いくつかの
人生の選択を通り過ぎると

あの時は、ああだった、とか
こうすれば良かった、とか

せっかくの若い時間を
無駄にしてしまった、とか
今更もう取り返しがつかない、とか

誰だって
少し投げやりになったりする

でもあなた
本当にそれでイイの?


大層なコートを羽織って
下を向いて
ただ黙々と足を動かしてるだけで

本当に生きてる?

あなたは決して
もうオシマイなんかじゃない
ダメなんかじゃない

思い出してみてよ
あなたに宿る
温かいエネルギーを

その手を胸にあててみてよ

感じるでしょ?
静かにビートを刻んでる
あなたの生命


人はいつでも
どこからでも
やり直せる

枯れ果てたかに見えていた老木の
ささくれだった幹の真ん中から
瑞々しい新芽が、吹き出す事もあるよね

どんな場所でだって
花は開く

今はまだ冬将軍に
震えてるかもしれないけど
次のジャンプを信じてみようよ

あなた自身の

春にそなえて











誰だって、いつかは必ず死ぬ。
この運命から逃れられる人は居ない。
全ての人に共通な命題。

だからってわけじゃないだろうが
終活なるものが流行してる。

身の回りの物や財産を整理し、
遺言者を書き、葬儀や墓の手配をし、
周囲に迷惑を残さないように準備する手助けが
ビジネスとして急成長してるらしい。

パソコンに保存した膨大なアダルト動画や
浮気相手とのメール履歴など
他人に見られたくないプライベートなデータを
消去するサービスまであるんだとか。

身の回りを整理することによって
いかに生きるかを見直すきっかけにもなるんだそうだ。

でも私はちょっと苦手だな。

たしかに、いつ死んでもいいように
準備しておきたい気持ちは分からなくはないけど
死んだあとのことまで心配したって
そこに自分は居ないんだけどね、と思う。

そう言えば誰だったか
突然死んだ時にヨレヨレのパンツだったら恥ずかしい
と言ってた人がいたけど

そんな、死んだ人のパンツまで、
いったい誰が気にするだろう?

それより私なら
残った時間に
やり残したことをやりたいな
今しか出来ないようなこと

また唄いたい!とかね。







入院前に書くはずだった記事です。
前後してしまいました。



●10月7日

昨日は、オッサンとのリハビリでした。
オッサンというのは訪問マッサージさんのことです。

先月からトイレ前の縦手すりで重心移動の練習を始めたんですが、
まだあまり上手く出来ません。
いや、上手く出来ないから練習してるんです。

なのにオッサンはつい、後ろから横から、手伝ってしまいます。
手伝われすぎると、重心移動の感覚が分かり難くなります。

歩行器の介助も同じで、オッサンは、
つい身体を支えてしまいます。
そのせいで、支えられてる側に重心が乗せ難くなっていました。

でもそれを、何と言ってオッサンに説明すれば良いかと
ずっと迷っていて、それとなく遠回しに言ってたんですが

ついにオッサン自らが
「私が支えてたからクセがついてしまったね」と言い、
しばらく歩行器は外歩きだけにして家の中ではバランス訓練を中心に、
ということになりました。

壁の手すりを使って立上がり、
横歩きでトイレ前まで行き重心移動(片足上げ)
そしてオッサンの肩を借りて歩行器無しで5メートル歩き
ユニオンジャックの前で前傾の訓練、という新メニューです。

言い難いことでも、言うべきことは言った方が
結果的にはプラスに向かうと思いました。
もちろん信頼関係があってこそ、の話ですけどね。
















●10月18日

今日は、訪問マッサージさんとのリハビリでした。
このところずっと、
バランス訓練の方法を模索しています。

トイレ前の縦手すりも悪くは無かったんですが、
どうしても重心が後ろに行ってしまうので、
壁際の横手すりを使って「平行棒もどき」にしてみました。

しばらくはこの場所で真っすぐ立つ練習をして、
安定して来たら、左右に重心を移動する練習を加えようと思ってます。
もしろん介助無しで、です。

それまでは別の場所で、

介助付きで片足あげの練習をして筋力をつけてもらう予定です。

ま、その前に入院・手術があるので、
退院したら、ぼちぼち始める感じですね。