2年前、がんじがらめで何も動けなくなっていた私の目標は

1,000回の失敗をすることでした。

 

よく言えば慎重派。

普通にいうなれば、能書きばかりで行動に移せない臆病者。

 

変わりたくて、変わりたくて、もがいて

でも、失敗が怖くて

自分自身の「正解」を探し続けて

 

変わりたいのに、変わることを誰よりも恐れていた私は

石橋を叩いて、叩いて、自分で叩き割っておいて

 

「ね?ほら割れたでしょ?」

と言い出す始末。

 

当時はそれを臆病で腰が重いと思っていた。

ただただ、変化が怖かっただけなんだよね。

 

そんな私に師匠が言った。

 

「僕の目標はね、10,000回失敗することなんだよ。

 今の君にはきっと無理だね。」

 

と。

 

 

「どうだろう?1年間で1,000回。

 僕の1/10失敗できたなら何でも一つだけ願い事聞いてあげるよ」

 

と。

動かなきゃ始まらない。

 

野球でいえば、3割打者はすごいと言われる。

つまり、7回は失敗しているのだ。

 

なのに、私はたった1度の失敗を恐れて動けないなんてなんて自分を買い被っていたのだろうか滝汗

 

しかし、当時の私はそこまで発破をかけられてもまだ理解できていなかった(笑)

 

 

1,000回。つまり1日に2.7回何かにチャレンジをするという事かぁ。

 

『どんな失敗でも良いんですか?

 例えば、5時に起きてマラソンしてお掃除して朝ご飯作って出勤する目標を立てて、でも全部できなくて、1日の売上を目標10万に立ててそれが未達だったら合計失敗5回で良いですか?』

 

などとぬかす始末汗

どれだけ通り一遍でしか物事を見れていなかったのだろうか…

そんな私にも師匠は呆れずに優しく諭してくれたのだった。

 

「どうだろう。失敗というのは、成功するための努力をして

それでもできなかったことに対して使う言葉だと僕は思うよ。

果たして5時に起きる努力をしたのかな?

売上が10万上がるためにどんなアクションをしたんだろう?

もしも何もしていないのなら、それは失敗ではなく、逃げたもしくはやらなかっただけじゃないのかな」

 

うむ。正論である。

 

「それと、ビジネスに繋がることでの失敗だけをカウントする。

今の君に必要だからね。」

 

と。

私はその1,000回の失敗すら無理だと判断して

交渉の後、1年間で500回の失敗で手を打ったのだが、

当然のことながら必死で行動をしていると

有難いことに師匠の意図することが見えてきたのだ。

 

一生懸命行動をしていると、集客がゼロでもなんかしらの収穫があることに気付いてきた。

失敗することが目的なのに

気づきがあれば何故かそれを次に活かしたくなる。そうすると、上手く行ったり。


純粋に悔しいし。

 

ダメだろうなぁと思っていても、人がご縁をつないできてくれたり…

 

そしてやっと気づいたのだった。

私は

失敗すらできていなかったことに。

 

正解を求めて、

変わらない理由を探し続けて

誰かが引き上げてくれることばかりを望んでいたことに。

 

動機は不純だけど失敗が目的になったら、

臆病だった私が動けるようになって、

動いていると自然と成功もついてきたりして。

 

私が怯えていたのは、

自分で描いた完璧に振る舞う自分という虚像

 

失敗かどうかは自分の考えと見方、そしてその後の行動次第なのだ。

失敗にするのか肥やしにするのか。

 

今動けないでいる人はどうか

動く前から、失敗を恐れないで欲しい

 

何をするかよりも

した後にどうしたいかも大切なのだ。

 

どうしても怖い人は

その後のビジョンが見えない物は実になりにくい。

 

自分で作った自分の理想に囚われて

自分で勝手にハードルを上げてしまっているなんてこともあるのかも。

 

それを意識して、

正解を取りにいかないこと、

そしてどんなことも自分にとっては必要な経験だったと自分に落とし込めたらきっとまた変わってくるのかもしれない。

 

今の私は少しは

幻想や正解探しに惑わされずに動けてるかな。

私自身もまだまだそうですねー

 

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最上 あかり