一所懸命努力しているのに
え?ちょっとそれズレてない?
みたいな
あきらかに、ものすごーーく残念な努力をしている人をたまにみかけることがある
(って、自分自身にもそんなときがあるかもしれない)
が、当人にはそれは正しい努力であり、きっとうまくいくはずだ!と、信じて疑わず、歯を食いしばって「がんばって」いたりする。
その当人が、さほど親しくない人であれば、「がんばってますね!」と、社交辞令的に返したりすることもあるが
親しい人であれば、「もうちょっとこっちの方にもチカラを入れてもいいかも」みたいな見解を示したりすることもあったり
ものすごい近しい人であれば、「それって無駄じゃね?」みたいなことをやんわり言ってしまうワレ。
当然、これが正しい努力方法であり、打開策だ!という人に、「それ無駄じゃね?」などと言った日には、チョーひんしゅくをかい、険悪状態に陥る。
ということをこれまで凝りもせず幾度となく繰り返してきたワレ。
そんなワレに、つい先日、唐突に あ!そうっか!
という過去の記憶が舞い降りてきたんである![]()
とある水産会社の社長さんの話。
その方は、斜陽産業になりつつあった水産業界にあり、先代からひきついだ会社を立て直そうと、数十年にわたり、あちこち奔走し知恵を絞り、時に大失敗をしたりして、めちゃくちゃがんばっていたそうだ。
その甲斐あり、やがて会社は軌道にのり、不動の地位を確立するまでになったそうだ。
めでたしめでたし、の はずだったが
徐々に、やりがいを失った感覚が大きくなってきたという。
「また、あんなふうにギラギラした情熱をもって生きていきたい」
そう、オラに語ってくれたのだった。
第三者的には、安泰な今は幸せこのうえないだろうに。
と、思えるわけだが、どうやら当人にはそうではないらしいのだ。
つまり、当人にとっては
あの苦労して奔走していた当時のことが、かけがえのない大切な思い出
になっているわけである。
てことは
間違った努力かもしれない無駄な努力を必死こいてやっている人ってのは
じつは、ある意味
「人生を生きていくうえでかけがえのない大切な思い出づくりをしている」のかも![]()
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と、気付いたんである。
本人にはそのつもりはないかもしれないし、マヂ辛いかもしれないけど
オラ的には、そう考えることで、なんだか腑に落ちるものがあり、今後はけしてその大切な思い出づくりの邪魔をしてはならぬ!と思ったわけである。
もっとも、「それ無駄な努力じゃね?」とは、単にオラの個人的意見にすぎないことである。
だから、自分の思ったやり方で
めいっぱい
精一杯
がんばれ!
がんばれ!
でいいのだ。
きっとその思い出は今生の良いお土産としてあの世にもっていけるはずだ!!
いまは、心からそう思う![]()
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