介護って何だろう?って、
ちょっと考えてみた。




一般的には、
シモの世話とか食事の手助けとか、
身体を拭いたり、とか、
なのかな?

ネット辞書などで調べたら、
もともとは「傷痍軍人の恩給」の為の言葉だったらしいけど、
今では「介助」+「看護」=「介護」らしい。

なるほどね。


「介護」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8B%E8%AD%B7






でも、こんな風に、
語るだけの人は簡単でイイなあって思ってしまうよ。


家族に介護が必要になる状況って、
それが、どれほど精神的に辛い事か、って、


まずはソコから理解して欲しいって思う。




事実、私のトコロには、
色んな方からの切羽詰まったメールが届く。


デイやショートの預け先が無いに等しくて介護の休息がとれない。

大事に思っているはずの相手なのに、

虐待をしている自分がいてとても落ち込む。

助けて!このままじゃ殺しちゃう!!


虐待!!?と、驚かれる方もいらっしゃるかもしれないけれど、
在宅介護の経験者なら、少なからず誰でも、ある感情なんじゃないかと思う。
私にしたって、イライラしてカツをぶん殴った事がある。
ふざけて冗談で、じゃない。グーで本気で殴ったよ。
もちろんカツも大暴れしたんだけどね。


介護する方も、される方も、
あまりにストレスが溜まると爆発してしまう。


殴り合いにならない場合でも、
例えば、精神的に追いつめられて、
将来をはかなんで、介護苦の果ての無理心中なんて、
時々、ニュースにもなっている。


キャスターはいつも、したり顔で、
「相談相手が居なかったのか?」って言うけれど、

私達が欲しいのは「相談相手」ではなく、
「具体的な解決策」なんだ。


ショートステイやデイケアで、
介護者も自分の時間を作って下さいって?


「どうやって?」

キャスターには申し訳ないけれど、
ハナで笑ってしまう時もあるよ。







だいたい、おかしな話だと思う。
今現在、社会全体の空気としても仕組み(環境?)としても、
やっぱり「同居介護が一番」みたいなムードがあるけど、
(イヤ、もちろん一番なんだろうけど。)

24時間365日、
自分以外の一個の人間を、
フルにカバーしなければいけない物理的作業量の多さ、
それを常に背負っている責任、精神的な重圧、


それに苦しめられてる(縛られてる)者には、
何の救いもない。


ならば!!!

虐待や無理心中するくらいなら、
介護者の精神を蝕む様なら、
離れて暮らした方が良い時だってあるんじゃない?










では何故、他所に預けるという選択肢はとられにくいのか?

それは「信頼できない」からだ。
大切な家族を預けるに値する場所が、ほとんど無いからだ。
(それに莫大な費用がかかったりもする。)

療養病院に入院中の家族を、
毎日クタクタになりながら世話をしに行かなければ、
全く安心出来ないなんて状況を、
いったい何人のお役人が、政治家が知っているのだろうか?


誰かの助けを借りないと生きていられない様な存在は、
ただの「やっかいモノ」で、
生かしてもらってるだけ有難いと思え、とでも言いたいのか。
それとも、そもそも、
そんな状態で生きていてはいけなかったのか。


では一体、何の為の医学?
何の為に医者は命を救うんだろう?









介護の相手が親であれパートナーであれ兄弟姉妹であれ、
結局は100%完璧な「理想の介護」なんてモノは無いと私は思う。

だから、そんな幻の介護を追いかけて、
もしくは、幻に追いつめられては続かない、と思うし、
在宅介護だけが「最高の」「上等の」モノみたいな考えは、
ちょっと違うとも思う。


介護の形なんて、
家族の数だけ種類があってイイと思う。


理想とは違うかもしれないけれど、
今ある「手だて」の中で、
「最善の策」であればイイと思う。

そして最も重要な事は、


手を貸すつもりもない者の言葉に、
惑わされてはいけない、って事だと思う。

















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