The Japan Official ABBA Fan Club

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【ABBAに関する掲載記事のご紹介】
■ なぜABBAは世界中で愛される?国内唯一のABBA研究家に秘密を訊く
https://fika.cinra.net/article/201808-abba
■ ABBAに心躍らせ45年
復活した北欧の4人組 休止中の動向も日本に伝える(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO41504880Q9A220C1BC8000/

ABBAの『Voyage』公演がいまなお満員の観客を集め続ける中、メンバーたちの新たな発言や業界内の動きによって、この“再結成時代”がどこまで続くのかに注目が集まっている。

 

ABBAはいま、予想外ともいえる新時代の真っただ中にいる。

スウェーデンの4人組が最後に実際のツアーを行ってから40年以上が経ったが、ロンドンで行なわれている最先端技術による『Voyage』常設公演は、いまなお世界中のファンと音楽業界から大きな注目を集めている。

そしてニューヨークからロサンゼルスまで、同じ疑問がささやかれている。

この“デジタル再結成”は、いったいどこまで続くのか?
そして、いつかアメリカにもやって来るのだろうか?

ABBAと『Voyage』の現在 ― なぜ今なのか?

ABBAのホログラム型コンサート『Voyage』は、2022年5月、ロンドン東部に特設されたABBAアリーナで幕を開けた。

そして静かに、この10年間で最も影響力のあるライブ・プロダクションの一つとなった。

『Billboard』によれば、このショーは初年度だけで100万枚以上のチケットを販売。

さらに、専用会場から一歩も外へ出ることなく、巨大アリーナ・ツアー級の収益を上げるペースだったという。

『ニューヨーク・タイムズ』は、この公演を

「デジタルと生演奏が融合した、まばゆい作品」

と評し、極めてリアルな“ABBAtar(アバター)”たちが、生バンドを従えて90分間のステージを披露すると伝えている。

 

2026年5月19日現在、『Voyage』は依然としてロンドンで上演中であり、正式な終了日は発表されていない。

近年のプロデューサーたちの発言や、イギリス・アメリカの業界メディア報道によれば、公演期間は当初想定されていたスケジュールを大きく超える可能性があるという。

これによって、北米版『Voyage』実現への憶測も再燃している。

その結果、ABBAの名前はストリーミング、クラシックロック・ラジオ、TikTok動画などで常に話題に上り続けている。

 

アメリカのリスナーにとって、これはつまり、ABBAが2020年代の音楽シーンに異例なほど存在感を保っていることを意味する。

アグネタ・フォルツコグ、ビヨルン・ウルヴァース、ベニー・アンダーソン、アンニ=フリード・リングスタッドの4人は、従来型ツアーを行なっているわけではない。

それでも彼らのカタログは、周年記念、映画使用、SNSトレンドのたびに再生数を急上昇させている。

『Rolling Stone』や『Variety』は定期的にABBAの功績を特集しており、新世代のファンたちが「ダンシング・クイーン」や「ギミー!ギミー!ギミー!」を発見し続けている。

ABBAをトップに留め続ける『Voyage』現象の内幕

『Voyage』は単なるノスタルジー商売ではない。

それは、未来のアリーナ級ポップコンサートの“実験ケース”なのだ。

このショーでは、70代となった4人がモーションキャプチャーで演じた動きを基に、1970年代後半当時の姿としてステージ上に再現される。

『Variety』によれば、このプロダクションには、ジョージ・ルーカス共同設立のIndustrial Light & Magicによる最先端映像技術が使われており、“ABBAtar”たちにコンサートレベルのリアリティを与えている。

 

ロンドンのクイーン・エリザベス・オリンピック・パークに建設されたABBAアリーナ自体も特別だ。

収容人数3000人のモジュール型会場で、移設可能な設計になっている。

『The Guardian』や『Billboard』によれば、その“移動可能性”は、将来的に別都市へショーを展開するために最初から組み込まれていたという。

業界内では、北米常設版の噂が繰り返し浮上しており、『Pollstar』や『Billboard』では、

  • ラスベガス

  • ニューヨーク

  • ロサンゼルス

などが有力候補地として挙げられている。

 

