昨夜の月は月齢9.1 「十夜月」

 

20210916--18:05 (月の出から2時間半後)

南東の空  雲の間から

 

20210916--20:06 (正中の14分前)

南の天空 すっかり雲が無かった

 

 

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台風14号の進路予想

20210916--18:00

 

 

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■ 9月16日は「競馬の日」


競馬法(1948年改正)、日本中央競馬会法 (1954年公布・設立) に基づき資本金全額を政府が出資(49億円)、農林水産大臣(生産局畜産競馬監督課)の監督を受ける、特殊法人(農林水産省外郭団体)の<br><a href="https://www.jra.go.jp/company/">「日本中央競馬会」</a><br>[JRA (Japan Racing Association)、港区西新橋1-1-19 日比谷フォートタワー)が発足した。
馬券の1割と事業利益の半分を国庫に納付しており、2020年度は約3,299億円を国庫納付し国の一般財源となった。


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□ お題「馬券、買ったことある?」
 

 

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私が競馬を本格的に始めるようになったのは、最初に定年退職し再就職した2001年(54才)。完全に止めたのが2016年(69才)だったので、約15年間は "競馬どんぶらこ"。
浅田次郎・原作の「競馬どんぶり」 (幻冬舎アウトロー文庫)

 

ところが、その間に競馬場を訪れたのは数えられる程しかない。要するに馬一般や競走馬(主にサラブレッド)のことが、猫の如く特に好きな訳では無かったことになる。
友人に何度も誘われたが、結局、訪れた競馬場は年末の「東京大賞典」時の「TCK 大井競馬場」(品川区勝島2-1-2) と、2002年6月23日(日)の「宝塚記念」時の「JRA 阪神競馬場」(兵庫県宝塚市駒の町1-1) 。
今から思うに、私にとっての競馬とは、馬を愛しながら競馬レースを楽しむというよりは、万馬券など高額配当的中のゾクゾク感を追い求めることだったのだろう。


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年金生活に入ったのが2009年(62才)。それから数年間は競馬を続けていたので毎週のように"JRA口座"に補充していた。
だが、収入激減の中でチマチマした賭け方が原因なのか? 絶不調に陥ったため、年金生活に適さないギャンブルは徐々に止めることを決めた。
このように競馬との別れが2016年(69才)頃までのソフトランディングだったのに対して、自動車運転との別れは2010年(63才)、タバコとの別れは2016年(69才)のハードランディングだった。
従って2016年頃から、殆ど銀行自体に縁が無くなって(笑)今日に至っている。サイクリング&ウォーキングの日々が急増したのもこの頃である。


*


年金生活になってから、我慢して競馬を控えている私。JRAのウインズ(場外馬券場)の傍を通ると、土日は相変わらずシルバー世代が多い。
儲(もう)からないと分かっていても、予想してレースを待つワクワクドキドキ感が堪(たま)らないのは、経験でよく分かる。 
競馬を始めギャンブルは、数字との闘いである。
我々貧乏人は、少ない持ち金で、確率の低い三連単や人気薄の高配当を狙う。
金持ちは、人気馬・人気騎手の確率が高く配当が薄い馬券を買う。
何れにしても、賭け続ければ限りなくJRA(胴元)が取る分(25%)の残りの配当(75%)に近付き、損をする仕組みになっている。
従って、勝った時点で勝ち逃げするように帰宅すれば、儲かる可能性は高くなる。
競馬必勝法など存在しない(大がかりな八百長をすれば別)ので、少額で、これこそ "好きな数字" の馬券を買い続けるのが、最も健全な楽しみ方だろう。娘の誕生日が平成10年8月14日 ⇒ 牝馬戦の三連単10-8-14などと・・・。



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□ JRAの略史



昭和31年(1956年)
10月 日本短波放送による中央競馬の実況中継放送開始。
12月 第1回中山グランプリ、後の有馬記念競走が中山競馬場で行われる。

昭和32年
12月 中山競馬場で勝馬投票券発売集計器(トータライザー)を導入。

昭和34年
 2月 米国遠征中のハクチカラ、サンタアニタ競馬場のワシントンバースデーハンデ競走に優勝。
12月 野平祐二騎手、豪州の国際競馬に招待され、シドニーのカンタベリー競馬場で優勝。

