セッションでお越しくださった方のお声で

 

「なんだか無性にイライラして子供や周りに当たってしまう」

 

というのをたまにお聞きします。

 

 

どうしようもない感情、ありますよね。

 

 

なんとなく虚しくなってしまったり

 

なにかを変えてみたいけど、

 

何をしてよいかもわからない。

 

 

そんな方にお勧めするものの中に

 

「感謝ノート」

 

があります。

 

 

人は日々、周囲から

さまざまなギフトを受け取っています。

 

 

ただ、それが自分の望んでいるものでなかったり

 

自分に余裕が無かったり

 

もしくは、そもそも自分が何を求めているか分かっていなかったりすると

 

そのギフトを受け取れていないことがたくさんあります。

 

 

実は私自身、ずっと

 

自分が本当に何を求めているか分からなかったため

 

どんなギフトが来ても

 

受け取れていませんでした。

 

親切にされても、プレゼントを頂いても

 

「人としての責任でやっている」

「社交辞令」

「大人としての義務、やるのは当然」

「私も同等かそれ以上を与えたのだから、返すのは当然」

「お金という対価を払っているのだから当然のこと」

 

全て義務・義理・社交辞令・大人としての勤め・責務・常識…

それらの言葉で処理をして、

当然の事として受け取るので

心からの感謝という物が出来なくなっておりました。

 

ここまで酷いと末期かもしれませんあせる

 

 

世の中に当たり前のことなんて

 

きっと一つもない。

 

 

明日も同じ、日常・当たり前なんて何もなくて

 

常識かもしれない

義務かもしれない

 

でも、そこに、感謝を持てるか持てないのか

 

自分が望んだ形と完全一致してなくても

 

自分が心地よかったのなら

 

感謝の気持ちを持てるか持てないかで

 

自分がどれだけ愛されているか

 

満たされているかを

 

受け取れるか受け取れないかが変わってくるのかもしれない。

 

 

全てが当たり前の日常は

 

きっと「減点方式」。

 

どうせなら「加点方式」にした方が

 

同じ時間を、同じ空間で過ごした時に

 

心が安らいで

 

楽しい、彩のある生活に変わっていく。

 

 

歪んでいたころは

本当に嬉しいとか、感動とかが殆ど無かった。

 

 

義務・義理の言葉で全て片付けられるかもしれないけれど

 

喜びも感動もない日常は味気なく、色あせていたのも事実。

 

 

日常に彩りが欲しくなり

 

当たり前のことなど何もない。

 

感動したら心から感謝してみたいと

 

人として当たり前のことを30半ばで感じた時に

 

感謝ノートをつけようとして、愕然としたものでした。

 

 

何一つ、浮かばない(笑)

感謝するという心さえ失っていたのかもしれませんね。

 

 

・電車が時間通り来た

・何気なく当たり前にしたことにすごい笑顔で御礼を言われた

・ご飯が美味しかった

 

 

本当に些細なことだけれども

 

慣れてきたら、意外にもたくさんの感謝に溢れていた。

 

 

自分が一日に、何度も御礼を言われていたこと。

 

自分の望む言葉とは違っていたけれども

 

たくさん褒めてもらっていたこと。

 

気にかけてもらっていたことに。

 

書き出してみて初めて気づけたのかもしれない。

 

 

自分が今こうして過ごすことができるのは

 

たくさんの人の愛情や思いの上に成り立っている。

 

 

自分には何もない。

 

ついイライラがつのってしまう。

 

そんな風に感じてしまうときは

 

一日の終わりに、そっと振り返り

 

小さな私だけの「感謝」を綴ってみるのも良いかもしれません。

 

 

 

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