ロンドン旅行を検討しているアメリカのファンにとって、『Voyage』は通常のコンサートというより“没入型シアター体験”に近い。

観客は中央の「ダンスフロア」に立つか、段状座席に座り、巨大映像と専用音響システムに囲まれる。

セットリストには、

  • 「マンマ・ミーア」

  • 「SOS」

  • 「ザ・ウィナー」

など世界的ヒット曲が並ぶ。

さらに、2021年の復帰アルバム『Voyage』からの楽曲も含まれている。

 

2026年5月19日時点で、複数日程のチケットは公式ルートを通じて購入可能だ。

ただし人気の週末公演は数週間前に完売することもある。

アメリカのメディアは、転売価格高騰や偽チケットを避けるため、必ず公式販売元から購入するよう呼びかけている。

2021年アルバム『Voyage』とABBAのストリーミング復活

このデジタル・コンサートは、ABBAにとって40年ぶりのスタジオ・アルバム『Voyage』の成功の上に成り立っている。

2021年11月に発売されたこの作品は、1980年代初頭の解散以来となる新録アルバムだった。

『Rolling Stone』によれば、このアルバムはアメリカのBillboard 200で2位デビュー。

数十年ぶりの新作を出したレガシー・ポップアクトとしては驚異的成果だった。

『Billboard』によれば、アメリカでの初週売上は約8万2000ユニット相当。

「アイ・スティル・ハヴ・フェイス・イン・ユー」や「ドント・シャット・ミー・ダウン」のストリーミング、そしてフィジカル売上が大きく貢献した。

 

このアルバム成功は、“ABBAストリーミング復活”の引き金となった。

2026年5月19日時点で、『Billboard』がLuminateデータを基に報じたところによれば、ABBAの楽曲は世界全体で毎週数千万回単位のオンデマンド再生を記録している。

その中でもアメリカは主要市場の一つだ。

Spotifyの公開データでは、

  • 「ダンシング・クイーン」

  • 「ギミー!ギミー!ギミー!」

が、世界累計10億再生を突破している時期もあった。

これは、Z世代やミレニアル世代がABBAをどれほど頻繁に聴き返しているかを示している。

 

『NPR Music』は、ABBAの楽曲が若い世代に響く理由として、

  • 感情を直接的に伝える歌詞

  • 美しいハーモニー

  • ほろ苦い抒情性

を挙げている。

ストリーミング時代によって、“時間の壁”は崩れた。

その結果、1970年代のポップミュージックが、ハリー・スタイルズ、オリヴィア・ロドリゴ、ザ・ウィークエンドと同じプレイリストに並ぶ時代になった。

その状況が、ABBAのカタログをアメリカの音楽サービス上で常にアクティブに保っている。

「70s Road Trip」系プレイリストから、「Daily Mix」「Discover Weekly」のようなアルゴリズム型レコメンドまで、ABBAの楽曲は今も日常的に流れている。

 

その影響はポップカルチャー全体にも及んでいる。

アメリカでは、かつて『Glee』や映画『ミュリエルの結婚』がABBA人気を押し上げた。

だが、本当の爆発的拡大をもたらしたのは、『マンマ・ミーア!』の舞台版と映画版だった。

2008年と2018年に公開されたユニバーサル映画は、ABBAの音楽に新たな命を吹き込み、コンピレーション・アルバムやサウンドトラックへの関心を再燃させた。

『The Hollywood Reporter』によれば、最初の映画版サウンドトラックは2008年世界的ベストセラーアルバムの一つとなり、アメリカでの好調な売上が、ABBAを単なる“70年代懐メロ”以上の存在として定着させたのである。

なぜABBAはいまもアメリカのポップ&ロック文化で重要なのか

アメリカにおいて、ABBAは特別な存在感を放っている。

彼らは“クラシックなポップ・ロック・バンド”であると同時に、“ストリーミング時代の定番アーティスト”でもあるのだ。

ロック史研究家たちは、ABBAのスタジオ制作技術をフリートウッド・マックやザ・ビーチ・ボーイズと並べて語ることが多い。

一方、ポップ評論家たちは、現代のチャートヒット曲へとつながる“最大級にキャッチーなフック”を称賛している。

例えば『Pitchfork』は、ABBAの“哀しみと高揚感”の融合を高く評価し、「ザ・ウィナー」が単なる軽薄なディスコ曲ではなく、むしろ感情的なロック・バラードに近いと論じている。

