■ 7月11日は「真珠記念日」
□ 日本の真珠略史
『三国志』の『魏志倭人伝』(西晋の官僚・陳寿が280~297年に著わした) によれば、倭国の邪馬台国連合の女王・卑弥呼の後任の台与[臺與(とよ)、生年は235年~没年は不明] が中国の魏国の皇帝・曹氏に「白珠」(しらたま、真珠のこと)五千個を贈った。
奈良時代の『万葉集』(中納言・大伴家持が759~780年に編纂) によれば、天皇の衣冠束帯に欠かせない宝物になり位の高さを象徴する品として、「白珠」あるいは「真珠」(まだま)と詠み込んだ歌が多い(56首)。
平安時代の『古今和歌集』(官僚・紀貫之らが905~912年に編纂) によれば、阿古屋 (現・愛知県知多郡阿久比町) の海岸で採れた天然真珠を「阿古屋珠」(あこやだま)と詠んでいる。
イタリアの商人マルコ・ポーロと小説家ルスティケロ・ダ・ピサが1298年頃(日本は鎌倉時代の北条政権期) に著わした『東方見聞録』には、日本が黄金とバラ色の天然真珠の国であると紹介された。
安土桃山時代に来日したポルトガル宣教師ルイス・フロイスが1585年に著わした『日欧文化比較論』によれば、真珠は搗き砕(つきくだ)いて薬用としてのみ利用されていた。
江戸末期には、越後國の四代目竹山祐卜(ゆうぼく)によって、竹山家秘伝の目薬「真珠散」の全国代理店販売網が構築された。その商品品揃えは廉価な尾張産~水戸産/志摩産/大村産~最高級の伊勢産極精製品に至り幅広かった。
1893年7月11日、三重県鳥羽町の御木本幸吉夫妻が、鳥羽の相島(おじま、現「ミキモト真珠島」)で、養殖場を始めてから3年目に、英虞湾(あごわん)神明浦で養殖アコヤ(阿古屋)貝の体内で、世界で初めて半円真珠(5粒)の養殖に成功した。1899年、東京・銀座で真珠専門店「御木本真珠店」を開設。1906年、英虞湾の多徳島で真円真珠を完成。1951年、「ミキモト真珠島」(鳥羽市鳥羽1-7-1)を開業した。
今日でも天然物は房総半島以南に分布し、養殖物は三重県の英虞湾、愛媛県の宇和海、長崎県の大村湾などで生産されている。
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□ お題「今まで買った一番高いアクセサリーは?」
妻に贈ったダイヤモンドの婚約指輪。但し、事実上は親の負担だった。
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