昨日のお客様は
ちょっとした自分の不注意から
思わぬ怪我をして
順調に行っていた仕事のメインスタッフから
一時離脱を余儀なくされてしまった方でした。
自分がやりたかった企画。
何もかもも上手く行っていたと思っていた時の怪我。
誰も恨めず、自分が悪いのに
見舞いに来る同僚の全てが恨めしく
「最近、どんどんやつれていって、心配していた」
「いい加減、休めという神様からのメッセージだよ」
「次の企画は一緒にやろう。待ってるから、ゆっくり休んで」
同僚たちの言葉が嫌味にしか聞こえず
休んで怪我の治療に専念しろといわれる
この時間の全てが苦痛で恨めしいだけだと仰られていました。
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自分を思って休んでというのは分かる。
けど自分の望まない休みなど
苦しみと焦りと辛さしか呼ばない。
自分のためを思い
やってくれているけれども
それらは全て苦痛でしかない。
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そう嘆くお姿は
本当に絞り出すようでした。
周りの思いも煩わしく
自分自身が恨めしく
この時間が苦痛でしかないこともよく分かります。
でも、その苦痛でしかない
この休みや仲間との時間も
意味があると思ってみれば
学べるものはいくらでもあるのではないでしょうか。
自分が無駄としか思わないのなら
何も見えず終わることでしょう。
無駄な時間であると嘆くよりも
この時間から何を得られるのか
考えてみるのも大事なのかもしれない。
その気になって探してみると
新しい発見も
溢れるギフトも見つけることができるかもしれないのです。
視ようとしなければ
そこここに溢れている
チャンスもギフトも何も受け取れず
ただ無意味で苦痛な時間が流れてしまうのは
怪我をしてい強制的に振り返りをさせられている人も
ただ毎日を過ごしている人も
同じ事が言えるのかもしれません。
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Deusa(デウザ) 最上 あかり


