シリーズのように番号を振っておきながら、
書きたい時に書いているので、
気持ちについては時系列ではなくなってしまいそうです。
今回書くのは、今日感じたこと。
息子くん、5歳5ヶ月。
自閉症と診断されてから2年2か月です。
NHKのニュースで、石村嘉成さんを見ました。
彼について映像で見るのは2回目です。
自閉症であり、版画や絵画の作品を創作されています。
私の拙い表現力では表現しきれませんが、
力強く、見るものを惹きつける作品は、圧倒的なパワーを放っています。
ここからは、私が親として、自分の息子くんを彼に重ね合わせて特集を見た時に、
感じたことを素直に、包み隠さず書きます。
ご意見が賛否両論あることを承知ですが、
一人の親としての、正直な気持ちです。
彼は障害がありながらも、社会的に成功している。
息子くんにも、同じように、
自分の好きな事を仕事にして、社会で成功してほしい。
成功とまで言えなくても、生計を立てれるよう自立してほしい。
この気持ちは、石村さんを希望の光として見る視点です。
同時に、悲しい気持ちが湧き上がります。
石村さんは、自閉症独特の、普通の人から見たら不自然な話し方をされます。
息子くんも、この2年間で劇的に成長した(定型発達に近づいた)とは言え、
不自然な話し方をします。
文章の抑揚が普通の人とは違います。
どんなにセラピー(療育)を頑張って、
普通の人に近づこうとしても、
この話し方は変わらないのではないか。
どんなに頑張っても、
普通の人にはなれないのではないか。
普通の人とは違うことで、
人から差別され、
辛い思いをするのではないか。
社会からはじき出されるのではないか。
誰もがありのままで受け入れられる、
そんな世の中になってほしい。
そうなるべきだ。
と思っている一方で、
自閉症の息子くんを、
ありのまま受け入れず、
普通に近づけたいと思っている自分。
もし、息子くんが普通にしゃべれるようになったら、
「ああ良かった。うちの子は普通になった。」と思い、
今度は普通じゃない人を見て、
「あっちの人は大変よね。」
そう思うんじゃないか、という、
差別意識を、自分の中に感じます。
人と比べ、幸せを測るような。
石村さんは、とても純粋でまっすぐな心を持っています。
それは、お母さんが大好きだと語る、彼の発言から、私は感じます。
同じく、息子くんも、とても純粋でまっすぐな心を持っています。
たとえ相手にそれほど好かれてないとわかっていても、
僕はその人と遊びたい。というような。
悪意を、悪意と受け止めない、というような。
打算とか、駆け引きとか、
そういうもののない、
まっすぐな純真さが、
キラキラしていて、
普通の人とは違う。
それ自体はとても素晴らしいことで、
だから私は息子くんが大好きなんだけど、
普通の人との違いを感じてしまう。
心の片隅で、
「やっぱり自閉症なんだ。」と
少し残念に思っている私がいます。
一緒に見ていた夫とは、
何も話さなかったけど、
彼が同じことを感じて、悲しくなっていたことは、
私にはよくわかりました。
自分の弱さ、足りなさを、感情と共に自覚した今日。
息子くんが、私の人生に運んできてくれたものは、大きくて尊いのです。
