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コロナワクチン1回目を接種して13分後の事。

呼吸困難に。

過呼吸や喘息かもと言われ、2回目接種。

そのまま倒れ込みました。

いろんな病院で診てもらったけと、身体表現性

障害だとか、どこも異常無いからと、門前払い

でした。

大学病院で診てもらった先生が、やっと診断し

てくれたのが、発作性横隔膜ジストニア。

コロナワクチン後遺症疑いで報告しています。

症状は時々横隔膜が収縮して一時的に呼吸が止

まり、酸素飽和度が70〜80台になる事も。

他に、四肢の脱力があり、湯船に浸かると溺れ

死ぬ可能性があります。

筋弛緩薬が効いていて、回数は減りましたが、

毎日苦しい思いをしています。

こんな私ですが、ゲーマーが幸いしてか、家で

毎日楽しくゲーム。ドラマや映画も家で見放

題。

楽観的な性格と、看護師免許があるおかげで、

今を生きています。

何より、診断して下さった先生に感謝♪
スクールカウンセリングに通うのは初めてで、とても緊張しました。でもカウンセラーさんが私の悩みを細かく聞いてくれて、親である私の心情と長男の本心を代弁してくれて、すっきりした感じでした。

本当は長男は中学校に通いたい事、でも人の目が気になり通えない事を上手く見抜いてくれました。担任の先生が連携を取ってくれて、生徒が帰宅後に夜の中学校に長男が週1通う事になったのです。夜遅くでも、残っている先生方がいらっしゃいました。先生方とスポーツをしたり、勉強したり、楽しい時間を過ごせたようです。

先生方と良い関係を築いた長男は、義務教育を終了しました。その後、通信制の高校を受験し、と言っても面接だけですが、無事合格しました。通信制ですが週5で通学して単位を取る必要があります。朝が弱い長男はなかなか起きれませんでしたか、通信制高校は朝ゆっくり登校出来るので、長男には合っていたようです。時々休みながらも、何とか3年間で高校を卒業ました。 

途中で朝起きれなくて、学校を3週間休んだ事もありました。父親は、長男に強い口調で学校に行くように言います。長男はイライラする事なく、父親の話を黙って聞いていました。後から長男に話を聞いた所、イライラしないで話を聞く事が出来るようになったそうです。お父さんの言う事も分かる、と。でも自分には自分の体調とかもあって、お父さんの言う通り出来るか分からない、と。お父さんには言わないでね、お母さんには言うけど、とも。

高校卒業は3年で終わらなかったら仕方ないね、と私はのんびり構えてました。まあ、無事に高校も3年で卒業出来ましたが。出席日数は関係なく、単位を取れば良いそうで、長男はちゃんと計算して卒業出来たようです。

その後1年間は自宅で過ごしました。その間、昼夜逆転になったりしましたが、ある日東京に行きたいと言い出し、某ゲームの大会に出場したい、そのためにはお金が必要だからバイトをするとバイトを探し始めました。バイトはすぐ近くのお店で、夜間のバイトのため長男も続けやすいようでした。

父親がある日こういう大学があるんだけど、と長男に伝えました。福祉関係の大学で、長男はあまり興味がなさそうでしたが、とりあえす通ってみたら、という感じで、最終募集に引っ掛かり、大学生活を始めました。

おしゃへり好きな長男はすぐに大学で友達を沢山作り、大学生活を満喫していました。コロナの影響で今現在は自宅で外出自粛をしてますが、早く学校が始まらないかな~と話しています。

現在21歳になった長男ですが、小6の時に東日本大震災に見舞われ、精神的にショックを受けて不登校になりました。
小6の担任の先生の対応が不適切だったので、ますます不登校は悪化しました。小6のメイン行事である修学旅行の説明会に、嫌がる長男の腕を、先生が引っ張って連れて行こうとしました。長男はイヤだと言ってたのに…。

中学校に上がり、最初の3ヶ月は登校していましたが、体力がついていかず再び不登校になりました。この頃、私もずっと家にいるのも辛くなったので、パートに出ました。長男と程よい距離を保てました。
ある日、長男がイライラして窓から飛び降りようとしたり、私の首を絞めようとしたりと、異常行動が見られたので、精神科に通院し、入院となりました。イライラは治まり、これ以上治療は不要と言われ、3ヶ月程で退院しました。

でもずっと家にいて寝てばかりいる長男を何とかしなければと思い、私は中学で週1回行っているスクールカウンセリングに、月1回通いました。

この後の事はまた次回書きます。