お年寄りや身体の不自由な方に、
親切にしましょう。
どうも最近、このスローガンに違和感を感じる。
なぜならソコには
「お年寄りや身体の不自由な方」の気持ちが、
存在していないからだ。
もっと言えば「親切にする側の自己満足な」スローガンで、
親切に「される側」の気持ちのコトまでは考えられていない。
例えば、混み合った電車の中で、
目の前にヨロヨロと老人が現れたらドウゾ!と席をゆずると思うんだけど、
もしもその、譲られた老人に「年寄り扱いするなっ!」と怒られたら、
いったい、どうする?って話。
きっと「まったく気難しい年寄りだ!」とイヤな気持ちになると思う。
「せっかく親切にしてやってるのに!」と思うと思う。
ソレだよ、ソレ!
お年寄りや身体の不自由な方に、
親切にしましょう。
「誰も、親切にして欲しいなんて、頼んだ覚えはないよ!」
そんな風に思うへそ曲がりだって居るんだから、
十把一絡げに「親切にしてあげる」のが正しいなんて、オカシナ話だと思う。
考えてもみて欲しい。
「お年寄りや身体の不自由な方」だって、
時と場合を選ぶ権利くらい、ない?
相手を選ぶ権利は、ない?
親切にしてもらってるんだから、
えり好みするな贅沢を言うな、って事?
親切にしてもらったら、
例え迷惑でも有難うって言わなきゃいけないの?
そんなのはもう親切でも何でもない。
迷惑なモノは迷惑だし、
有難くもないのに「有難う」を強要されるのは、苦痛だ。
例えばストーカーやセクハラは、
されてる側が「ストーカーだ」「セクハラだ」と感じたら、
ストーカーやセクハラにあたるらしいけど、
(イジメだって、そう。)
親切だって同じコトで、
受け取る側が「親切だ」「有難い」って感じて初めて、
親切が成立するんだと思う。
お年寄りや身体の不自由な方に、
親切にしましょう。
それって何だか、
親切にしてる自分に酔える、
自分はなんてイイ人なんだろうって悦に入れる、
エゴイスティックな自己欺瞞じゃない?
口先だけの親切は、言葉だけの同情は、
社交辞令でも腹立たしい。
「お気の毒に」
「可哀想に」
「大変ですね」
本気でそう思うなら本腰を入れて相対するべきだし、
それが出来ないなら黙ってて欲しいと思う。
お年寄りや身体の不自由な方に、
親切にしましょう。
ついでに言わせてもらえば、
「お年寄り」と「身体の不自由な方」を並列にしてる所、
そこが、そもそも変だよね?
やっぱりオカシイって思う。
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