎朱音を見つけ出した藤谷が朱音を藤谷スタジオへ誘い込みセッションへ。とにかく冒頭セッションからのこのテンブランク結成セッションの怒涛のかっこいい流れは、絶対絶対必要だったと思う。そしてここからのアニメでのメンバー紹介まで確実に世界を意識して作られてて、それがまた素晴らしかった。

☆ただ無くなってしまった原作のエピソードで、1つ坂本と朱音の出会いで好きだったのは、母親にバンド活動を追い詰められた坂本を庇って朱音が「この人有名になりますから!ほんとにスターになりますから!」って宣言するところ。坂本はこの時から朱音のこと好きになっただろうからね。


朱音は現役大学生。テンブランク結成のセッションを夜通し終えて疲れ果てていた。親友の瑛子は高岡の追っかけをしていることは承知している。高岡尚のバンドに誘われたのだと打ち明けると、驚きつつも朱音の頑張りが報われたのだと喜んだ。「その藤谷直季ってどんな人?」瑛子が聞くなり、大学の門に近いベンチを机に、その藤谷直季が直座りして何やら思案していた。朱音が恐る恐る声をかけると「あ、朱音ちゃんだ!」と屈託なく呟いた。「どこ行くの?」と聞いてくる。バイトだと説明するも藤谷のペースで後を着いていくことになった。藤谷はふらふらと街中を危なっかしい足取りで歩いた。顔を上に向け、何かの音を探しているようだ。もしくは、上から降ってくる「音」を落とさず拾おうとしているようで、周りへの注意など散漫している様子に、ついて行く朱音もおっかない。途中拾った木の実から面白い音がすると朱音の耳元に寄せる。「ね?」顔面を5cmまで近づけてくるのに、朱音は遅れて「ほんとだ」と答えるので精一杯。よく見たら、なんて整った顔をしているのだろう、この人は。「あのっ、どこ行くんですか?」ようやく聞きたかったことを聞いた朱音に「ごめんね」と謝る藤谷。こと作曲になると記憶も曖昧で普通のことも苦手になる、と。やっと辿り着いた先は喫茶店。2人の前に現れたのはすでに不機嫌な様子のベリーショートが良く似合う美人。マネージャーの甲斐と名乗り朱音に名刺を渡す。しかし藤谷が朱音をバンドのドラムだと嬉しそうに紹介する途中で「駄目に決まってるでしょ」と甲斐は突き返した。事務所は藤谷がボーカル高岡がギターで話題がとれる。あとは打ち込みかサポートミュージシャンで臨む形態だったのを、藤谷が無理やり坂本をねじ込んできた。坂本なら期待の新人って出来なくもないから3人の最小形態のバンドユニットとレコード会社を納得させていたところに、素人同然の女の子を入れるなんてコンセプトも何も頭から組み直しになる、と怒り心頭だ。その剣幕に驚きの表情を浮かべていた藤谷は一瞬で真顔になった。自分がやっと探し当てた「音」である朱音を蔑ろにされた気持ちもあったかもしれない。「問題ってそれだけ?」「ちゃんと今の話聞いてた?!」「自分は事務所が今の方針だったらそこそこにしか売れないんじゃないのって言ってるんだよ。だから俺はもっと爆発的に売れるために準備しているし、それは絶対に間違ってない」朱音はその自信に満ち溢れた横顔がさっきまでの「俺、駄目なんだ」と漏らしていた弱々しい人物と同一だとにわかに信じられないでいる様子。企業のおえら方に自信あるから大丈夫では納得して貰えないと返す甲斐に「要するに実績があればいいんだ。いいじゃん、それ、やろうよ」藤谷はサラリと返してその場を去っていった。追いかける朱音に甲斐は「一つだけ」と忠告する。「天才の音は、凡人を不幸にする」

☆原作でも似たような登場をする親友の瑛子。ドラマ版では詳しく紹介されないけど原作では朱音と共にZ-OUTの追っかけをしていた。そして原作ではZ-OUTは「日本のアイドル的ロックバンド」と表現されていたので、初っ端の山田孝之くんの歌いぶりを見るとアイドル的ではないみたいですね(笑)それにしても山田くんくんの存在間半端なかった。フェスに染まりまくっていた歌声と暑苦しい風体と。で、30年前の追っかけ女の最上級はメンバーの『結婚相手』になること、と書いてありましたが、昨今はいかに。今で言う「リアコ」になるのかな。ミュージシャンでなくてもね、俳優相手にも夢見る人は多いですよね。夢見るだけならだれにもめいわくかけませんから。多分。

☆マネージャー甲斐の登場もほぼ原作通り。喫茶店で。甲斐が来る前に藤谷が朱音に言ってますね「俺ねえ、だめなんだあ、今、頭んなかが作曲モードになっちゃってて、なにやってても音がふわふわ目の前とんでてねえ、いっくら気をつけててもうわーってあっちの世界にいっちゃうんだあ」って(笑)私、健さんがこの「グラスハート」に出演すると知って原作を読み込み、登場人物の中で藤谷直季が1番好きになったんだけど、このポンコツ具合いを健さんがどこまで表現出来るかって実はほんの少し疑問視してました。ごめんなさい健さん。めちゃくちゃポンコツ具合素晴らしかったです。で、甲斐は「また藤谷がこっちの都合すっとばしてとんでもないことを言い出しやがったなってのがウチの事務所全体の見解なんだよ」って返してるので原作はもっと口悪かった感じですね(笑)問題ってそれだけ?のあとの藤谷の返しは原作通り。ただ1つ「天才の音は、凡人を不幸にする」というのが完全オリジナルになるんですね。確かそうだよね?違ってたら後で訂正します。でも、甲斐が実は藤谷バンドの最初のボーカル候補だったというのは第4話で踏襲しているので、その夢破れた甲斐自身のことでもあり、音楽業界でメジャーを目指す人間にとっての教訓ともなりえる言葉として、もしくは天才藤谷直季を象徴する言葉として今後も引用されることに。


