人は誰もが老いる。
身体の自由がきかなくなり、生活が大きく制限される。
一人で生きることが難しくなり、病気、障害、生活、そして死と真正面から向き合わされる。
7年ほど前に団地の一部屋で50年そろばん教室を続けていた母が難しい病気にかかった。
自分自身も算数教室を立ち上げて3年ほどだった。
身体ひとつで身を立てようとしていた。事業として正念場だった。
葛藤はあったが、家業を守りに団地の教室を自分は手伝うことにした。
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片手間に取り組んだとしても、自分の経験・技能は50人程度であれば、全員プラスに変えられると不遜な思いで取り組んだ。
ところが、2つの場所で教えるのは思いのほか難しい。
予期せぬイレギュラーが度々起こる。
スタッフの厚意はあるもののこれ以上は持ちこたえられない。
当時、教室運営としては決して許されないような管理者不在、指導者不在の事態を
度々招くことになった。
それでもその結果、
クレームひとつ出ることはなかった。
西小中台に来ていた子達はまだ小さな子も含めて、全員必死に取り組んでくれる。
誰もいなくても、私語ひとつせずに懸命に取り組んでくれる。
講師の仕事は長いことしている。
それでもこんな真面目に取り組む連中は見たことがない。
強い言動でおかしな自信と不遜な思いを持つ俺を
「助けてやろう」という意思が伝わってくる。
たすけてくれてありがとう。
おかげでそろばんが好きになれました。
(半年くらい前の記事です。upが遅くなりました)
宮本健太郎