昭和36年
 2月 初のダートコースが東京競馬場に登場。

昭和37年
 1月 東京競馬場の新型勝馬投票券発売集計器(トータライザー)が完成。

昭和38年
 4月 8枠連複制実施。
 6月 保田隆芳騎手、中央競馬史上初の通算1,000勝を達成。
11月 第5回京都競馬第1日から場内有線テレビ放送を開始。

昭和39年
 1月 第1回中山・京都競馬の第1日から場内テレビでオッズ(配当率)と出走馬の体重を発表。
 5月 第5回東京競馬から4大場の100円券を廃止し、200円券となる。
 9月 第3回中山競馬から競走中の順位表示を実施。
11月 シンザン、史上2頭目の三冠馬となる。

昭和40年
 3月 第2回中山競馬から自動タイム計測装置を採用。
 7月 新潟競馬22年ぶりに再開。
12月 シンザン、有馬記念を制し五冠馬となる。

昭和43年
 3月 理化学検査の業務と違反に対する制裁を規定化。
 7月 スピードシンボリがわが国から初めて英キングジョージⅥ&クイーンエリザベスステークス競走に出走。10月に仏凱旋門賞に出走。
11月 栗東トレーニング・センター開場。

===私が就職した時期===

昭和46年(1971年)
 6月 活馬の輸入自由化実施。

昭和47年(1972年)
12月 有馬記念で売得金が初めて100億円台に乗る。

昭和48年(1973年)
 4月 東京競馬場で場内有線テレビのカラー化実施。
 6月 自動発売機の運用開始。

昭和49年(1974年)
 2月 電話投票の試験的実施開始。
10月 ハイセイコー、史上初の2億円馬となる。外国騎手招待競走(5ヵ国)を東京、京都両競馬場で開催。
11月 日本中央競馬会新橋分館竣工。

昭和50年(1975年)
12月 グランドマーチスが中山大障害4連勝を飾り初の3億円馬となる。

昭和51年(1976年)
 1月 第1回東京・京都競馬初日から場内で単勝オッズを表示。
 6月 複合投票券方式によるユニット勝馬投票券を、中山競馬場で試験的に発売。
10月 電話投票制度を施行。12月 全国オンラインシステム完成。

昭和52年(1977年)
12月 年間売得金初の1兆円突破。

昭和53年(1978年)
 4月 美浦トレーニング・センターが開場。
12月 有馬記念で売得金が史上初の200億円を突破。

昭和54年(1979年)
 8月 ノミ行為防止キャンペーンを展開。

昭和55年(1980年)
 1月 騎手への制裁点数制導入。

昭和56年(1981年)
 7月 テレホンサービス、関東・関西地区で実施。
11月 日本初の国際招待競走第1回ジャパンカップ競走が東京競馬場で行われる。

昭和57年(1982年)
 3月 馬事公苑に競馬学校開校し騎手養成業務を移管。
 9月 第4回中山競馬から複勝式のオッズ表示開始。

昭和58年(1983年)
 7月 場外・電話投票の締切りを10分前に繰下げ。
11月 6枠連単等が可能となる。ミスターシービー、3頭目の三冠馬となる。

昭和59年(1984年)
11月 シンボリルドルフ、史上初の無敗の三冠馬となる。
12月 わが国で最大規模のCATV映像伝送全国ネットワークシステム運用開始。シンボリルドルフ、第29回有馬記念で優勝、4歳(現3歳)馬初の四冠馬となる。

昭和60年(1985年)
 4月 シンボリルドルフ、第91回天皇賞(春)に勝ち、シンザン以来の五冠馬となる。
11月 栗東トレーニング・センターに坂路調教馬場完成。

昭和61年(1986年)
 2月 文字多重放送への情報提供を開始。
11月 メジロラモーヌ、重賞6連勝でエリザベス女王杯を勝ち史上初の牝馬三冠馬となる。
12月 増沢末夫騎手、中央競馬史上初の1万回騎乗を達成。

昭和62年(1987年)
 4月 日本中央競馬会の略称JRAおよびシンボルマーク、場外勝馬投票券発売所の愛称ウインズ(WINS)を制定。


昭和63年(1988年)
12月 有馬記念当日に、騎手をファン投票により選出するジョッキーズ・グランプリ競走行われる。

平成元年(1989年)
 9月 場外発売締切時刻が場内と同時となる。

平成2年(1990年)
 4月 東京競馬場とウインズ後楽園でマーク式勝馬投票申込みを試験的に開始。
 5月 ダービー当日、196,517名の中央競馬史上最高入場者数を記録。