「ほぇ?」素っ頓狂な返事をする高岡。なんと1週間後にライブをすると藤谷直季が宣言したのだ。当初の予定と違うことに戸惑う高岡と坂本。藤谷本人は実績作りに当初の予定など忘れ去った様子で、しかもそのライブは3000人規模の野外フェスでオーヴァークロームの前座だという。藤谷がたまたま見つけてぶっ込んだのだ。坂本も1週間後は無理だと返すが藤谷は出来上がった楽譜を配る。もう一曲は急いで作るのでそれまで準備をと促す藤谷だが、高岡は朱音を案じる。「あなたはそれでいいとして、彼女は大丈夫なの?」しかし当の朱音はその楽譜をキラキラした目で見つめていた。この楽譜に自分の「音」がある。鳴らせる「音」がここにはある!!

そこからライブまでの数日はこれまでの朱音のフラストレーションをぶちのめす様な濃密な時間が流れた。ただ闇雲に何者になれるかも分からずに叩き続けていた自分はもういなかった。今自分は自分の音楽を奏でているのだ。藤谷の厳しい手ほどきも全く苦では無かった。憧れていた藤谷の「音」に自分のリズムを刻めるのだ。血豆が何個出来ようと構わなかった。そして藤谷は坂本や高岡の意見も取り入れながら1曲目を完成させた。

☆甲斐登場からライブをブッキングする流れや高岡の「ほぇ?」も原作通り。だけど原作でこの時高岡は加えかけたタバコを落としてるので、原作で所々喫煙していた高岡はドラマ版では体の弱い藤谷と煙の嫌いな坂本を気遣ってメンバーの前では吸わない(9話で甲斐が高岡に話している)。この時はタバコの火が前髪に移ってかちかち山になった話などをしてます(笑)でもタバコの代わりにドラマ版では常にピックを咥えてる。その姿がまた町田くん様になりますのでこれはこれで良いのです。後にタバコ吸うシーンは回想で出てきます。この時原作の藤谷は「たかが三千人かそこらの客をノセればいいんだから、頭カラッポのレコード会社のおっさん連中ノセるよりそっちのほうがてっとりばやいだろ?」などと仰ってましたのでその凶悪さはドラマ版では少し和らいだ感じで(笑)しかも「本当はドームとかアリーナとかスタジアムが良かったんだよ!」とか無茶言ってるので、このドラマ版がテンブランクのキャラクターだけはそのまんま踏襲してると言っても、無茶加減は原作の方が上回ってる感はあります。ただ、そこも尺の話しで、尺があるなら細かい話も出来るけど、出来ないなりにいかにその人物を表現出来るか、すごくすごく練られてあると思うのね。健さん達制作陣がグラスハートの愛すべきキャラクター達をきちんとそのまんま愛して貰えるようにいかに苦心したのか。原作を知る人ほど分かるはずなんだけどなぁ。

☆初ライブは「MATRIX」と「旋律と結晶」になるんだけど、途中場面変わりに4人が短くセッションする所とか、ドラマの場面展開の劇伴みたいに使われててかっこよかったなー!いい場面にいい音楽をという健さんが掲げたトータルテーマも、こういう所で変化球みたいに使ってくる。ホントにシャレてますなぁ。


数日後決死の練習に明け暮れる朱音は、駄目にしたスティックを新調しようと楽器店に。そこで電子ピアノを超絶技巧で叩きまくる坂本に遭遇する。坂本とは未だにきちんと話もしたことはなく、藤谷ハウスにあった坂本のマグカップを使おうとして軽蔑されてしまったくらいで、笑顔も見たことは無い。でも沢山の客に囲まれた坂本は、藤谷スタジオにいる時よりも少し楽しげで、弾いているエリーゼのためにも楽しくアレンジされてあって、朱音は一般客に混じって拍手を送った。外に出て改めて坂本に賛辞を送る。「坂本くん凄いね。藤谷先生も高岡さんもほんと凄くて、今の私には手が届かないって思っちゃう」すると思いもしない言葉が返ってきた。「俺もそう思うよ」と。「あんたの音ってデリカシー無いんだよね。周りの音を引きずり回すような。ドラマーで周囲が見れないって致命的でしょ」朱音の顔色がみるみる曇る。「手が届かないって思うなら。遠慮してよ」そして去り際にも強烈な一言を。「俺、あんたの音好きじゃない」デリカシーがないってどこかで聞いたなと朱音は落ち込んだ。縁がなかったオーディションでの事務所の人からだ。でも坂本は違う。坂本は同じバンドのメンバーとしてこれからやっていく人だ。最後通告ではないにせよこれ程辛いことは無い。そんなやり取りの後、朱音は藤谷に誘われてオーヴァークロームのライブに行くことになった。

