父の術後から翌日の朝まで、私の中には、隠しきれない変な感情が、渦巻いていた。恐怖のような後悔のような、自責の念のような、誰に対してかわからない怒りが、ぐるぐる体を駆け巡っていた。どれ一つとっても、前向きの感情ではなくて、負の感情だった。もしも、拘束器具を詳しく知っていたなら、私は拘束に同意しただろうか?
でも、治療上必要なのだから、仕方ない。83の老人に、もっとソフトな拘束はなかったのだろうか?自分の勉強不足を反省した。完全看護の裏側は、あのような器具で成り立っているのか?疑惑にも似た疑問が私の体を重くした。
翌日、息子と病院に迎いながら、「じいちゃん昨日の夜みたいに、わめいていたら、どうしよう。」「部屋に入るの怖いね。」と言いながら、私の足取りが重いのを息子が感じ幾度となく、立ち止まり、心配そうに待っていた。