甘やかしてくれる神様より
転ばせてくれる神様のほうがレベルが高い。
って話を会社で聞いて感動した。
神様にレベルとかいうのもどうかとは思うが、ま、理屈はこうだ。
人間、いつも都合のいいことばっかを与えられているとそれでいいものだと思って成長も学びもなくなってしまうけど
転ばされて這い上がるにはそこに多くの学びが必要になり、結果、成長にもつながるってわけで、あえて辛い思いをしながらも転ばせてくれる神様のほうが素晴らしいってことだ。
お正月に見て号泣した「はじめてのおつかい!」(日テレ)のことを思い出した。
我が家を目前に、レジ袋がやぶれて買った商品がボロボロとこぼれ落ち、拾って入れてもまたこぼれ、ってやつ。
大人だったらレジ袋が破れていることに素早く気付いて、両手で抱えて帰ってくることもできるけど、小さな子供にはなんでボロボロ袋からものがこぼれ落ちるのかがまるでわからずただただ号泣するしかなかったのだ。
それを家の中から、これまた涙を流しながら見守り続ける両親。
ここで、走ってかけよっていってヨシヨシって言ってあげたらそれはそれで済む話なのだが、それでは子供の「はじめてのおつかい」が達成しない。
最後まで自分の力でやり遂げるという達成感も忍耐力も、ピンチのときに考える力も、いろいろな大切なものを摘み取ってしまうことになる。
この子は、破れた袋と商品をそのままそこに残し、いったん家へ帰って惨事を両親につげた。
するとここで両親は、新しい袋を持たせて、それを最後まで自分で持って帰るようにと言ってまた行かせた。
本当はそんなことしなくてもいいのに。もうそれで十分なのに。
でも、心を鬼にしてそれをさせたのだと思う。
「はじめてのおつかい」を完遂したときの子供の笑顔も、家族の笑顔もとても素晴らしかった。
「よがったな、よがったな」と、テレビごしにオラ(と、母)。
誰彼が不幸で苦しんでいる時、どこかで神様も、この家族のように、涙で眼を真っ赤にしながら「がんばれよ!こらえてくれよ!」ってエールを送っているのかもしれない。
ところで、そもそもなんで神様のレベルの話を会社でしていたかというと、絵に描いたような不幸な人生を送ってきた著者について、なぜだ?って話になったからだ。
よく、行いを良くするといいことがあるとか、逆に、行いが悪いと悪いことが引き寄せられるって話があるが、その法則でいくと、表面的には精神性の高い人のように見えて、この著者はそうとうワルな人間でなければならない。
だが、本当にそんな程度の低い人間なのか???
(私はそう思っていました。あぁ見えてじつは・・・・って)
だが、万民の心情を察する役割を与えられていることで、この方にはあえて多くの試練(と思われる課題)が徳の高い神様直々に与えられていたのだ。
って意見に、「なるほど!」と納得させられたのである。
そういえば、「天使の逆説」って話もあったな。
http://www.voice-inc.co.jp/content/company/175
仕事が忙しいとかわからないとか、そんなことでブーブー言っとっちゃいかんな。
きっと徳の高い仕事の神様がエールを送ってくださってる証拠だから……。とか、本気で思った。