☆⬆でも書いた、原作では母親にバンド活動を追い詰められた坂本を庇って朱音が「この人有名になりますから!ほんとにスターになりますから!」って宣言したり、ドラマ版は坂本のぜんそく設定がなくなってるけど原作ではそのぜんそくがあるために坂本も朱音には最初から家族やぜんそくなどで弱みを見せていて、しかも朱音はピアノを弾けた設定で、坂本はドラムを叩けて、坂本がライブでドラムを叩いた時喘息で叩けなくなることを想定して、坂本と叩き具合の似た朱音がデモテープで見つけ出されて採用されたとなっていたので、ドラマ版にあるようにここまで朱音が坂本に嫌われることは無かった。むしろ最初から坂本は朱音に惹かれてたんだろうな、と。ま、ただこの最初から嫌われるとはいっても、第二話冒頭の最初のライブで坂本は朱音のドラムを気に入るので、ウザがっているのはほんと数日なんですけどね。かなり可哀想な言われようだったのでね。やはりこのドラマ版はトータルで坂本に関する改変が大きかったなと思います。しかし、坂本がシンプルに描かれたとしても、朱音への想いとか、テンブランクへの愛が実は深いとか、きちんと濃密に描けてありますよね。あと、志尊淳くんが坂本を演じるにあたって、本当に微妙なさじ加減連発していたなと、何周もする度に分かってくるんです。佐藤健Pも、坂本役は地味だけど志尊が本当に素晴らしかったと言ってます。町田啓太くん演じる高岡尚が分かりやすくかっこいいので影に隠れちゃいますが、坂本もいい塩梅に物語を盛り上げてるんですね。最後まで毎話素晴らしい脚本です。


もうメジャーデビューを済ませているオーヴァークロームだが、この夜は割と小さなライブ会場でその爆音を轟かせていた。赤の激しい照明の中でオーヴァークロームのファンがステージの2人、真崎桐哉と有栖川真広に一斉に手を伸ばしている。そして歌う。その観客の歌声を切り裂くように桐哉が叫ぶように歌い返す。強烈な光景に朱音は飲まれていた。その隣にフードを目深に被った藤谷がやって来た。異様な盛り上がりの中2人はただその音楽に身を委ねた。そのライブ後。精気を出し尽くし床にへたり込む桐哉を藤谷と朱音が尋ねた。藤谷を見るなり「厄介事は勘弁してくださいよ」と真広が桐哉に呟く。桐哉は地鳴りのような低く怒りも交えた声で「なに。俺らの野音荒らすつもり」と藤谷を見上げた。「でもOKしてくれたの桐哉だよね。ありがとうね。よろしく」桐哉とは真逆の、あくまでも柔らかい声で応じる藤谷。「だから、オーヴァークロームがお前らつぶしにかかっても文句ねえよな」桐哉が藤谷の顔に極限まで顔を近づけて言った。「いんじゃない?客なんてつきたい方につくんだから。でも俺は、桐哉とやり合おうなんて思ってないよ。俺はただ、ちゃんとやりたいだけなんだ。俺の音楽を、、」声は静かだが意思だけははっきりしていた。「そんなもん軽々出来ちまうだろ。お前1人で充分。つまんねえバンド遊びなんかやめちまえよっ」「それは嫌だ」藤谷をどうしたいのか。桐哉は何者なのか。藤谷の音楽を尊敬しているのか。尊重しているのか。何故バンドを組むのを愚弄するのか。後ろで朱音は考えを巡らせていたかもしれない。その朱音に桐哉は視線をずらした。「あんた、自信あんのか。」そう言って近づいてくる。「お前のせいでこいつの音楽がぶち壊れないって保証。それだけの覚悟あんのかって、聞いてんだよ」過激ないでたちを上回るその苛烈な眼差しに朱音は固まってしまった。「答えられない?!」蔑むように桐哉が煽るのに朱音は必死で食らいつこうとした。「違う、、確かに、今、自信はないけど、、、野望はあります!!」おそらく無意識のうちに出た言葉だった。「だって音楽なんて結局その場で鳴ってる音しかないんだし、だから覚悟とか保証とか、、」その言葉の途中で、藤谷は朱音を通り過ぎて帰ってしまった。朱音は慌てて追いかけるが見失ってしまう。

