11月15日は「七五三の日」。「向島百花園」の紅葉風景。
■ 11月15日は「七五三の日」数え年で、男の子は3歳と5歳、女の子は3歳と7歳の年に、成長を祝って社寺に参詣する。3歳・・・髪を剃(そ)る⇒伸ばす「髪直」(かみおき)。5歳・・・袴を穿(は)く「袴着」(はかまぎ)。7歳・・・付け紐(ひも)⇒丸帯を結ぶ「帯解」(おびとき)。長寿の願いを込めた「千歳飴」(ちとせあめ)を食べて祝う。旧暦の11月は、米などの穀物の収穫を無事に終え、その年の実りを感謝する。旧暦の15日は、鬼が出歩かない日(「二十八宿」のうちの「鬼宿」日)なので何事をするにも吉日である。それらのことから旧暦の11月15日に、氏神様に収穫を感謝するとともに、子供の成長を感謝し今後のご加護を祈る。江戸時代以降、公家の年中行事(神事)⇒武家⇒町民へと一般化したもの。現代では、新暦の11月15日を中心として、10~11月の土・日・祝日に行なう。*2021年の「七五三」早見表(出典:「創寫館」soshakan.co.jp)□ お題「七五三の写真は撮った?」今年は孫娘の「七五三」なので、間もなくLINEで送られて来るのを期待しています。▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう◇--------------------------------------------------------------「コロナ禍」の「緊急事態宣言」が解除され、昨日11/15(月)から都立の庭園は予約無しに利用できることになった。午前中、1カ月半振りに「向島百花園」を訪れて秋色を撮影した。お昼が近づいて帰宅しようと庭門を出たところ、団体さんが到着していた。言問通り ⇔ 橋場通り ⇔ 隅田川=桜橋 ⇔ 墨堤通り を往復。■「都立向島百花園」(通称「新梅屋敷」、墨田区東向島3-18-3)1804年、骨董商の佐原菊塢(きくう)が梅(360本)・ススキなど日本古来の草木を集め、幕臣の多賀家屋敷跡に造営した庭園。江戸の画家・酒井抱一が「梅は百花のさきがけ」の意から「百花園」と名付けた。亀戸梅屋敷に対して「新梅屋敷」とも呼ばれた。現在は都営庭園となり国の史跡・名勝に指定されている。□ 園内番地図<以下、数字は園内番地>□ 1サービスセンター□ 2,3庭門太田蜀山人・書の扁額「花屋敷」、大窪詩佛・書の左柱「東西南北客争来」・右柱「春夏秋冬花不断」。庭門の内側より名物カシワノキツワブキ、ナンテンの赤い実、オオハナワラビ↓□ 6,7,9売店、展示広場「古典菊」の展示コーナー全景「初日の出」「二見の朝風」(伊勢系)「古都の紅」(江戸系)「胡蝶」(肥後系)にツマグロヒョウモン♂□ ツル物棚、福禄寿尊堂□ 11,12御成座敷トウバイマンリョウススキ(オバナ)、サザンカ□ 23,24桑の茶屋跡~池茶屋跡から池の全景「東京スカイツリー」(墨田区押上1-1-2)の遠景(南の方向)アカメガシワ□ 25池の北側キブシの垂れ下がった実奥にハゼノキ□ 27,28孟宗竹林、句碑群左奥に白いサザンカの花手前にニシキギトチノキメイゲツソウ(イタドリの仲間)の残花背景はモウソウチク林□ 29,30樹木林、句碑群ミツバカエデススキ(オバナ)ミツバカエデススキ(オバナ)、ハギの残花□ 22,26池の北側~中央イロハモミジヤマザクラの幹に紅葉したツタキキョウの残花□ 21,31,32池の中央オオモミジオオモミジ(左)、シダレヤナギ(右)リンドウの群生アキアカネ♂□ 33池の南側、花菖蒲田、藤棚枯れたハス、ショウブ□ 17萩のトンネル(花は終了)サザンカ□ 12,13,16散歩道□ 14,15藤棚、ミツバアケビ棚、葛棚ハゼノキ、「東京スカイツリー」の遠景児童遊園のケヤキ、梅林のトウバイ、フジ棚の三重層□ 18梅林左にマユミの淡紅の花右にピラカンサ(トキワサンザシ)の濃紅の花□ 4,5,6,19,20雑木林ムラサキシキブヤマナシが豊作**□ 月齢10.2 「宵月 十一夜月」 20211115--23:22 (正中から1時間16分後)南南西の空<参考>□ 11/19(金)は「満月」「十五夜月」。しかも「部分月食」(極一部が地球に隠れない)。東京の場合東の空⇒南東の空月食の開始16:18 (月の出とほぼ同時刻)月食の最大 18:02月食の終了 19:47