 

現代アメリカのアーティストたちも、頻繁にABBAへ敬意を示している。

『Variety』や『Vulture』のインタビューによれば、

  • フィービー・ブリジャーズ

  • P!NK

  • HAIMのメンバーたち

などが、ABBAのコーラスやコード進行を“感情解放型ポップ”を書くための手本として挙げている。

ザ・ウィークエンドの「Blinding Lights」や、デュア・リパの『Future Nostalgia』時代も、直接的コピーではないものの、

“ディスコのリズムとロック的メロドラマを融合させたABBA”

と同じ世界観の中に存在している。

 

アメリカのテレビ番組でも、ABBA楽曲は定番だ。

『American Idol』や『The Voice』では、

  • 「ダンシング・クイーン」

  • 「フェルナンド」

  • 「テイク・ア・チャンス」

などが、歌唱力と観客受けの両方を示したい出場者たちによって頻繁に選ばれている。

出場者や審査員たちは、ABBAの楽曲について、

「実は非常に難しい」

と語ることが多い。

壮大なメロディー、重層的ハーモニー、感情的な転調――それらが3〜4分に凝縮されているからだ。

 

ロック的観点から見ても、ABBAの影響力はアレンジやプロダクション面に現れている。

長年にわたりミュージシャンたちは、

「ノウイング・ミー、ノウイング・ユー」

などのギターやドラム音を例に挙げ、

“ABBAは実質的にはポップの中に隠れたロックバンドだった”

と指摘してきた。

そのクロスオーバー性こそが、アメリカのロック局やクラシックヒット局が、

  • スティクス

  • クイーン

  • エレクトリック・ライト・オーケストラ

などと並べてABBAの楽曲を流し続ける理由の一つとなっている。

その結果、“ベスト盤CDを買うほどではないが、車の中では喜んで歌う”という一般層にも、ABBAの名前は浸透し続けている。

『Voyage』やABBAショーはアメリカへ来るのか?

アメリカのファンにとって最大の疑問はシンプルだ。

海外へ飛ばずに、『Voyage』あるいはそれに相当するABBA体験を見る機会は来るのか?

2026年5月19日時点で、アメリカ版常設公演やツアーは正式発表されていない。

しかし、業界報道は希望を持たせ続けている。

 

『Billboard』と『Variety』は共に、

ABBAアリーナが解体・再建可能な構造で設計されている

と報じている。

その中でも特に頻繁に候補として名前が挙がるのがラスベガスだ。

最先端常設ショーと世界中の観光客を抱えるラスベガスは、ABBAにとって理想的な場所とされている。

実際、ラスベガスはU2のSphere公演など、最新技術型ポップ公演を積極的に受け入れてきた。

そのため、特注サウンドと映像を必要とするデジタルABBAショーとも相性が良い。

 

ニューヨークやロサンゼルスも、有力候補として報じられている。

ブロードウェイ近辺でのロングラン公演なら、『マンマ・ミーア!』舞台版と似た道筋になるだろう。

一方、西海岸常設版なら、巨大な観光・エンタメ基盤を活用できる。

『Pollstar』や『Los Angeles Times』は、

もし『Voyage』がロンドンで成功を続ければ、プロデューサーたちは巨大なアメリカ市場開放への強い圧力を受けるだろう

と報じている。

 

もしアメリカ進出が実現するなら、

  • Live Nation Entertainment

  • AEG Presents

といった大手プロモーターが関わる可能性が高い。

また、

  • Madison Square Garden Entertainment

  • ラスベガス・ストリップの会場群

との提携も考えられる。

ただし、ABBA側や制作陣から正式発表があるまでは、

“Voyage移転説”はあくまで有力な推測に過ぎない。

アメリカのファンはいかにABBA愛を燃やし続けているか

アメリカ版『Voyage』が存在しなくても、アメリカのABBAファンダムは非常に活発で、しかも多世代に広がっている。

SNSには、

  • ダンスチャレンジ

  • コスプレ

  • カラオケ動画

が溢れている。

TikTokは何度もABBA楽曲をトレンド化させており、『Variety』や『Rolling Stone』は、

  • 「チキチータ」

  • 「エンジェルアイズ」

などがミーム、口パク動画、感情語り動画で急上昇したと報じている。

 

