仙台の母 | 負けるが勝ち犬

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40歳を前に突然会社を辞めてしまった女、独身。しかし、ここからが真骨頂の「リアルタイムサクセスストーリー!」…勤労意欲をなくすこと1年10カ月。のち、不惑にして東京デビューの荒技に出るも、2年後の春にリストラに!またまた崖っぷち~!

今朝、会社で仕事中

ケータイがなった携帯

のぞいてみると

ものっすごい懐かしいシトの名前が表示されていたビックリマーク


仙台の母(つっても占い師ではない)的 存在のゴンちゃんだった。

ゴンちゃんは、オラが10年前に仙台へ移り住んで間もないころに知り合ったバイト仲間である。

そのころオラは、日中は派遣の仕事をして、週二日だけ夜はとある結婚紹介所でテレアポのバイトをしていた。

50代後半だったと思われるゴンちゃんは、そこで社長の右腕として営業担当をしていた。


当時のオラは、会社でものすごいいじめにあっていたのだが

夜のバイト先の会社は、ゴンちゃんはじめ、社長も、バイト仲間もいい人ばかりで楽しかった。

だから、ずいぶんとストレス解消になってもいた。

社長の奥さんがいつも手作りケーキやクッキーを小休止の時間にふるまってくれていたカフェる。

二時間だけのバイトなのに、その間にこんな素敵なコーヒータイムをもうけてくれていたのだ(バイト代はちゃんと二時間分出ていた)。

日中の派遣先は地獄のような場所だったが、ここは束の間の天国だった。

どれだけ癒されたことだろう・・・。


ゴンちゃんの紹介で、ジムにも通い始めた。

だから、バイト先が移転してしまって、バイトを辞めることになってから後も、ゴンちゃんとはたまーにそのジムで顔を合わせていた。

そこでバッタリ会うと

仙台朝市で買ってきた果物や野菜をおすそ分けしてもらったり、いつだったかはフランスパンを半分いただいたこともあった。

ゴンちゃんもオラも一人暮らしの身の上だった。

ゴンちゃんはもともと、杉並区出身ってことを聞いたことがあった。


バタバタしていて、おまけにインフルエンザにもなって、東京にくることを何も知らせずにいたオラは

まずはそのことをお詫びした土下座

で、今は自分も杉並区に住んでいるってことを言ったら

ゴンちゃんは、高円寺に住んでいたというではないか!

チーム中央線だったのであるJR201系(中央線)

なんだか嬉しいにこ


今度東京に来たら、一緒にご飯食べる約束をしたナイフとフォーク