一昨日、日曜日の昼下がりのこと
窓から時おり舞い込んでくる涼風にいざなわれ、お昼ご飯後ということもあり、ソファでそのままウトウトしていたワレ![]()
とはいえ、やっぱ暑い・・・
でも、3分に1回くらいの涼風が心地よい
いや、でも暑い
しかし、心地よい風は尊い・・・
などと
猛暑と涼風と睡魔の三つ巴に翻弄されつつ、そのまま居眠りを続けていたのだが
あかん
あかん
やっぱ暑い
エアコン
エアコン
とにかく起き上がらねば!
と、ソファに坐したのだが、そのまま前のめりにテーブルに突っ伏し、また眠りに落ちてしまった。
だめだ、起き上がることができない・・・無念。
それでも腕はまだ動かせていたので、テーブルの上で手を広げてみた。
あれ?
テーブルにのっかってた本とかチラシに手がぶつからないぞ??
どういうこと?
ま、いっか・・・
とにかく体が重い
起きられない
これ以上ムリ
と、そのとき
(暑すぎてこのまま死ぬかもしれないけど)
ああ、この時代を生きたんだなぁ
いや、でも結局、死んでも死なないんだよなぁ・・・
と、死ぬことに対する悲壮感はそっちのけで、永遠の命がちょっと憂うつに思えてしまうという境地に至る。
じつはこの特殊な境地は、遠い遠い昔、幼少時代、たしか5歳前後にも至ったことがある。
あのときは、「死なない」ことがとてつもなく恐怖に感じたのだが、今回はそれとちょっと違い、憂うつというソフトなレベルだった。
ただ、どちらにも共通していたのは
「あ!そっか、人はいつか死ぬんだ!」ってことに気づいてホッとした。ということだ。
ある意味
人間としてこの世に生まれてきたのは、死なないでずっと永遠に生き続けるという恐怖や憂うつを回避するために、「人生には限りがある」という設定で、それを徹底的に確信したかったからなのかもしれない。
言い換えると
(永遠の存在である自分としては)期限付きの人生を手に入れることが第一の望み、いや、悲願ともいえ、それを手に入れられただけで大きな喜びなわけで、人生における様々な出来事は、もはやグリコのオマケ的
至宝体験
だとしたら
なんやかんや人生いろいろあるけど、別に夢が叶わなくても、使命がみつからなくても、成功者にならなくても、金持ちじゃなくても、偉くなくても、人格者じゃなくても、何はなくても、この限りある人生を生きているだけでオールオッケーじゃね?
幸せな人生を送ることができればそれはそれで生身の人間である方のオラはめちゃ嬉しいだろうけど、「永遠の自分」の方はどっちでもオッケー!生きてるだけで丸儲け!な境地じゃね?
みたいなことを考えながら、テーブルの上につっぷしていたわけなのだが
ここでふと
いや待てよ、この状態でいたら、オラ、あきらかに猛暑により室内で倒れている人。ではないか![]()
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という客観的事実に気づいたのだ。
そして
今ここで夫が帰ってきたら大変なことになってしまう![]()
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「うあっ、コイツ倒れてるよ!!!!」って、救急車とか呼ばれるかも![]()
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ヤバイ
やばい
こんなところで倒れている場合ではない!
立て!
立つんだワレ!!
白い灰になっている場合ではないど!!
と、自分を叱咤激励し、やっとのことで起き上がったのだった。
の
だが
うおっしゃーーーーー!!
立ったったーーーー!!!
と、思った瞬間
自分はなに一つ動いてはいなかったことを知る。
つまり、ソファでごろ寝したまんまだったんである![]()
ガチでリアルすぎる夢だったぜ、というわけだ![]()
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とにかくまずはエアコンだ!
というわけで、エアコンをオンにしてちょっとしたら夫が帰ってきた。
暑くて臨死体験した。
と、言ったら
夫は
あ、そ。
と、フツー対応だった。
人は死んでも死なないんだど!
と、言ったら
あ、そ。
と、またしてもフツーの対応だった。
ったく!
こちとら
瀕死じゃないんよ!
臨死だったんよ!
と、心の中で叫びまくっていたオラであった![]()
