感情と事象を切り離して考える
「確かに私は傷つけられた」
「大切なものを奪われた」
「冒涜された」
だから当然のようにそれを指摘して罪を償わせるために相手を糾弾し、そのような行いをした人を非難し、二度とその罪を忘れないようにする。
でも紐を解いていくと実際の加害者は別だった。
糾弾した自分を逆に責める人が出てきた。
でも私はそんなこと知らなかったから仕方ない。
私だって被害者なんだから。
大なり小なりそういった場面に遭遇したことがある人もいるかもしれません。
SNSが発達し
情報が集まりやすく自分がついついなんでも知っていると勘違いしてしまうような環境が増えると同時に自分の思いを簡単に発することができるようになっている今だからこそ。
「知らなかった」では済まされない。
誰かを守るために勇気をもって振り上げたその腕は罪なき者を傷つけ新たな悲しみが生まれる。
そんな悲劇にならないためにできることは何か。
それは感情と事象を切り離す。
それだけで、多くのトラブルは意外と回避できてしまうから。
感情的にならないようにする訓練をする。
あともしもプラスでできるなら聖戦をしないように意識をしてみる。
正しさのために誰かを殴ってもいい権利って私は万能ではないと思っている。
振り上げた手はどこかに下ろさないといけない。
叩かれた人はそこに負の感情が生まれることもある。
それが誤解で殴られたり奪われたら、また取り返そうとする。
ずっと終わらない負のループが生まれてしまうから。
その否定は行動に対してなのか?私という人間に対してなのか?
それは否定なのか?相手の好き嫌いの表明だけなのか?
なぜそれを起こしたのか?
本当に侮辱したくてしたのか、ただ自分と違う価値観の人だったのか?
分別して判断してそれでも指摘するべき時は指摘する。
感情的に、直情的に動いてしまうと多くの不要なトラブルを引き起こしてしまうから。
何かが湧き起こったら、一度引いて分解してみる。
感情が前に立ちそうなときほど感情と事象を分解してみる。
「言われて悲しかった、腹が立った」それはそれで悲しんだり腹を立ててみる。
「本当に言われたことは無意味なことなのか?自分に当てはまり役立てられることはないのか?」と振り返ってみる。
例えば、ちゃんと注意事項に書いてあることでも
それに気づかない人がたくさんいる場合は気づかない人が愚かで馬鹿だとなじるよりも書いてある場所や順番、表現を変えてみる。
今のままでも気づける人もいるけれども、変えることで気づける人も増えて自分の負荷も減るからね。
できることはしてみればいい。
だってそれは他の誰でもない自分がより幸せになることで
そしてその小さな喜びはやがて他の誰かも幸せにすることができる小さな愛の炎だから![]()
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Deusa Wasara 最上 明弥(あまね)