トリビュートバンドも重要な役割を果たしている。

アメリカ全土では、

  • ABBA Mania

  • ABBA Revisited

  • Dancing Queen Live

などのグループが、

  • 劇場

  • カジノ

  • 野外フェス

で定期的に公演を行なっている。

地方紙やイベントサイトは、これらの公演について、

“ABBAのLPをリアルタイムで買った世代”と、“初めて生で楽曲に触れる若者世代”の両方を惹きつけている

と伝えている。

 

学術界や批評界でも、ABBA研究は続いている。

アメリカの大学や音楽学部では、

  • ソングライティング

  • プロダクション

  • ジェンダー文化

  • クィア文化

への影響をテーマにした講演やシンポジウムが開かれることもある。

『NPR』や『The New Yorker』は、

ABBAの“感情を隠さないスタイル”がLGBTQ+コミュニティに強く響いている

という論考を掲載している。

特にクラブ文化やプライドイベントにおいて、

“失恋と喜びがキラキラしたアレンジで同居する音楽”

が、個人的・集団的カタルシスのサウンドトラックになっていると指摘している。

 

アメリカのプレイリスト文化もABBAを支えている。

ロック、ディスコ、ポップの境界が曖昧な配信サービスでは、

  • ブルース・スプリングスティーン

  • エルトン・ジョン

  • スティーヴィー・ニックス

などと並んでABBAが表示されることが多い。

これは、ABBAがアメリカ音楽史において確固たる地位を持つことを改めて示している。

公式情報を確認し、オンライン詐欺に注意

長期常設公演や再結成企画には、噂や非公式情報がつきものだ。

ABBAにも、

“アメリカツアー決定!”

といった怪しいポスターやSNS上の非公式チケット情報が存在する。

専門家や消費者保護団体は、

必ず公式情報源で確認すること

を強く勧めている。

 

ABBAの最新情報を確認する最も信頼できる場所は、ABBA公式サイトだ。

また、

  • Billboard

  • Rolling Stone

  • Associated Press

なども、公演延長、新記録、再発情報などを正確に報じている。


2026年5月19日時点で、

4人が従来型ツアーで再び実際に集まる

という信頼できる報道は存在しない。

メンバーたちは一貫して、

『Voyage』こそが“決定版ライブ・プロジェクト”である

と語っている。

FAQ:ABBAの現在について

ABBAは正式に再結成しているの?

ABBAのメンバーは『Voyage』アルバムとロンドン常設公演で密接に協力した。

その意味では“芸術的再結成”と言える。

しかしBBCや『New York Times』によれば、彼らは従来型ライブバンドとして再びツアーする予定はないと繰り返し述べている。

代わりに、ABBAtarと生演奏バンドが“ライブ存在”を担っている。

『Voyage』は成功しているの?

ほとんどすべての指標で大成功とされている。

『Billboard』や『Variety』によれば、チケット販売は早々に100万枚規模へ達し、収益も巨大ツアー級。

2026年5月19日時点で、公演はロンドンで継続中であり、

  • 安定した売上

  • 高評価レビュー

  • 世界中からの口コミ

に支えられている。

アメリカでABBA本人を見ることはできる?

2026年5月19日時点で、4人がライブ出演するアメリカ公演予定は存在しない。

メンバーがメディアやイベントへ個別出演することはあるが、一般向けコンサートではない。

完全版『Voyage』体験を望むなら、現時点ではロンドンへ行く必要がある。

新しいABBA音楽は今後出るの?

新アルバム計画は正式発表されていない。

『Voyage』発売当時、メンバーたちは、

これが最後の新作になる可能性が高い

と語っていた。

ただし、

  • デラックス再発

  • ボックスセット

  • アーカイブ作品

などは、今後も十分あり得る。

アメリカの新規ファンはどこから聴き始めるべき?