☆オーヴァークロームを演じた桐哉役菅田将暉くん、有栖川真広役のレイニさん。雰囲気ありましたねー。特に原作読み始めた時に、このドラマ版の肝になる、演技上手い人にやってもらわなきゃ困ると思ったのが桐哉と井鷺とユキノだった私は、この桐哉の口も態度も悪い、ファンにも手厳しい、朱音にもちょっかい出す、兄にこじらせている、でも歌うとかっこいいカリスマで、実は良い奴、みたいな役をこなせる俳優が日本にいるのか!って心配してたけど、まず菅田くんてわかった時に納得出来たもんね。でもいざドラマ版を見てみると、想像を遥かに超えててさらに感動しました。その菅田くんの存在感に。桐哉は設定はほぼ原作通りなんだけど、登場のシチュエーションなどがかなり改変されてます。このライブに朱音が藤谷に誘われて見に来るのは同じで、その後楽屋でライブ前座ねじ込みを桐哉に詰られるんだけど、これ原作ではZ-OUTの野音にオーヴァークロームも出演するんだけど、この前座にテンブランク(まだもちろん今の段階ではテンブランクではなく名無しの藤谷バンド)が出る予定で、それに桐哉が怒っているという。で、まあ後に分かるんだけど、桐哉の兄が藤谷なわけで、このドラマ版では桐哉はやたらと藤谷に喧嘩腰で、なのに藤谷への音楽性にはリスペクトしている様子で、というあえてぼやかせることで物語にミステリアスな部分を残してるんだけど、原作では「そんなもん軽々できちまうだろ!? おまえひとりで、充分、なんだってできちまうだろ!? そこに他人巻きこんだって藤谷直季のクォリティ落として、まわりの奴らダメにするだけだろ!」と怒ってます。ここまで言わせると桐哉は明らかに藤谷の敵ではないことになるのでここまでは言わせなかった。ちなみに、朱音に矛先を変えて「あんただろ、こいつが引きずりこもうとしてんのってさ。自信あんのかよ? こいつはマジで天才なんだぜ、まともな人間じゃついていけない相手なんだぜ? あんたのせいでこいつの音楽がぶちこわれないって保証できるのかよ?それだけの覚悟あんのかよ!」

と詰め寄るのも、藤谷は天才って言葉はドラマで省いてます。でも胸中にはある、と。でも藤谷が去った後「言っとくけど、俺はあいつのこと、世界でサイテーに大っキライなんだぜ」と朱音に言っててドラマ版と同じようにこじらせてて。さらに朱音は「私オーヴァークロームって、かなり好きかもしれないです」などと桐哉に言ってたりして。原作の桐哉と朱音の関係って、ほんと屈託なくて、罵りあったり励ましたり、凄くいい関係、っていうか色々あったからね、本当に。だけど、このドラマ版でも短い尺ながら、2人の絡みはエモーショナルに描かれます。原作とこうして比べると、原作ってやっぱり凄い文字量で、みんな沢山色んなこと喋ってるし起こしてるから、それを省いたり、オリジナル入れたりして、「グラスハート」として成立させたのって本当に奇跡だなって、原作ファンこそ彼ら制作陣を讃えてあげて欲しいと、私も原作読んだ者として心から思うんすけどねー。

☆メイキングにも紹介されてますが、オーヴァークロームのライブの観客の皆様も本当に凄かったよね。みんなキャストファンの人達ですよ?健さんたちの呼びかけで集まった人達。その人達の頑張りを評価しつつ、もう少しこうして欲しいと具体的に指示を出す健さんや菅田くんがかっこよかったな。もう物語の方向性が制作陣みんな一致してるから、指示が的確。それに応えるエキストラの皆さんもかっこよかったです。


そのまま帰路に着いた朱音だったが、桐哉の言葉が頭の中を巡って、ドラムをがむしゃらに叩かずにはいられなかった。桐哉と藤谷の関係もよく分からない。その時電話が鳴る。高岡からだった。藤谷が家に戻らないという。「先生を怒らせてしまったかもしれないです、、、私が自信あるって言えなかったからっ」朱音は藤谷を探しに街を走り出した。こんな雨の中、どこへ消えたのか。当てもなく探して見つかるわけもないのに、朱音はただ藤谷を見つけることに必死だった。藤谷に会って言い訳をしたい自分と、こんな雨の中でどこへ行ったのか案じる気持ちと。そして朱音は偶然藤谷を見つけ出した。巨大なコンクリート壁を背にこの雨の中歩道の地べたに座り込んでいた。全身びしょ濡れだ。「先生!」朱音は叫んだ。そばに駆け寄って藤谷を呼ぶが、うなだれたまま座り込む藤谷は全く反応しなかった。「大丈夫ですか!先生っ!先生っ?!」すると何度目かの声掛けに藤谷は顔を上げて叫んだ。「うわーっ、できた!!」そして朱音の方をぼんやりと見つめた。「あれ、朱音ちゃんだ。どうしたの、、?」朱音の心配をよそにぼんやりと聞いてくるのだ。思わず朱音の語気が強まった。「先生こそ、どうしたんですか!こんなところで!」その時、何やら藤谷の背後に違和感を覚えて後ろの壁を見渡すと、そこには壁一面数メートルに渡って楽譜が書かれてあった。朱音は圧倒された。まだぼんやりとしたまま藤谷は嬉しそうに答えた。「最近さ、頭の周りずーっとふわふわしてる曲があって、たった今、それアレンジまで全部仕上げちゃったんだ。傑作なんだよ。これ、もう俺これ遺作にして死ぬんじゃないかって思うくらい」実に嬉しそうに藤谷は話す。「怒ってたんじゃ、ないんですか、、?」「なんで?」「もしかして、、前後の記憶飛んでます?」「もしかしたらそうかもしれない、、今日は、桐哉のライブに行って、あれ、、、なんで、朱音ちゃんといるんだっけ?」朱音は張り詰めた気持ちを一気に緩めた「力が抜けました、、」藤谷はそんな朱音を見つめながら、少し後気を強めて語り出した。「甲斐や、それと桐哉もだけど。朱音ちゃんの出す音など知りもしないで、外側だけで話をするじゃない?立場とかキャリアとか年齢とか、そういうものって、実際に鳴ってる音の前では無力なものじゃない?俺はさ、そういった偏見に邪魔されるぐらいだったら、そいつらよりもっとでっかいハッタリでひっくり返してやりたくなるんだよね」そう言い終えると藤谷はふっと表情を緩めた。「でも、朱音ちゃんが野望を持ってて良かったな」そう言って藤谷は嬉しそうに微笑む。「覚えてるじゃないですか、、」少し朱音は恥ずかしくなった。自信はない。でも野望はあると言えてよかった。「今はそれでいいからさ。そのうち自信あるって言ってよ。絶対俺たち、すごいことできるから」藤谷が噛み締めるようにそう言うのを、朱音は嬉しく受け止めた。そして2人はスタジオ合流して、2曲目「旋律と結晶」は完成した。雨傘、振り落ちる雨粒、藤谷を傘に入れた朱音の優しさがこの曲を最後に仕上げたのだ。「朱音ちゃんがくれた音だよ」藤谷は朱音に告げてそのまま昏倒してしまった。暑さ寒さを忘れて曲作りに没頭する藤谷は、何度も倒れだり寝込んだりしているのだろう。高岡はて慣れた様子で藤谷を抱き上げ寝室へ運んだ。