平成3年(1991年)
 1月 降着制度導入。
 4月 新しい在宅投票システム「PAT方式」試行開始。
 8月 武豊騎手が米国サラトガ競馬場で、本会所属騎手として初めて海外重賞競走制覇。馬番連勝式勝馬投票券の併用発売が、北海道地区で試行(全国的には10月からスタート)。
10月 増沢末夫騎手、中央競馬史上初の通算2,000勝を達成。

平成4年(1992年)
 4月 勝馬投票券の払戻有効期限が1年から60日に変更。
11月 本年より国際GIに認定され、強豪外国勢を迎えた第12回ジャパンカップでトウカイテイオーが優勝。

平成5年(1993年)
 9月 勝馬投票券の購入方法に「ながし投票」「ボックス投票」が加わり、試験的に実施(本格実施は10月)。
10月 美浦トレーニング・センターに坂路調教馬場完成。天皇賞(秋)の勝馬投票券の前々日発売をウインズ後楽園・新橋・難波で実施。
12月 SAT方式電話投票が、都内の4店舗で限定会員制で実験的に実施。


===私が初めて浅草ウインズで馬券を買って的中した思い出===
中山新馬戦 [1993/12/12ダート1200m①アイレックス(柴田政)]



平成6年(1994年)
 1月 外国で騎手免許を受けている者のための臨時試験制度を整備し、短期免許を交付できることになる。東西メインレースの相互発売を、GⅠ前・当日とローカル開催日を除き年間を通して実施。
 7月 出馬発表時にブリンカー着用馬を公表。
 9月 武豊騎手が、フランスのロンシャン競馬場で行われたムーランドロンシャン賞でスキーパラダイスに騎乗し、日本の騎手で初めて海外のG1レース優勝。
10月 グリーンチャンネルの試験配信がスタート。
11月 ナリタブライアン、史上5頭目の三冠馬となる。

平成7年(1995年)
 1月 グリーンチャンネルの本格配信を開始。岡部幸雄騎手が通算勝利数を2,017勝とし中央競馬史上最多勝を更新。

平成8年(1996年)
 3月 JRA初の女性騎手3名がデビュー。
 5月 1枚のマークカードで最大10点の申込み、または2種類の勝馬投票券が購入できるジョイント投票券を導入。

平成10年(1998年)
 8月 電話投票加入者が100万人を突破。シーキングザパールがモーリスドゲスト賞(仏G1)で日本調教馬として初めての海外G1制覇達成。
 9月 出馬投票の土日一括受付を開始。
10月 GⅠ競走当日における他場特別3競走の発売を開始。

平成11年(1999年)
 1月 第16回フェブラリーステークスでメイセイオペラが勝ち、地方馬で初の中央GⅠ制覇。
 5月 シーヴァがタタソールズゴールドカップ(愛G1)で日本産馬として初めての海外G1制覇達成。
 6月 武豊騎手が、史上初のダービー2連覇。
10月 拡大馬番連勝複式勝馬投票法「ワイド」が、福島競馬場とウインズ新白河で先行発売される。
11月 審議の対象となったすべてのレースに関し、対象部分のパトロールビデオが競馬場内で公開される。


===私が再就職し、競馬を本格的に(毎週)始めた時期===
JRAの専用端末ではなく、パソコンや携帯電話などの汎用端末で投票が容易にできるようになった時期と重なる。



平成13年(2001年)
 4月 テイエムオペラオーが天皇賞(春)を優勝、史上初の天皇賞3連覇。
 6月 1台で勝馬投票券の購入と払戻しを同時に行える第6次現金投票端末機の試行運用を京都競馬場で開始。
12月 香港ヴァーズ(G1)でステイゴールド、香港マイル(G1)でエイシンプレストン、香港カップ(G1)でアグネスデジタルがそれぞれ優勝。

平成14年(2002年)
 3月 岡部幸雄騎手が中央競馬初の通算2,800勝を達成。「IPAT(携帯)」の本格運用開始。
 6月 馬番号連勝単式勝馬投票法「馬単」と馬番号三連勝複式勝馬投票法「三連複」が、福島競馬場とウインズ新白河で先行発売開始。
 7月 「IPAT(PC)」の本格運用開始。
12月 武豊騎手が1日8勝のJRA新記録を達成。


===大阪出張の折り、初めての阪神競馬場で的中した思い出===。
第43回宝塚記念[2002/06/23阪神GⅠ2200m①ダンツフレーム(藤田)②ツルマルボーイ(河内)③ローエングリン(横山)]。
この頃より三連複が私の投票のメインとなって行った。  