多くの評論家は『ABBA Gold』を勧めている。

そこには、

  • 「恋のウォータールー」

  • 「ダンシング・クイーン」

  • 「マンマ・ミーア」

など代表曲が収録されている。

さらに、

  • 『アライヴァル』

  • 『スーパー・トゥルーパー』

  • 『ザ・ヴィジターズ』

へ進めば、より深いABBA世界を味わえる。

 

「恋のウォータールー」が世界チャートを席巻してから半世紀。

ABBAの未来はいまも進行形だ。

それは従来型ツアーではなく、

大胆なテクノロジー常設公演、色褪せないカタログ、そして祖父母世代から中学生世代まで広がるファン層

によって続いている。

『Voyage』が今後どう展開しようとも、ABBAがアメリカのロック&ポップ文化に刻んだ地位は、すでに永遠のものとなっている。

 

 

 

ブルガリアに初のユーロビジョン優勝をもたらした「バンガランガ」の美女、そのすべて!

*ウィーンのバックステージにある「ユーロビジョン・ポートレート・スタジオ」で撮影されたDARA。

 

5月16日土曜日に開催された第70回ユーロビジョン・ソング・コンテストで、ブルガリアは歴史的快挙を成し遂げた。

その栄光をもたらしたのは、DARAが歌う「バンガランガ」。しかも、その得点は驚異の516ポイントだった。

ブルガリアの「バンガランガ」は、審査員投票で204ポイントを獲得して圧勝。

さらに視聴者投票では312ポイントを獲得した。

結果として、この曲は審査員票と視聴者票の両方で1位となった。これは2017年キーウ大会以来、およそ10年ぶりに、審査員と一般視聴者が同じ優勝曲を選んだケースとなった。

さらに「バンガランガ」は、2位楽曲に173ポイント差をつけて優勝。

これは、2009年モスクワ大会でアレクサンダー・ルィバクの「フェアリーテール」が記録した169ポイント差を超え、ユーロビジョン史上最大の得点差となった。

そんな偉業を成し遂げた“DARAディーヴァ”についてもっと知りたい?
それでは続きをどうぞ!

 

ウィーンへの航海

「バンガランガ」の物語は、ブルガリアの国内選考「ナツィオナルナタ・セレクツィヤ」が始まった時からスタートした。

ブルガリア国営放送BNTは、ユーロビジョン復帰を単なる“一夜限りのイベント”にはしたくなかった。

そこで、1月と2月にわたって3夜構成で行なわれる国内選考を企画したのだ。

1回目のショーは1月24日土曜日に開催され、15組のアーティストがオリジナル曲(ウィーン2026代表曲ではない)を披露。

審査員票と一般投票の合計によって、トップ8が選ばれた。

続く1月31日土曜日の第2回ショーでも同様の形式が採用され、8組のファイナリストがパフォーマンスを披露。

しかし今回は、勝者はただ一人。

ブルガリアのユーロビジョン復帰代表に選ばれたのはDARAだった。

 

そして2月28日土曜日、ブルガリアのウィーン2026国内選考は最終章を迎えた。

国にはすでに歌手がいた。今度は“曲”を決める番だった。

DARAは3曲を披露した。

  • 「ディス・イズ・ミー」

  • 「カース」

  • 「バンガランガ」

再び審査員票と一般投票が加算され、最終的に現在あなたが知っている「バンガランガ」が勝利した。

しかも、本大会と同じく、一般投票と審査員投票の両方で最高得点を獲得したのだ。

「バンガランガ」は、DARA、アンネ・ユディット・ウィク、クリスティアン・タルチェア、ディミトリス・コントプロスによって制作された。

*上記画像をクリックすると動画に移行します。

ユーロビジョン・スターになる前

DARAは、ブルガリアで最も有名なポップアーティストの一人であり、現代バルカン音楽シーンでも大きな存在感を放っている。

独特の歌声、圧倒的なステージ存在感、そしてジャンルを自由自在に融合するスタイルによって、現代ブルガリア・ポップのイメージを築き上げてきた。

ブルガリア公式エアプレイチャートで複数の1位を獲得したほか、ヨーロッパ各地の「New Music Friday」プレイリストにも選出。

これまで彼女の楽曲や動画は、累計8000万回以上再生されている。

 