☆まず、雨のシーン。ここ健さんがメイキングで語ってる「1番いいシーンに1番いい音楽当てたい」を感じたなぁ。他の話でも出て来ますが、朱音が壁一面の音符を見た時に流れ出したざらめさんが歌うcover song「ココロノナカ」RADWIMPSさんのなんだけど、ざらめさんの歌声ってほんと天才。胸がギュンギュンしちゃいますよね。そして、朱音や藤谷の感情ごとに音楽が鳴ったり止まったりが秒単位で調整されてて。これ、海外の方が見てても歌詞分かんなくてもギュンギュン来てるみたいで。世界共通に通じる感動があるんだなぁと。そしてそれは、健さんたち制作陣が練りに練った脚本演出音楽があればこそなんだなぁと、そこに役者さん達の素晴らしい芝居が合わさればすごい化学反応が起こるんだなぁと。映像も素晴らしいんですよ。藤谷に音楽が降りてくる瞬間は、この後も何度か出て来ますが、小説では情景までは浮かばなかった「音が生まれる瞬間」をこんなにときめく様な映像で疑似体験出来た感動もありますよね。ここのシーンはほぼ原作のままで、違うのは坂本も一緒にいたこと。坂本は立ち上がれなくなった藤谷を運ぶために高岡に迎えに来てもらうように電話するのに途中いなくなるんだけど、その時に藤谷と朱音のエモいセリフのやり取りがありました。「絶対俺たち、凄いこと出来るから」って、本当にいい台詞だなぁ。藤谷が言うから、それはもう絶対なんだって。今後何あったってその言葉を胸に頑張っていける、って朱音は思ったんじゃないかな。このシーンで野田洋次郎さんから「旋律と結晶」のあの歌詞が生まれたとか、ほんと素晴らしいですよねー


今回は雨に打たれたせいで藤谷は伏せってしまった。その枕元に朱音が寄り添う。藤谷は悪夢にうなされていた。「藤谷、聞いてくれ。俺の元から去るなんて絶対に許さない!」男が藤谷に悲痛な叫び声を上げる。「待てと言ってるだろう!!」もう3年も経つのにその光景は今も鮮やかだ。やっと目を覚ますと横に朱音がいた。「朱音ちゃんは平気なの、、」弱々しい声で藤谷が尋ねた。何ともないと答える朱音に「頑丈でかっこいいね」と掠れた声で答える藤谷。「あの日さ、、朱音ちゃんのドラムが響き出したんだ。自分でも気づかないうちに壊れちゃって。鳴らせなくなくなってた、俺の大切な音が、、、1人じゃ鳴らせない音がある、、、その音を求めてる。だから、高岡くんに会いに行って、坂本くんを見つけて、朱音ちゃんを探したんだよ?」そして朱音も3年前のピアノの音に救われてここまで来れた。「俺は呼ばれたんだよ?朱音ちゃんの音に、、」

