6月10日は「時の記念日」


1920年、「東京天文台」(現在の「国立天文台」) と旧文部省「生活改善同盟会」(⇒1933年に「生活改善中央会」へと改組) が「時間を厳守し、欧米並みに生活の改善・合理化を図ろう!」と制定した。小学生時からよく馴染んで来た記念日のひとつである。


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□ 時報の歴史


▽ 奈良時代

6月10日を「時の記念日」に制定したのは---
養老4年(720年)頃に成立したと推定される歴史書の「日本書記 巻第二十七 天智天皇紀」には、飛鳥時代の天智天皇10年4月25日(671年6月10日)、「漏刻(ろうこく、中国伝来の水時計) を新しき台(うてな)に置く。始めて候時(とき)を打つ。鐘鼓を動す(かねづつみをとどろかす)」と記載されていることに因んだもの。
1981年に発見された「飛鳥水落遺跡」 (奈良県高市郡明日香村飛鳥) がその遺構と言われている。


▽ 平安時代

延喜(えんぎ)5年(905年)に編纂開始し康保4年(967年)に施行された律令制度の格式(施行細則)の「延喜式(えんぎしき)」には、時刻法(定時法)として、
夜半を子(ね)として子・丑(うし)・寅(とら)…亥(い)の12支に1日を分けた、12辰刻(しんこく・とき、今で言う2時間)、48刻(こく、今で言う30分)が宮廷で使用されたことが記載されている。そして「諸時撃鼓」の項では太鼓や鐘の打ち方が詳しく記載されている。辰刻ごとにその数だけ太鼓を打ち、その間には刻の数だけ鐘を鳴らした。

==中略==


▽ 江戸時代

徳川幕府の「時の鐘」は、二代将軍・秀忠の1626年に江戸城から石町三丁目(現在の中央区日本橋本町4丁目) の鐘楼堂に移された。
明治維新に廃止され、1930年に「区立十思(じゅっし)公園」(「伝馬町牢屋敷跡」、日本橋小伝馬町5-2) に移された。
江戸市中では、本石町の「鐘の音」、即ち大太鼓の音が聴こえたら周囲の寺社等が鐘を鳴らし、それを聴いた更に周囲の寺社が鐘を鳴らすという時報システ厶が構築されていた。


▽ 明治時代

1871年には時報として天文台からの通報を受けて陸軍省が大砲(「報時砲(ほうじほう)」と呼ぶ空砲) が使用されるようになり、正午に鳴らされる「報時砲」を「午砲」(通称「昼ドン」)と呼んだ。


▽ 昭和時代

1925年には東京放送局(現在のNHK)が日本初のラジオ放送を開始したのに伴い、逓信省無線電信局の報時信号を使用して校正した振り子時計に基づいてアナウンサーが口頭でカウントダウンして時刻を伝えていた。
1929年には天文台からの通報を受けて東京市教育局がモーターサイレンを鳴らすようになった。
戦後の1955年には電電公社(現在のNTT)が電話サービスのひとつ(現在の117番)として時刻をリアルタイムで提供するようになった。


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□ 私が見た時計塔/台のフォトギャラリー


▽ 千代田区「国会前西洋式庭園」

三権分立の時計塔20220506

 

 




▽ 荒川区「汐入公園」

サンスカルプチュア(太陽の彫刻/日時計)20210426 / 拡大20211003

 

 

 

 

 

▽ 江東区「猿江恩賜公園」

 

シンボルの時計台20200704





▽ 江東区「清澄公園」

江戸火の見櫓(やぐら)風の時計塔・・・小鳥の巣箱を兼ねている20200608

 

 

 

 

▽ 中央区「日本橋人形町」

からくり櫓/時計台20200111





▽ 北海道「札幌市時計台」

石原裕次郎の「恋の街札幌」(1972年リリース)世代の我々にとっては特別な心情がある風景。
カシオペアに乗って定年退職記念旅行をした時に訪れた200111
出典:「エポック社」ジグソークラブ

 

 


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■ お題「時は金なりを実感したことは?」

 

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□ 格言「時は金なり」(英語「Time Is Money」)


▽ 由来


「アメリカ合衆国建国の父」の一人 (アメリカ大陸会議 / 郵政長官) であるベンジャミン・フランクリン (Benjamin Franklin、1706年1月17日~1790年4月17日、84才没)のエッセイ『若き商人への手紙』(1748年7月出版)において、「時は金なりであることを肝に銘じなさい」(英語「Remember that time is money」)と述べていることに由来。


▽ 真意


ベンジャミン・フランクリンの考え方・・・一定の時間を「遊び」をして1万円使った人と「仕事」をして1万円稼いだ人との差異は、2万円の「機会損失」がある。

持っている「時間」と「金」を、「消費」してゼロにするよりも、「投資」して利益を増やすことが大切である。

このように「時間」は無限に有るように見えるからと言って無駄に使ってはいけない。「時間」は「金」と同じように有限で貴重なものと思いなさい。


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□「時は金なり」を実感した経験


▽ バブル経済期


労働組合員の頃(1971~85年)には時間外(残業)制限が緩く月40~60時間は働いていたので、子供の養育費・家族旅行代を何とか賄えた。

管理職の頃(1986~2000年)には年二回のボーナス支給額が多く、住宅ローンや子供3人の教育費を何とか賄えた。

しかし返す返すも悔むのは、この間(1971~2000年)の長きに亘って私の遊興費(主には飲み歩き代)として浪費した「機会損失」のことである。

幸い、退職金からの借金返済はゼロ。埼玉から浅草への移転資金の一部となった。



▽ 再就職の頃(2001~09年)


この間は浪費を抑えつつ、力を入れた従業員持ち株が後々、優良株となっている。



▽ リタイア後の生活(2010年~)


老後は「金」に執着せずに、「時間」をサイクリング&ウォーキングや自然を愛することに傾けている。