23日夜から私は激しいめまいに見舞われた。
翌日の朝に隣の部屋の息子に、状況を伝えた。
初めはうろたえていた息子だが、「お前が頼りなんだから、しっかりしてくれ!」と
励まし、指示をした。
口や手足は動くから大丈夫と伝えた。
トイレはベッドからずり落ちてよつんばになり、目をつむってハイハイで行かねば、ならない。
ほんの3メ-トルほどの距離だが、息子が床を叩き、方向を指示してくれる。
たどり着いたら、肋骨をでかい手で支えて起こしてくれる。
狭い部屋は、こういうときに便利である。トイレの狭さも然り。
壁に頭を押し付けて、体を安定させる。
そこで、ドアを閉めてもらう。
用が済むと、ハイハイでベッドへ戻る。
こんなことを何度も繰り返した。
吐き気を模様した時も、洗面器やビニール袋の手配が早い。
実は、息子は彼の祖父つまり、私の父の看護を、今年の5月、7月に5日ずつ私とともに経験していた。
特に二度目の看護は、介護の仕事を10年以上していた私が、逃げ出したいほどの、困難を極めたが、とにかく私の傍で彼は頑張って、現実を見ていた。
だから、患者に何が必要か、わかっていた。
しかし、2日経っても一向に治らないのでr、水以外飲めない状況では、そろそろ危険なので、救急車を呼ぶことにした。
この狭い家に救急車を呼ぶのは二度目である。
一度目は今年の四月に、私の母が、この家でインフルエンザを発症した時だった。この時は、高熱でも歩けたので、まだ運びやすかった。
今回は、運ばれやすいように玄関の近くに薄い布団を敷いて横たわった。
狭い部屋から毛布ごと担架らしきシートに乗せられてエレベーターに乗り救急車に乗った。自分が患者となって救急車に乗るのは初めてだ。以外にガタガタ揺れる。
息子が救急隊員の人に、お母さんの靴やコートも持ってくるように言われたらしく、帰りに助かった。
さて、到着した病院は最近規模を広げた一番家から近い「病院」と名のつくところだった。
めまいの患者に慣れているらしく、院長の指示で、「めまいセット」という名の注射を三本打たれて、血管を次の点滴のために確保された。
しばらく、点滴室で寝かされ、脳内を調べるために、MRIを撮る。めまいしながら上を向いて診察台の上から、ストレッチャーへ、MRIの台へと、首を動かさずに移る。
脳内には異常なし。院長に入院か通院かを決めろと言われる。
しかし、看護師は日にち薬だから、家で様子見て、通院した方が良いと言う。
息子は、家で俺が見るから、帰ろうというので、2対1で帰ることに。
先に薬をもらったが、めまいの頓服だけ。血液検査では白血球も多かった。抗生剤は出ていないえ
とりあえず、この病院は出ようと思った。タクシーを呼びそこまでは車椅子で。
家の前で息子が祖父の車椅子を借りてきて私を部屋まで運んでくれた。
翌朝、目を開けても天井が回らない。
助かった!
しかし、やたら背中や腰が痛い。
昨日の病院にはもう、行きたくなかったので、いつもの主治医に手紙を書いて血液データやもたった薬を息子に持たせて抗生剤をもらった。これで背中や腰の痛みは取れてきた。
少し、座れるようになったので、歯を磨きたいと言ったら、洗面器、水、歯ブラシがさっと出てきた。
立派な介護師である。
しかし、ナイーブなので、やたらと疲れた、と言っていたr
正月に息子が熱など出さねば良いが。