人生は何かあるもんだ
初めまして。司法書士の須永三和子です。
千葉県松戸市で司法書士事務所を開業しています。
裁判関係業務をメインにしている司法書士では珍しい事務所です。
今日は、私の仕事のコンセプトである「人生は何かあるもんだ」についてお話します。
司法書士の仕事上、たくさんのご相談者の方からお話を聞く機会があります。
事務所に相談に来られる方は、「こんなことが起こるなんて」と何らかのトラブルに巻き込まれている方です。
お話を伺っていると、本当に人生には何かしら起こるものだなあと感じます。
ある高齢の方がおっしゃっていました。
「自分の親も看取り、夫も亡くなり、子供も独立して、あとは自分のことだけで何もないだろうと思っていても、なんだかんだ色々出てくるのよねえ」と。
そういうものなんだと実感します。
私は、生きてる限り問題は起こるものだと思っています。
私の仕事は、起きた問題を一緒に解決するもの、または2人3脚で寄り添ってゆくものと考えています。
変化に対応することを主眼としています。
家族や友人に言えないトラブルもあります。そういったことを相談するときに専門家がいます。
思うに、専門家というのはその道で人一倍失敗をしている人です。
専門家は知識や経験が豊富ですが、豊富ということは、その分、失敗の経験も多いということです。
だからこそ、みなさんには失敗しないような近道をアドバイスできると思っています。
さらに、専門分野以外についても、経験が共有されていますから、「その分野は〇〇に聞けば分かる」とつながりが集積されています。
まだ司法書士の資格がない頃、ある弁護士の先生に相談に行ったことがあります。
その時、一通りの状況の説明をした後に「どうしてこんな会社の物を買っちゃったんですか?」とまず言われました。私を責めているような口調でした。
私はその頃、(その当時の私のとって)抱えられないくらいのトラブルを抱えており、精神的にもかなり参っていました。
自分でも「なんでこの時、こんな会社のものを買ってしまったんだろう。なんで違う判断ができなかったんだろう。私はなんて甘かったんだろう」と自分を責めていましたので、弁護士からの一言にショックを受けました。
ただ、それと同時に「そんなこと言われても・・・。困ってきているから相談しているのに」と違和感を感じました。
最終的には、色々なアドバイスをいただいて、少しはほっとしながら帰路についたのですが、法律家ってそういうものかなという疑問は残っていました。
何か問題が起きた時に原因を探り、その対策がどうだったか、もっといい対策はなかったのかなどを考えるのは、重要なことだと思います。
もちろん、問題が起きた時、それを人のせいにするのではなく、構造のせいだと考えることができたならば、構造を変えてゆけるかと前向きな議論ができます。
それでも、問題が起きることが悪いことだとして、原因となった人は罪の感情を抱くことになります。
上記の弁護士の発言も、まさに内在的な原因を探り「なんでこんなことしたの?」と
「自業自得だよ」という意味で、事件を落ち着かせようとしていたのかなとも思います。
何かをすることは何かが起こることです。
予防や防止はある程度できるかもしれませんが、問題が起きたからといって、それを誰かの責任に落とし込んでも、被害は別に発生しており、問題解決にはなりません。
人は、過去を振り返って、その時にした判断は、今になってみると失敗だったと思えるけれど、その時の自分にはそれしかできなかったのです。
過去の自分がバカだったと思えるのは、現在の自分が成長して色々なことに気づいているからだと思います。
未来のことは誰も分かりません。分かるのは預言者だけです。
私は、問題が起きることを前提として、起こったときの解決に向けた機動力と柔軟性、そして即効性を持って仕事にあたるため「人生何かあるもんだ」をコンセプトにしています。
「どこに相談に行ったらいいのかもわからない」「このまま解決できないのだろうか」「このトラブルは法律的にみるとどうなんだろう?」などぐるぐる考えている方、是非、一度ご相談にいらしてください。
※一般的な民事事件のトラブルについて記載しています。