アメリカ、カナダ、韓国、ノルウェー、スウェーデン、イギリス、ルーマニアのソングライターやプロデューサーたちとのコラボレーションによって、彼女の世界的影響力は急速に拡大している。

DARAはこれまでに、

  • クリス・ヤング(ロッド・スチュワート、カイリー・ミノーグと仕事)

  • ジャングルボーイ(ゼイン、リアーナ)

  • ヨアド・ネヴォ

  • モノワール

などの著名クリエイターと共作してきた。

DARAはバルカン・ポップの限界を押し広げ続けており、

  • 「サンダー」

  • 「コール・ミー」

  • 「ミスター・ローバー」

といった大ヒット曲で特に知られている。

これらの楽曲は何週間にもわたりチャートを席巻した。

 

DARAはまた、2021年と2022年に『ザ・ヴォイス・オブ・ブルガリア』で新世代アーティストたちのメンターも務めた。

彼女にとって最もパーソナルな作品となったアルバム『ADHDARA』は2025年にリリースされた。

この作品は、国内スターから、独自の国際的アイデンティティと世界的存在感を持つアーティストへの転換点となった。

生粋のユーロビジョン・クイーン

DARAは、もともと大のユーロビジョンファンだった。

彼女は、2004年ジュニア・ユーロビジョン優勝曲、マリア・イサベルの「アンテス・ムエルタ・ケ・センシージャ」を、自分がポップスターを目指す大きなきっかけだったと語っている。

また、彼女の最初期のユーロビジョンの記憶の一つは、ブルガリアが初めて決勝進出した2007年に関係している。

「エリツァ・トドロヴァです!
彼女は2007年にストヤン・ヤンクロフと共に『ウォーター』でブルガリア代表として出場し、素晴らしい5位を獲得しました。これは当時のブルガリア最高成績の一つでした。

彼女のお母さん、パヴリンカ・トドロヴァは、その頃の私のボーカルの先生だったんです。

彼女はエリツァの音楽で私たち全員をとても刺激してくれて、私たちは合唱でその曲を歌ったり、コンサートで披露したりしていました。

だから、ユーロビジョンは小さい頃から私たちにとってとても身近でワクワクする存在だったんです」。

 

現在でもDARAは、子どもの頃と同じくらいポップミュージックを愛している。

2025年に最も聴いたアーティストはJUNGLEとピンクパンサレス。

現在のお気に入り曲はZEPの「DON’T BREAK」。

カラオケの定番曲はブラック・アイド・ピーズの「Pump It」。

そして、彼女を必ずダンスフロアへ向かわせる“バンガーランガ”な曲は、ビヨンセ feat. ジェイ・Zの「Crazy in Love」だ。

そしてダンスはDARAにとって特別な存在だ――ウィーンでの優勝パフォーマンスを見た人なら誰でも納得するだろう!

もし自分を絵文字一つで表すなら?という質問に、彼女は💃を選んだ。

「人生をダンスのステップで進みたいからです。
軽やかで前向きに動き続けていれば、すべてはもっとスムーズに流れていきます」。

 

DARAは歌やパフォーマンスだけでなく、音楽愛を別の形でも活かしている――なんとDJでもあるのだ!

彼女はこう語る。

「音楽制作のコースも受講しました。音楽以外では、絵を描いたり陶芸をしたりするのも好きです」。

なんてクリエイティブなクイーン!