平成15年(2003年)
 3月 安藤勝己騎手が地方競馬から中央競馬に初めて転身。
 4月 エイシンプレストンがクイーンエリザベスⅡ世カップで日本馬として初の海外同一G1連覇達成。騎手に対するドーピング検査を実施。
 5月 3連複の「軸1頭ながし」および最大18点までのボックス投票が可能になった新マークカードを導入。
 6月 日本ダービーはネオユニヴァースが優勝、M.デムーロ騎手は初の外国人ダービージョッキーとなる。
10月 スティルインラブが桜花賞、オークスに続き秋華賞を制し、史上2頭目の牝馬三冠馬となる。

平成16年(2004年)
 8月 1回札幌競馬で馬番号三連勝単式勝馬投票法「三連単」の先行発売開始。

平成17年(2005年)
 4月 福島競馬場でJRA史上初の1,000万馬券。
 6月 新電話投票サービス「即PAT」運用開始。
 7月 第4回アメリカンオークスを福永 祐一騎手騎乗のシーザリオが、レースレコードで優勝。日本馬の米国G1制覇は史上初めて。
 9月 携帯版JRAホームページ、携帯版「Club A-PAT」がオープン。
10月 武豊騎手、1開催に26勝のJRA新記録達成。東京競馬で3連単1,846万9,120円の公営競技史上最高配当が誕生。ディープインパクト、21年ぶり無敗の三冠達成。
12月 武豊騎手が自身の持つJRA年間最多勝記録を212勝に更新。

平成18年(2006年)
 3月 ハーツクライがドバイシーマクラシック(G1)、ユートピアがゴドルフィンマイル(G2)で優勝。日本馬によるドバイG1競走、海外ダート重賞制覇は初。
 7月 IFHA発表の「トップ50ワールドリーディングホース」でディープインパクトが125ポンドで日本馬として初めて首位に立つ。
10月 東京競馬場に世界最大級マルチ画面ターフビジョンが登場。

平成19年(2007年)
 5月 ウオッカが64年ぶりとなる牝馬による日本ダービー制覇。
 7月 武豊騎手がJRA通算2,944勝(1万4104戦目)を達成し、岡部 幸雄元騎手が持つJRA最多勝記録(2,943勝)を更新。
 8月 馬インフルエンザにより第3回新潟、第3回小倉、第1回札幌競馬の第3日・4日が開催中止となる。
11月 武豊騎手がJRA史上初の通算3,000勝を達成。1987年3月のデビュー以来20年8ヵ月、通算1万4288戦目での到達。

平成20年(2008年)
 7月 三連単の全レース発売開始。

平成21年(2009年)
 5月 新マークカード「ライトカード」導入。


===私がリタイアした時期===


平成23年(2011年)
 3月 東日本大震災で福島競馬場、ウインズ新白河に著しい被害が発生。同大震災の影響で、第2回中山・第1回阪神。第2回小倉競馬第5・6日(3月12・13日)が開催中止となる。また、4月17日まで東日本地区での競馬開催が中止となる。
 4月 JRAダイレクトが開始。WIN5(5重勝単勝式)の発売開始。

10月 オルフェーヴルが三冠馬となる。

平成24年(2012年)
10月 JRAのインターネット投票で地方競馬の発売を開始。ジェンティルドンナが史上4頭目の牝馬三冠達成。

平成25年(2013年)
 3月 地方競馬施設での中央競馬の発売(J-PLACE)を開始。

平成27年(2015年)
 2月 M.デムーロ騎手、C.ルメール騎手が新規騎手免許試験に合格。
 3月 JRAホームページにおける全レースの映像を配信。


===私が競馬を全く止めた時期===

私は後藤浩輝騎手(フリー、2000/2007年の優秀騎手賞)のファンだったが、落馬による頸椎骨折が治らず2015年2月27日に首吊り自殺したことや、デムーロやルメールなど外国人騎手が圧倒するようになったことが、その時期と重なる。

第52回安田記念[2002/06/02東京GⅠ1600m
①アドマイヤコジーン(後藤)②ダンツフレーム(池添)③ミレニアムバイオ(柴田善)]    

 
第60回安田記念[2010/06/06東京GⅠ1600m
①ショウワモダン(後藤)②スーパーホーネット(藤岡)③スマイルジャック(三浦)]