東日本大震災で被害を受けたJ1鹿島が14日、練習を再開した。
大津波で甚大な被害を受けた岩手・大船渡市で高校時代を過ごした
MF小笠原満男(31)は、
同市内の知人とほとんど連絡が取れていない。
安否確認を巡り混乱が起きている現地の様子を語り、
「安否が分かる手段がないのが一番の問題。何とかならないか」と悲痛な声を上げた。

 憔悴(しょうすい)の表情にもかかわらず、声には力があった。
小笠原は練習再開の取材に集まった報道陣の前に自ら進み、切々と訴えた。

 「避難している方々の名簿のようなものはありませんか。
安否を確認する手段がないのが一番の問題。
テレビカメラは、できるだけ避難している人の顔を写してほしい。
自分が今、一番思っていることです」

 連日のニュースには、目を覆いたくなる悲惨な故郷の光景が映る。
盛岡市出身ながら、約100キロ離れた県立大船渡高に進学。
サッカー部監督の家に下宿してプレーを続けた。
その懐かしい町並みが地震に揺れ、大津波にのみこまれた。
「同級生、お世話になった人がいっぱいいる。よく行っていた場所も…」

 地震発生から3日間、連絡を取り続けた。
何とか電話がつながった知人を通じ安否を確認したが、消息不明は数多い。
サッカー部のチームメートや学舎の級友、大船渡高の同級生で同市出身の夫人の関係者…。
みな無事でいてほしいという思いで、いても立ってもいられない。

 両親も気掛かりだ。
盛岡市内で無事の確認は取れた。
しかし、電気・水道はストップ。
買い物に行こうにも、ガソリンがなくて動けない。
「あと何日かしたら食料も尽きる」と表情を曇らせた。

 「行けるものなら今すぐに行きたい。力になれるものなら行って何とかしたい。被災地に何とか物を届けてほしい、1人でも多く助かってほしい」

 いつもは無口でクールな男が、腫れた目で訴えた。
切実な声は、日本中の思いを代弁していた。

小笠原満男 選手から岩手県民の皆さんへ