それでもこんな結婚生活の中でも、
“子供が出来たら少しは元旦那との関係性が変わるのだろうか?”
“少しは夫婦として歩み寄れて、それなりにもう少しやっていけるのではないのだろうか?”
と思うようになりました。
結婚してすぐ子供を作らなかったのは、やっぱり
“心のどこかで元義父母や元旦那の事で悩んでいた事”
と、今でこそそれなりに母娘関係を築けてきていると思うけど、
“長年母と折り合いが良くなかった事”
もあったと思います。
自分が母親になる自信は全くなかったけど、
“もし経験出来るのであれば、妊娠と出産を経験してみたい”
と思っていたし、結婚相手が元旦那でなくても、
“子供は3人生んでみたいな~”
“男の子も女の子も育ててみたいな~”
と、漠然と思っていた事があった事も事実です。
またこの頃は父の癌が再発する前だったので、私も初孫を見せてあげたい気持ちも強かったです。
初孫を早く見たい元義母からの圧が日々強くなっていたので、元義実家に行く事は正直苦痛以外の何ものでもなかったです。
行く度に
「子供が出来たら私がお世話するから、∀ちゃんはフルタイムで働きなさい。
2人は貯金が増やせるし、私は孫ちゃんのお世話が出来るし、いい事しかないわよね」
「この家をリフォームして、子供が出来る前に同居しましょう。
にぎやかになるわね」
いつも苦笑いでスルーする私と、私と目を合わさない元旦那。
…元義母にだけは預けたくない…
…同居なんか絶対お断り…
と、心底思っていました。
同居に関しては、元義実家を2世帯で生活出来るようにリフォームする事を元義父が反対したので、余計な心配せず済んで良かったんですけどね。
同居なんてしていたら離婚なんてまだまだずっとずっと先の話しだっただろうし、そもそも離婚出来たかどうか…。
いろんな気持ちの中、自分の中で思いを固めてから元旦那に今後の話しをしてみたら、
「実はあまり子供が得意ではない」
という答えが返ってきたので、珍しく2人で話し合った記憶があります。
「得意ではないけど、授かったらやっぱり嬉しいかも…」
とは言っていたので、不安の方が勝っていたでしょうね、元旦那も。
それと同じぐらいに、
“子供が出来たら元義母からの圧からまた逃げる事が出来る”
と思っていた部分もあったと思います。
と言うものの、
【授かり物】
というだけあって、簡単に授かる事はありませんでした。
試しに婦人科を受診してみたら、先生に
「奥さんに異常はないけど、元旦那さんの方が少し弱くて元気がなく、数も少なめですね」
と言われました。
元旦那はその事実を全く受け止められず、
「悪いのは俺じゃない!」
「恥ずかしいから詳しい検査なんか絶対受けない!!」
と、検査結果が間違っているかのように、そして私が嘘を言っているかのようにして責められました。
更なる体質改善等に努めたのは私の方で、
“…これ以上責められるのは精神的に辛いから、出来なかったらその時はその時…”
そう思っていた数ヶ月後に、妊娠が分かりました。
娘を授かった事は、本当に嬉しかったです。
つわりが辛い時期もあったけど、
“みんなこうしてお母さんになっていくんだ。
私だけじゃない”
そう思って過ごしました。
従兄のお嫁さんは
「出産までつわりがあって辛かったから、2人目は断念した」
と言っていたし、
友達は
「全くつわりがなかったから妊娠の実感がなかったし、周りから
“妊婦じゃない”
って言われてるようで辛かった」
んだそうです。
“人それぞれなんだなぁ”
と感じたつわりの時期に、父の癌の再発が分かりました。
妊娠初期だった為、母は
“∀にもきちんと話さないといけないけど、赤ちゃんにもしもの事が起きたら責任が取れない”
と、私にはあまり多くを語りませんでした。
ただ
「お父さんが入院になった。
顔を見せてあげて」
とだけ言われました。
“…再発なんだな…”
と悟ったけど、その時の私は父の命の期限までは分からなかったです。
“初孫は抱っこしてもらえる”
と信じていたし、
“必ず家に帰ってくる”
と思っていました。
でも
“本当に娘を抱っこ出来るの?”
と思う自分もいました。
おなかの中で少しずつ大きくなっていく娘
と、
薬の副作用で少しずつ痩せていく父。
“無事出産出来たら、どれだけ時間がかかっても退院するその足でお父さんのところへ連れてこよう。
絶対抱っこしてもらうんだ!”
と心に決めた妊娠期間が始まりました。