☆このベッドで藤谷が横になるシーンはオリジナルだと思うんです。それ言ったら高岡が藤谷をお姫様抱っこして運ぶシーンもおそらくオリジナル。そこの町田くんのさらりと藤谷を運んでのけるのも凄くかっこよかったけど、私はこのベッドで藤谷が弱々しく話す所が凄く好きで。今回まだ書いてなかった無くなった設定の中に「藤谷が脚を悪くしている」がありました。その代わりと言いますか、藤谷は3年前の雨のセッションで雷に打たれて病院に運ばれ、そこで脳腫瘍も判明するという事実が後に明らかになるんですね。7話8話以降にメンバーにも事実が明らかになって、テンブランクの存続に関わってきます。それまではただ少し身体が弱いという感じで進んでいくんですけど、このベッドの上の弱々しい藤谷に私やられちゃいました。健さんてキャラクター造形が素晴らしくて、毎回話題の作品に出てるのもあるけど、出演するからにはそのキャラクター自体が社会現象を起こすレベルにまで持っていくんです。るろ剣の剣心しかり、半分青いの律しかり(数年間赤ちゃんの名前トップに君臨しました!)、恋つづの天堂先生しかり、はたらく細胞の白血球しかり、配信後2ヶ月間経っても今もなおTOP10入りしてる私の夫と結婚しての鈴木部長しかり。今回の藤谷も社会現象レベルになってると思います。既にあちこちで物真似されているし(笑)で、今回の沢山の藤谷の見どころシーンのひとつがこの病弱藤谷なわけでして。「丈夫でかっこいいね」のとこ!ちょっと自分を卑下してる様な恥ずかしく思ってるような気弱さが垣間見えて。もしくは、元気いっぱいの朱音を羨むような。このあと「あの日さ、朱音ちゃんのドラムが響き出したんだ。自分でも気づかないうちに壊れちゃって。鳴らせなくなくなってた、俺の大切な音が」と続くんだけど、あの雨のセッションというこのドラマ版の大事なオリジナルシーンに繋がるセリフでもあるし、この3年間朱音の音に焦がれていたと言う告白でもあるから、藤谷の言葉が凄く気持ちがこもっていて、私はこのドラマ版の藤谷の1つの軸だと思ったから。藤谷は凄く音楽に関して純真に愛する部分と戦略的な部分を両方持ってるから、そこのアンバランスな要素を儚さでも表現していて、傲慢さと、病弱から来る気弱さとが行ったり来たりする。5話で朱音が藤谷のことを、神様だけど、神さまじゃないと表現するけど、正しくそれなわけで。俺は呼ばれたんだよ?朱音ちゃんの音に」朱音にとってこの3年間藤谷の音は神様の音で、藤谷にとっても自分を奮い立たせてきた音であったわけで。こ2人が音楽を超えた「愛」で結ばれることになるのはこのドラマ版では必然だったのに、私はまだこの段階では気づけずにいたんですよね。やっぱり当たり前のように坂本の存在があったし、藤谷とは結ばれなかったという切なさを持続させたまま観てますから。どんなクリスマスがやってくるんだろうと、、、でも、私は若木先生のお書きになった小説版ももちろん好きです。


そして藤谷が完全に回復せぬまま、ライブの日がやって来た。直前まで藤谷を休ませることにして、他の3人でステージに向かう。藤谷が無理やりねじ込んだその前座はオーヴァークロームファンには知らされていなかったようで、3人の登場に歓迎ムードとは程遠いざわめきが客席に広がった。中には明確な野次もあった。「なんだよ、死体みたいな顔色しやがって」分厚いコートで身を包み半分横たわっている藤谷を桐哉は見下ろして吐き捨てる。「桐哉だ、、今日もかっこいいね」小さく笑う藤谷。声もまだ弱々しい。「お前もせいぜいかっこつけろよ」桐哉の嘲笑に、藤谷は何とか立ち上がり桐哉と対峙した。「見ててよ、、、伝説のライブにしてくるから」静かに言い放つ藤谷。会場には井鷺とプロジュースしている歌姫のユキノが並んで藤谷の登場を見守っている。モモコと親友の瑛子や、甲斐と事務所幹部の姿も。藤谷はまだ現れず会場の野次も大きくなりつつあった。朱音は心を落ち着かせようと努めた。今この野外ステージにあるような誰からも認めてもらえない怖さ。それは音楽を始めてからずっと感じていた怖さとどこか似ていた。だけどもう怖くない。藤谷がゆっくりと現れた。その姿を見つめながら朱音は自分に言い聞かせる。私はこの人に音を求められたことを知ってるから、怖くはない!!「はじめまして、テンブランクです、、、ギター高岡尚。キーボード坂本一至。ドラムス西条朱音。ベースボーカル藤谷直季」

☆初ステージは原作ではオーヴァークロームも参戦するZ-OUTの野音で3曲披露。3曲目の「グラスハート」を作るのに藤谷はキーボードを2つも叩き壊したんだけど、この「グラスハート」も原作では藤谷が10代でこしらえた大事な楽曲だったのに井鷺に盗まれた曲になっていて、それで新たにリメイクし直すのに大変な難産だったというお話なんですが、このドラマ版では「グラスハート」は8話にテンブランクを繋ぎ止める曲として登場することになります。ここの改編も大きなものだったかなと思うんですけど、今にして思えば、「グラスハート」が既にどこかのアイドル歌手の曲としてリリースされたもので、井鷺とのいわく付きの作品だったものを、このドラマ版では、いい意味で誰にも汚されることなく、8話の高岡たちを繋ぎ止める重要な楽曲として藤谷が命を削って作ったとするこの改変は素晴らしかったかなと思います。大きなオリジナル展開ですよね。それが作品タイトルでもある訳ですから。3年以上に渡る脚本制作の賜物かなと思います。このように、原作にあった楽曲は今作で一から新たな楽曲が制作されました。若木先生の書かれた歌たちや素晴らしく詩的な歌詞が今作では登場しません。このドラマ版に合わせた楽曲にする必要があったからです。物語のストーリーは改変されているので、それに合わせて楽曲も変える必要もあったし、原作ファンの中にあった音を、地上に確かな名曲の数々として表現しなくてはならなかった、その難しさはいかばかりか。そしてその劇中の楽曲の数々をアルバムにして配信翌日にリリース。なんと2週間でBillboard Japanの1位に登り詰めました。スゴすぎる!!これは演者も制作陣も全員嬉しかったと思います!!


