私はあのころ

「こんなに頑張ってるのに

なんで幸せになれないんだろう」

と思うようになっていた。

 

 

 

宗教団体の中でも

職場でも

 

 

 

「お母さんの娘」

って知っている人が

いるってだけで

プレッシャーだった。

 

 

お母さんのことを

良く思ってない人もいて

私に嫌味を言ったり

意地悪をしてくる人もいた。

 

 

 

それでも

「そんな人たちに負けない!」

「いつかわかってもらえる日が来る」

とか思って

歯を食いしばる思いで

頑張ってた。

 

 

頑張ってたよね~。

無駄とは言わない。

言わないよ。

 

 

 

でも、思い切り

頑張るポイントが

ずれてたな~。

 

 

 

「休みたい」とか

「遊びに行きたい」とか

「なにもしたくない」とか

たまに出てくる自分の声を

どこまでも無視してた。

 

 

 

自分の声を

無視してたから

周りからもわかってもらえないって

10年以上も後になって気が付いた。

 

 

 

あと女子部で教えられていた

「自分の存在で

信仰のすばらしさを広める」

的なのも

 

 

 

あれも私にとっては

かなり無理があった。

 

 

自分をちっとも

素晴らしいなんて思えないし

ものすごく

自己肯定感が低かったのに

 

 

そんな私が

うわっつらだけよく見せて

信仰のすばらしさとか

語ったところで

 

 

自分にも相手にも

ウソをついていることになった。

 

 

そんな葛藤もあったり

自分の家庭の状況を

女子部の先輩に相談することもできず

1人で悶々としていた。

 

 

さらに

職場などでいちいち疲れたメンタルを

家に帰って自分で責めて

悔しくて泣いていた。

 

 

 

そんな私をみて

お母さんは

「あなたのココロは

まるでガラスでできてるようだ」

と言った。

 

 

 

お母さんにそういわれると

自分のことを、また

お母さんに否定されたと思って

どんどん悲しくなった。