【優しいカラス】後編
*リクエスト⑤+
*(ヴィンセント×)ギルバート←エリオット
嘘ばかりつくやつが嫌いだ
しかしその反面、嘘をつけないやつが一番嫌いだ
【優しいカラス】
苛々する。
ベッドの上で何もない天井を睨みつけては深いため息をついていた。
「どうかしたの、エリオット」
「…別に何も」
「そんな嘘つかれてもなぁ」
上から覗き込んでくる従者の顔。鬱陶しいくらいの黒髪の奥の、その更に奥にあるレンズの向こうに微かに揺れる瞳があった。
「俺は大丈夫だ」
「そういう人はベッドを寝るために使うさ。天井に八つ当たりする為じゃなくてね」
「悪い…」
「まぁ、素直に悩むのは君らしくて良いんじゃないかな」
他人なら100%らしくないと言ったはずだ。しかしそれに自分は反発を覚える。リーオがそう言わないのは彼が自分の本質を受け入れている証拠だった。自分が一人になりたい事を重々承知しているのだ。軽く口元を緩ませて彼は部屋のドアを開くと静かに出て行った。自分が一人になりたい事を知っているのだろう。心の中で感謝しつつゆっくりと目蓋を閉じた。
コンコン、とノックの音がする。
このタイミングで来訪する人物に心当たりが無く誰だ、とだけ返した。扉の向こうからの返事は無い。訝しく思いベッドの上でで状態を起こすとノックの人物が入って来た。その人物の歪んだ口元に、考える間もなく怒りが込み上げる。
「――何しに来た」
「へぇ…結構苦しそうだね」
この男にとって自分はちょっとした玩具と同じなのだろう。嘲り以外の感情が何処にも見当たらない表情で近づいてくる。ベッドの上で思わず身を固くした。その様子に気がついたのか鼻で笑うような音がした。
「…素直じゃないなぁ…だから自分の本心も解らないんじゃない?」
「意味の解らん事を言ってるな。…出て行け」
勿論聞き入れられないことは知っている。だが言わなければ。前回の事でこいつは危険な奴だと知っている。しかしその思考さえも見透かすかのように近づく男は、その手で胸ぐらを掴んできた。
「―――ッ離せ!」
「いいじゃない、君たちは本当の兄弟じゃないんだし…背徳も半分でしょう?」
そういう問題ではないと押し返そうともがくが上から押さえつける力には簡単に負け、ベッドに倒れ込んだ。シングルベッドが二人分の体重にギシ、と苦痛の音を漏らす。
「欲求不満なんじゃないの?遊んであげるよ。前は何処までいったっけ」
「…ッざ、けんな!」
首を捕まれ喉から仰け反る。抵抗する肢体を抑えられ肌が外気に曝されていく。
「や、め…っ」
冗談の様な現実に目が回りそうだ。あの時と同じに愛撫を受ける。首筋を伝う生暖かく滑る感触が全身の肌を粟立たせた。押さえられた手首がしっとりと汗ばんでいる。目の前で笑う男と目を合わせまいと顔を背けた。欲の滲まない、ただ虐げ遊んでいるだけのある種純粋な顔だ。抵抗しきれずに組み敷かれた身体はただばたばたと動いているだけのようで自分の事ながら滑稽に思えた。
「ほんとに、どうやったらそんなに強情になれるんだろうね」
「う…っせ…!」
今度こそ身体が凍りつく。彼の手がベルトに掛り解いていた。急に緊張した身体は小さな震えを呼ぶ。今の自分は最高に甚振りがいのある人間になっているだろう。いずれにせよ、この男のいい鴨であることは間違いない。
「や、め…――ッ」
薄い手の平が衣服と肌の間へ滑り込み、中心を直に触れられた瞬間微かなノック音を聞いた。
「――お前達何して…」
その音を救いの音だと感じたのも束の間。すぐさま言い訳のしようもない状況と『彼』が問題の人物である事に気がついて絶句した。焦燥感に煽られ身動き出来ないでいると圧し掛かっていた体重がふと身体から消えた。
「安心して?兄さんと『同じトコ』まではやってないよ」
「…な、」
何をしに来たのか等どうでもいい。今この状況下に来てしまったギルバートへ同情するが兎に角出て行って欲しかった。言い訳をしたいなどとは思わない。早くこの兄弟さえ出て行ってくれればどうでも良かった。言葉を詰まらせながらも重い空気の中で気丈にもヴィンセントを重く見据える。
「――エリオットは弟だぞ」
「僕もだけど?」
鸚鵡返しの返答にまたしても言葉を詰まらせつつ、彼は弟を非難の目で見つめ続けた。
「はは、何、もしかして嫉妬かな」
「…違う。いいから早く、」
「はいはい出て行くよ」
出て行くと言うその動作さは当然のように反省の色など微塵も無い。掌をひらひらと振り、扉のもとで兄とすれ違う瞬間何かを囁いて彼は出て行った。ベッドの上で身体を起こすと扉の彼と目が合った。残った二人の間に得体の知れぬ空気が流れる。
「…すまない」
「何を謝ってるのか解らねぇ」
「………すまん」
「――あいつに抱かれて嬉しいか?」
はっとした様に、バツが悪そうに顔を上げた。この男が弟と異状な関係を持つ事はもはや明確だったが、それを否定して欲しい気持ちが無意識にあったのだろうか。カマをかけるでもないが事実を率直に、気持ちを遠まわしに聞いた。
「…悪い、」
「嬉しい…わけじゃない、だがヴィンセントは…」
自分を求めるから突き放せないのだと彼は言った。
「そんなの、お前を頼る奴なんて他にもいるだろ」
まただ。いらいらとする胸が気持ち悪い。この馬鹿はどうしたらそんなに視界が狭くなるのかと眉間にしわが寄った。
「…そうか」
ポツリと呟いて彼は目を閉じた。穏やかな横顔に見えた。そんな様子を見ると自分が酷く幼い人間に思えた。暫くの沈黙の後、彼はドアのノブに手を掛けた。
「お前、…良い兄貴なんだな」
皮肉のつもりだった。しかし、事実でもあった。
「ありがとう」
困った様な、はにかんだような微笑を浮かべて彼は扉の向こうへと姿を消した。
「…アホだなあいつは」
呆れ半分、諦め半分の気の抜けた溜息が零れた。いまいち整理のつかない気分 ―それでも先程までよりは幾分ましだったが― を一度リセットしようとまたベッドへと倒れる。二度もの最悪の事態の後でありながら不思議と悪い気分ではなかった。
「カラスは賢い筈なんだがな…」
【優しいカラス】―END―