食事介助というのは、読んで字のごとく、食事動作の手助けをする事だ。
カツの場合、スプーンやフォークにも挑戦したが、どうしても失調による手の震えが大きく、食べ物が口に入る前に落ちてしまう事が多かった。
それでも人が1人、生きて行くためには、誰かが食事の介助をしなければならない。毎食毎食、一口の量は多すぎはしないか、温度は熱くはないか、口に運ぶ順番はこれで良いのか、カレーのルーとご飯の割合は本人の好みか、と、かなりの労力と気遣いが必要だった。
手の失調だけのせいではない。カツには嚥下障害もあった。せっかく口に入れた食べ物も、飲み込み方が悪いとムセてしまって、辺りは悲惨な状態になる。
もちろん私は、たとえムセても、どんなにテーブルを汚しても、口から食べられる事は素晴らしい事なんだと、カツに言い続けては来たのだけれど、やはり本人にとっては辛い時期が長かったと思う。
せっかく美味そうな食べ物が目の前にあるのに、俺が食べようとすると、無茶苦茶になってしまう。それはとても堪え難い苦痛なんだ。とよく言っていた。
おまけに、ムセる事にばかり気を取られていると、今度は舌を噛む。頬の内側を噛む。唇も噛む。ちょっと気を許すと口の中が血まみれになるのだ。だから食事の時間は「恐怖の時間」とも呼ばれていた。
そんな生活が7年続いたのだ。
けれどこの所、カツの箸さばきには、ますます磨きがかかり、
ようやく何とか、食事の自立の入り口にまでたどり着いた感がある。
ちなみにこれが、昨夜の夕食。

これを2時間以上かけて食べる。落としたり汚したりして。時に怒って、時に満足して。
それでも日々、箸使いは上達している。

私はなるべく、その格闘を見ない様に(見るとつい手伝いたくなるから。)背中をむけて、気配を感じながら「はい、おしまい。」の声を待つ。
「おしまい、じゃなくて、ごちそうさまでした、でしょうがっ!全く!!」とボヤきながら、けれど少しほくそ笑みながら、長かった食事介助の、最後の時間を過ごしている。
こちらも宜しくお願い致します。
◯闘病ブログ「苺畑でつかまえて/カツ&サリー闘いの記録」
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◯つぶやき風ひと言ブログ「苺畑の雑記帳」
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それでも人が1人、生きて行くためには、誰かが食事の介助をしなければならない。毎食毎食、一口の量は多すぎはしないか、温度は熱くはないか、口に運ぶ順番はこれで良いのか、カレーのルーとご飯の割合は本人の好みか、と、かなりの労力と気遣いが必要だった。
手の失調だけのせいではない。カツには嚥下障害もあった。せっかく口に入れた食べ物も、飲み込み方が悪いとムセてしまって、辺りは悲惨な状態になる。
もちろん私は、たとえムセても、どんなにテーブルを汚しても、口から食べられる事は素晴らしい事なんだと、カツに言い続けては来たのだけれど、やはり本人にとっては辛い時期が長かったと思う。
せっかく美味そうな食べ物が目の前にあるのに、俺が食べようとすると、無茶苦茶になってしまう。それはとても堪え難い苦痛なんだ。とよく言っていた。
おまけに、ムセる事にばかり気を取られていると、今度は舌を噛む。頬の内側を噛む。唇も噛む。ちょっと気を許すと口の中が血まみれになるのだ。だから食事の時間は「恐怖の時間」とも呼ばれていた。
そんな生活が7年続いたのだ。
けれどこの所、カツの箸さばきには、ますます磨きがかかり、
ようやく何とか、食事の自立の入り口にまでたどり着いた感がある。
ちなみにこれが、昨夜の夕食。

これを2時間以上かけて食べる。落としたり汚したりして。時に怒って、時に満足して。
それでも日々、箸使いは上達している。

私はなるべく、その格闘を見ない様に(見るとつい手伝いたくなるから。)背中をむけて、気配を感じながら「はい、おしまい。」の声を待つ。
「おしまい、じゃなくて、ごちそうさまでした、でしょうがっ!全く!!」とボヤきながら、けれど少しほくそ笑みながら、長かった食事介助の、最後の時間を過ごしている。
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