■佐藤健メイキング

Document of GLASS HEART vol.1takeru satoh Behind The Scenes-


■第1話「グラスハート」メイキング

Document of GLASS HEART vol.2episode.1 Behind The Scenes-


■挿入歌
Z-OUT『Fight The Good Fight』

作詞/松原さらり、作曲/南田健吾


OVER CHROME『Turbulence』

作詞/田中秀典、作曲/TeddyLoid


ざらめcoversong

Radwimps『ココロノナカ』より




■感想の第2位として書くならこのドラマ版における「没入感」について書きたかったんだけど、私がこのドラマで1番に感じた「没入感」の凄さ。それは健さんが原作に感じた登場人物たちのワクワクするようなキャラ立ちの良さ。それをそのまま実写として生き生きと動かせた俳優陣の凄さと、音楽ドラマとして成立させた俳優陣の素晴らしい演奏(みんな数年がかりでここまで持ってきた!!)、そして3年がかりで作り上げた脚本と、スタイリッシュな演出と、大人数によるエキストラ達との真剣勝負のライブで、プラスしか生まない相乗効果でこの「没入感」は築き上げられた。この「没入感」に丸ごと浸れた人はこの作品最高!良かった!○周目です!っとSNS上のあちこちに現れて感想上げてくれてるんだけど、どうやらその「没入感」を得られなかった人が「つまらなかった」と、しかも何回も書いてる人が一部いて(恨みでもあるのか、いや、恨みがあるらしい)、その「没入感」も得られなかった理由の多くが「恋愛いらね」らしい。拝見してると。それも2つに分かれてて、単に音楽ドラマに「恋愛いらね」組と、「バンド内恋愛ありえね」組。そういった批判に反論するのなんてナンセンス極まりないのは承知で言いたいんだけど、まずさ、ロッカーに恋愛ってつきものですよね?バンド内恋愛は無くても、音楽ドラマ、映画に出てくるロッカーってめちゃモテるし、古くはDOORSとか(メグ・ライアンが滅茶苦茶好きでしたので)、最近だとエルヴィスとか、まぁQUEENのやつとかも?滅茶苦茶恋愛してますし、日本作品だって恋愛抜きの探す方が難しいんじゃねえかと。そのロッカーもですよ?歌ってるのは恋愛song沢山あるでしょ。愛を歌ってんすよ。その本人が恋愛しないとかしたことないとかありえないでしょ。あとね、バンド内恋愛にしてもね、この作品の冒頭、朱音と藤谷はお互いをよく知らぬまま嵐の中でセッションしてて、その後3年間お互いの「音」に焦がれてて、藤谷はいよいよバンド結成って時に「あの音を探すんだ」ってことで朱音を見つけ出すし、朱音もあの藤谷の音に見合う音を鳴らすために、スマホに保存した藤谷のピアノに合わせて甲斐甲斐しくドラム叩き続けてきたんですよね。その2人が「音」に出会い「音」に導かれて4人で新たな「音」を鳴らす。朱音は藤谷の音を最初から「神」と捉えているし、藤谷も朱音の「音」が自分の鼓動にエネルギーを与えてくれると(しかもそこまで自分のエネルギーにこだわるのは、実は藤谷が3年前から脳に爆弾を抱えたままで心身に支障もきたし始めていて、だからこそ自分を生かすためのその音に希望を見出していた、と後から明らかになる)、そこから生まれた運命共同体の様な気持ちが、次第に恋心へと変化していく。これってそんなにいけないことでしょうか?しかも、お互い気持ちを大っぴらに打ち明け合う訳ではなく、朱音は何度か藤谷への思いに気づきながら、第4話で告白しかけて振られるし、実は藤谷も朱音には惹かれながら、原作同様に坂本が朱音を慕っているのに気づいているし、そこを掻い潜って朱音をどうこうしようという気はさらさらなく。ただ、第8話で藤谷の症状が高岡にバレて、高岡から音楽を続けていくことを閉ざされて、でもそれを朱音が「先生が音楽をやめることこそ、先生にとっては死ぬことなんだ」と1人気がついてスタジオから藤谷を救い出し、藤谷が今奏でたい音楽を一緒に鳴らしてくれた、その事で朱音への想いを確信した藤谷は、朱音が眠る間に「永遠前夜」を完成させ歌い上げる。高岡は藤谷を連れ出して音楽を続けさせた朱音を、藤谷を愛するが故に罵るけど、坂本は気づくんだよね。坂本も藤谷気質のところがあって、音楽が自分のアイデンティティであり、音楽で突き動かされる自分を知ってるから、藤谷にとって「死」とは音楽が出来ないことなんだと、それを先に朱音が気づいたことを知って、朱音が藤谷の一番の理解者であると同時に藤谷を真底愛しているのだと知って、藤谷に負けたと気づくんだよね。その上で、藤谷が「GLASS HEART」と一緒に入れてたもう一曲を藤谷のパソコンから見つけ出して、「永遠前夜」を聴いてしまう。そこには藤谷の朱音への想いが切々と歌い上げられていて。で、藤谷にこの曲は朱音のために書いたんじゃないのかと問い詰める。藤谷は自分が朱音を愛するということは、坂本を傷つけることになると、この曲は表に出さないというのを、坂本が藤谷の背中を押すんだよ。自分は藤谷になら傷つけられてもいいんだと。