「個人としての人間は天才である。しかし、集団としての人間は野蛮な首のない怪物となる(チャップリン)」
アメリカの西部劇で、白人の乗った馬車を野蛮で粗暴なインディアンが襲いかかるといったシーンを目にすることがあると思う。
馬車が追いつかれた時に、その白人は財産も生命も奪われることになる。
絶体絶命というところで、「正義の味方」の騎兵隊が颯爽と登場し、
その勇敢さと正義の心でインディアンを圧倒する。
インディアンの側に仮に同じ出来事を聞いたとする。
白人に家族や仲間を虐殺され、娘を拉致されて、それを奪い返そうと馬車を追いかけていたとすれば、道徳的な事実はひっくり返る。
我々がもっているイメージとしては、インディアンといえば人食い人種であったり、頭の皮を剥いだりと文化の水準が著しく低いものだ。
ただ、現実の歴史は、新大陸に入植してきて飢えや死の恐怖に苦しむヨーロッパ人たちにトウモロコシの栽培や越冬方法をインディアンたちは教えた。
ところが、白人たちは生活が安定してきた所で、インディアンから富と財産を奪い、貧困と病を与えた。http://www.indeanakama.com/history/senso.html
立場が変われば、事実は変わる。ウルトラマンのような「正義の味方」はおらず、正義には視方がある。
戦争は、お互いが集団で正義を振りかざそうとしている。
兵士が敵を殺す理由で一番多いのは、殺さなければ殺されるではなく
「命令されたから」
そして、将校は
「自分は指揮をとっていただけで、殺りくは行っていない」
ということを口にする。
どちらの立場であっても自分の頭でものを考えていない。
良心、考える力、想像力は集団になると欠落するのではないかと感じる。
ある出来事に対して、正しい判断をするのは難しい。そして、正解がない。
その正解がない所に自分なりの応えを持っていることが学ぶということの到達地点だと思う。
https://www.youtube.com/watch?v=QvIq_q7xL3s