【統合失調症】ケンカが出来る喜び | ハナの着の身着のまま木の実ナナ!

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発達障がいっぽい夫と、色々あって別居してます。脚手術&特支学級通っている小学生娘と暮らす、たまにカサンドラ&統失既往歴、フルタイム勤務2年目の私です。

統合失調症になり退院してから、三人の彼氏(今となってはもう彼氏、と素直に認めます 笑)が出来ました。




一人目は1カ月で別れ、





二人目は約三年、





三人目は今の旦那さんです。





二人目の彼はものすごく喋る人でした。





価値観や考え方が合いました。
居心地も良かった。





次郎くん、と彼のことを仮名で呼ぶとしましょう。





次郎くんとは、25くらいから28くらいまで一緒に居たと思います。





この頃の私、三年間は。





市営のジムのバイト一本から、
旅行会社のバイトと掛け持ちをしてみたり、
ハローワークの職業訓練に行ったり、
フルタイムのお役所バイトに転職したりの。





変化の三年間も迎えていました。





大事な若かりし頃を、
彼と三年間一緒に居て何が残ったかなぁ?
と今振り返ってみると、、、





あんま思い浮かびませんが 笑





さっきふと思い出したのは、
あのタイミングで、身元の変化を促せてくれたこと。





それから、
ケンカが出来るようにならせてくれたことでしょうか。





次郎くんは当時の私のことを認めてくれていました。
その安心感がケンカに繋がったと思うし。





なんのこっちゃい!って話に聞こえるかもしれませんが、コレ分かる人には分かる話だと思う。





統合失調症、って。





まさに頭の中で考えを統合させることが失調していて。





当時の私は今よりもさらにゆっくりと喋っていたし、自分の考えや思ったことが頭でまとまらなかったり浮かべれ無かったりで。





ペラペラ喋れなくなったもどかしさ、ジレンマ、出来なくなったことへの悔しさ、悲しみに目が向いていたことを今も覚えています。





次郎くんの存在がそれを変えてくれたなって思います。





私が主導で動いた環境の変化で、
頭や心を強制的に動かさざるを得なくなったから、頭の回転が退院直後よりも良くなったのであって。





別に、彼が直接の原因ではないけれどさ 笑





一人目の彼氏とは出来なかったケンカが次郎くんと出来た時は、怒りよりも何よりも。






嬉しかった。





私はあなたの意見に違和感を覚え、
それが何かを頭で考え、
言葉にする。





そして、
私の考えとは何かをまた頭で考え、
それを頭でまたまとめて、
言葉にする。





みんなが当たり前だと思っているこの作業を私も出来るようになった、戻れた、前よりも変わった?




とってもとっても嬉しくて。





ケンカしてるのを忘れて、嬉しいことを話したら。
かなり次郎くんに呆れられたことも覚えています。




思い出は美化しますねー( ´ ▽ ` )





以前の私がよく書いていた言葉は、





みんなにとっての当たり前や普通は、
私にとって当たり前や普通のことなんかじゃない、です。





この言葉をみるとまるで、常に世間より自分は劣っているって言いかたに見えるけどそういうことじゃなくって。





でも上手く表現も出来ないんだけど。





統合失調症になった当人や、ご家族や周囲の人がこのブログをもし読んでくださったならば。





こういう苦しみや悲しみとか喜びがある事を知ってもらえたら、いいなと思うんです。





すると、お互いの関係性が今よりももっとまろやかにならんかなぁと私は思うのです。





携帯から投稿、打ちにくい!





今日は真面目に本読みしてる傍ら、結局ブログ投稿にせいを出すハナでしたー





では、ではではでは!!