坂本は朱音の幸せが自分の幸せだし、藤谷の幸せも大事にしたいんだよね。もしも限られた命ならば。それに、坂本にとっても藤谷は「神」なんだと思う。藤谷の音楽は坂本にとっても無くてはならなくて。というような、この藤谷と朱音の想いをこの作品は「境い目」とセリフにしてます。1話し冒頭の2人のセッションでも朱音は「境い目」が無くなって、とその音楽について話してるし、9話の終盤でお互いの想いを打ち明け合う藤谷と朱音も「境い目」について言及してる。この「境い目」はもちろん原作も踏襲していて(というか原作は絶対の原作なんだけど)、藤谷も朱音も坂本も、音楽と恋心の境い目で苦しみます。「境い目」という言葉自体はドラマ版のオリジナルだと思うんだけど。ただ、ひとつ、一番大きくこの恋愛模様で原作とドラマ版と違うのは、原作ではこの「サンタさんだ」って朱音と藤谷が向かい合って藤谷は朱音のこと好きだとようやく打ち明けるけど、朱音は坂本が好きだと答えるんですね(泣)。いや、この時も藤谷のことも好きなんだけど、坂本を選ぶんです、原作は!!藤谷ファンの私としては本当にショックだった展開で、配信されるまでこの設定は当たり前のように当然そのままだと思ってたので、この9話しの展開は、、、嬉しすぎて泣きましたよね((コソッ))でも同時にね、原作の坂本ファンに申し訳ない気持ちもあって。当の坂本にもね、一生頭上がらねえなと。いや、だからね、もしかしたら原作と1番大きく改変された所って、朱音が坂本とじゃなくて藤谷とくっつくという部分だと言えると思うから、原作の改変についてあーだこーだ言うてる人間には、いや、原作者の若木先生が許可してるからってスルーしてるんだけど、坂本ファンの嘆きは当然あって然るべきと思ってますよ((コソッ))だけど、まぁ、その代わりという訳でもないけど、音楽出来ない身体(早く治療して欲しいですよー!!)というドラマ版オリジナルの中で最後にあんなライブまでして、朱音と藤谷が結ばれるいうても、ライブの藤谷が言ってたように「生命の保証なんてどこにもない」訳でして、最後には痩せこけてしまって、ライブ後どうなんのかわかんない。だからこそ、海外でももちろん大人気のGLASS HEARTは海外からも「藤谷戻ってこいよ!!」と言われているし「season2でテンブランク復活してほしい!!」と叫ばれてる。もちろん、それは日本でも。藤谷は限られた命をすり減らして、みんなに極上の音楽届けて、それで、恋愛するなって?言われちゃうの?死ぬまで音楽だけしてろって?それって別にこの作品に愛なんてなければ、原作さえ知らなくて、だからこそそんなこと言えるんだろうけど。あと菅田将暉くんが凄く良いということで、菅田くんが輝いてる第6話まで見て欲しいからって「途中の恋愛ムーブとか見てられないだろうけど、それもすっ飛ばして、我慢して6話まで見て〜」って呼びかけんのもどうなんだ?って思うんよ。確かに私は桐哉演じた菅田将暉くんには感謝しかない。菅田くんの桐哉についてはまた書いていきたいけど、このGLASS HEARTはテンブランクの話だし、そのテンブランクの藤谷直季の弟が桐哉なわけで、この藤谷が空白の3年間からバンド作ろうと立ち上がって、テンブランクとして駆け抜ける中で朱音のことを愛して、それで命削ってライブして、この後どうなるかわかんないくらいに生ききってるのに、そこはすっとばして〜とか、目をつぶって〜とか、それはねーだろって思うんですね。ぶっちゃけ、原作では初っ端の朱音と桐哉が出会うところで、桐哉は朱音にブチューってキスしちゃうし、途中も朱音に結構迫るんですよね。疎い朱音は全然気が付かなくて、それをマヒロに疎いって言われちゃうから。でも原作の四角関係みたいなのは一応避けたんですよ。って桐哉んとこしかいらないって人にぶっちゃけたい(笑)「テンブランクは愛の音しか鳴らさないよ?」と語りかける藤谷。それは藤谷が音楽だけじゃない、人を愛することが出来たから、言えることだし、そんな音楽を作れるんですね。愛の音で「幸せにしたい」という、それが藤谷の願いなわけです。だから、愛せる人に出会ったんだから、愛したって良いでしょと、マジで言いたい。大声で言いたいです。というわけで、この作品が素晴らしい「没入感」を与えてくれるその快楽を得るには、人を愛することに寛容で、そしてひとを愛するなんて当たり前の事だと、人としての摂理をきちんと理解できる人しか叶わないわけであります。だからSNSで良かったという感想を書き込んでいる人を見るにつけ、ほっとします。今は自分には甘く人には厳しい人がますます増えつつあります。心良く思わなかったものは、素通りすれば良いのに、だめだだめだと言わなければ気が済まない人が多すぎますけど、でも、ちゃんと楽しめる人もいっぱいいるんだなと、感想を読み漁っては安堵してます。ま、トータルして本当にナンセンスな反論してしまいました(笑)でもどこかで言いたかったから〜(笑)

また、この作品の凄いところは、2周目3周目と、見返す度に得られる感動がまた違うことです。色んな視点で見ることも出来ます。まだまだこのグラスハートのムーブメントが続くことを祈ります。