そして、“バンガランガ”な一日を終えてリラックスする時、DARAには欠かせない習慣がある。

「瞑想、ヨガ、スパ、ワークアウトが私をリラックスさせてくれます。
それから寝る前には、小さな儀式があるんです。特別な紫色のライトを使った熱いシャワーと、ラベンダーのエッセンシャルオイルで眠る準備をします」。

 

そしてグランドファイナルでは、DARAを応援するために親しい友人も会場に駆けつけていた。

その人物とは、ユーロビジョン70周年記念インターバルアクト「Celebration! Eurovision at 70」に出演したクリスチャン・コストフだ。

2人は親友同士であり、DARAが彼の“ブルガリア最高順位記録”を更新した今でも、もちろんわだかまりはない

(クリスチャンは2017年キーウ大会で準優勝している)。

DARAはこう語る。

「私たちは『Xファクター』で出会い、それ以来ずっと親しい友人なんです。

いつもお互いを支え合ってきましたし、一緒にたくさんのことを経験してきました。

だから、彼のユーロビジョンでの旅は、私にとって本当に大きな刺激になったんです」。

 

 

 

ユーロビジョン・ソング・コンテスト2026で優勝を果たしたブルガリア代表DARAが帰国し、祖国で英雄として迎えられたことで、ブルガリア中が熱狂に包まれている。

 

ソフィアのアレクサンダル1世バッテンベルク広場には、数千人もの熱狂的なファンが集まり、彼女の歴史的快挙を祝福した。

会場は純粋な歓喜と国家的誇りに満ち溢れ、人々はユーロビジョン王者となったDARAを称えた。

ブルガリアにとって歴史的勝利

DARAは2026年5月16日、オーストリア・ウィーンで開催されたユーロビジョン・ソング・コンテストで、キャッチーな楽曲「バンガランガ」により、ブルガリア史上初の優勝を果たした。

この歴史的偉業は、国内全体に大きな誇りと喜びをもたらし、その頂点として首都ソフィアで盛大な凱旋イベントが開催された。

喜びに包まれたソフィア

ソフィア中心部のクニャズ・アレクサンダル1世広場(アレクサンダル1世バッテンベルク広場としても知られる)は、数千人が集まる祝賀の海へと変貌した。

ブルガリア国旗を身にまとい、横断幕を掲げたファンたちは、祖国に大きな誇りをもたらしたユーロビジョン2026優勝者の到着を心待ちにしていた。

会場は歓声、チャント、そして勝利によって一つになった国の興奮に包まれていた。

DARA、感動の帰国

到着したDARAは、圧倒的な愛情と称賛を受けた。

その熱烈な歓迎に感極まった様子のDARAは、ユーロビジョン挑戦を通して変わらぬ支援を送り続けてくれたブルガリア国民へ感謝を述べた。

彼女は観衆に向けてスピーチを行い、この勝利が国際舞台においてブルガリアにとってどれほど大きな意味を持つかを語った。

ブルガリア国営放送BNTは、このイベントを生中継し、全国の人々が祝賀に参加できるようにしている。

 

DARAは次のように語った。

「こんなことになるなんて、本当にまったく想像していませんでした。心の底から感謝しています!
これは私にとって本当に大きな意味を持つもので、一生忘れない瞬間になるでしょう」。

さらにDARAはこう続けた。

「私の夢は、いつも人々を一つにすることでした。そして、こうして皆さんが一緒に集まっている姿を見ることができて、本当に幸せです。
皆さんが“応援”という一つの目標のもとに団結している姿を見るという夢を叶えてくださり、本当にありがとうございます」。

団結と成功を祝う祭典

この凱旋イベントは、単なる祝賀会ではない。

それは国家の団結と集団的幸福を示す力強い象徴となっている。

ブルガリア国営放送BNTの関係者たちは、DARAの快挙が、ブルガリアの才能と文化をヨーロッパ、さらには世界中の何百万人もの人々へ示した重要な出来事であると強調した。

夜は祝祭ムードの中で最高潮を迎え、ブルガリアのユーロビジョン史における忘れられない瞬間となった。

ブルガリアは現在、2027年に史上初めてユーロビジョンを開催することを楽しみにしている。

 

BNTゼネラルディレクターのミレナ・ミロティノヴァは次のように語った。

「開催都市をめぐる競争は、まさにこれから始まります。すでに4つの都市が開催への関心を表明しています。
ルールを定めるのはEBUです。BNTだけで何かを決定することはできません。私たちはEBU、そしてESC(ユーロビジョン)と密接に連携しているからです。
ですので、これから各都市による招致競争が始まることになります。
最もふさわしい都市が選ばれることを願っています」。