■ 1月16日は「禁酒の日」
清教徒 [ピューリタン、キリスト教プロテスタント(カルヴァン派)] の影響が強かった米国ではアルコールに対する強い批判があり、20世紀初頭までに18の州で「禁酒法」が実施された。これが連邦(全米)に及んで、1920年1月16日、米国で「連邦禁酒法」(通称「ボルステッド法」) が実施された。
ところが、飲料用アルコールの製造・販売等は禁止される一方で、健康に悪影響を及ぼす密造酒の横行、アル・カポネとその敵対者バグズ・モランを始めとするシカゴギャング出現、警察組織腐敗の引き金になり、彼ら反社会勢力は密売によって巨額の富を蓄積するようになったため、「連邦禁酒法」は1933年12月5日に廃止された。
尚、大恐慌(1929年10月24日)の勃発を挟む、1920~33年の混乱した時代を「禁酒法時代」と言う。
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■ お題「お酒は好き?嫌い?」
私は、お酒が大好きである。
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□ 私とお酒の飲み方
▽ 過去
なまじ、酔いが遅効性(ちこうせい)のため、種類に関わりないピッチで飲み続ける。
そのため、酔いが一気に襲って来て、寝てしまう。
ところが、回復が非常に速く周りの人が驚く様に再開する。この性向は長くサラリーマン生活を通して続いて来た。
私はいわゆる "酒に飲まれる" タイプ、つまり酒癖が悪い。
従って、酒にまつわる失敗談には枚挙に遑(いとま)がなく、幾度となく危機との遭遇はあったけれど、何とか切り抜けて無事に定年を迎えることができた。
偏(ひとえ)に、周囲の人間関係に恵まれ、かつ深刻な病気・事故・事件に襲われなかったのは、偶然、運が良かったとしか言いようがないかもしれない。
早目にリタイアし年金生活の今は、不思議な位に自然態で飲酒願望が薄まっている。
これは恐らく、外勤の現役サラリーマンを続けていたならば、薄まることは無かったのではないだろうか?
▽ 現在
今の年金生活の実態は、雨天でなければ、都区内の公園・庭園を中心として季節の変化を求めて巡回している。
雨天ならば、図書館から借りている本を読んだり、テレビを観たりラジオを聴いたり。
いわば「晴耕雨読」的な生き方である。
だが世間が推奨する家庭菜園・ジョギング・ストレッチ、近隣での軽いアルバイト、友だちとの頻繁な親睦会やスポーツや旅などには興味が起きない。
もし後者のルーティンワークを選んだのなら、酒が美味しくなってしまいそうだから(笑)。
お酒は好きなので禁酒しようとは思わない。しかし、"明るいうちから飲まず" "自宅以外では極力飲まず" をモットーにしている。
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□ これまで愛した酒類の変遷
▽ サラリーマン初期(オイルショック前後期)の1970年代
ビアガーデン/洋酒コンパ/ディスコ/スタンド小料理/焼き鳥などで、酒なら何でも口にした。
新橋ニッカバー「ウエスタン」

▽ バブル経済前期の1980年代
ウィスキーの「スーパニッカ」、バーボンの「ジャックダニエル」、焼酎の「さつま白波」、日本酒の「剣菱」など酒類を銘柄で飲むようになった。
さつま白波

▽ バブル経済後期の1990年代
スコッチの「シーバスリーガル」やバーボンの「ワイルドターキー」などを銀座のナイトクラブにキープし、午前様や外泊が多い乱れた生活だった。
このままでは病魔に襲われると、早目のリタイア(役職定年~再就職)を考えるようになった。
シーバスリーガル

▽ サラリーマン終期の2000年代
2003年に浅草のマンションを購入し、そこから次女が4年間通学。2007年からマイカーを手放し、我々が移転して終活(断捨離)が始まった。
2001年の再就職を転機として、酒場を高級店指向(スコッチ/バーボン/ワイン)⇒居酒屋指向(ビール/焼酎/純米酒)へとシフトした。
▽ 年金生活期の2010年代
早目のリタイアを選択し、2009年(62才)から年金生活へ、2016年(69才)から禁煙へと移行。2019年(72才)から運転免許を返納した。
収入に応じ(分相応に)、明るいうちはアウトドア(自然の散策)、暗くなれば自宅で晩酌すること(禁酒はせず各酒類を少量ずつ)にしている。
従って結果論として、"With コロナ"期(2020年~)への突入には対応し易い。
▽ 過去
なまじ、酔いが遅効性(ちこうせい)のため、種類に関わりないピッチで飲み続ける。
そのため、酔いが一気に襲って来て、寝てしまう。
ところが、回復が非常に速く周りの人が驚く様に再開する。この性向は長くサラリーマン生活を通して続いて来た。
私はいわゆる "酒に飲まれる" タイプ、つまり酒癖が悪い。
従って、酒にまつわる失敗談には枚挙に遑(いとま)がなく、幾度となく危機との遭遇はあったけれど、何とか切り抜けて無事に定年を迎えることができた。
偏(ひとえ)に、周囲の人間関係に恵まれ、かつ深刻な病気・事故・事件に襲われなかったのは、偶然、運が良かったとしか言いようがないかもしれない。
早目にリタイアし年金生活の今は、不思議な位に自然態で飲酒願望が薄まっている。
これは恐らく、外勤の現役サラリーマンを続けていたならば、薄まることは無かったのではないだろうか?
▽ 現在
今の年金生活の実態は、雨天でなければ、都区内の公園・庭園を中心として季節の変化を求めて巡回している。
雨天ならば、図書館から借りている本を読んだり、テレビを観たりラジオを聴いたり。
いわば「晴耕雨読」的な生き方である。
だが世間が推奨する家庭菜園・ジョギング・ストレッチ、近隣での軽いアルバイト、友だちとの頻繁な親睦会やスポーツや旅などには興味が起きない。
もし後者のルーティンワークを選んだのなら、酒が美味しくなってしまいそうだから(笑)。
お酒は好きなので禁酒しようとは思わない。しかし、"明るいうちから飲まず" "自宅以外では極力飲まず" をモットーにしている。
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□ これまで愛した酒類の変遷
▽ サラリーマン初期(オイルショック前後期)の1970年代
ビアガーデン/洋酒コンパ/ディスコ/スタンド小料理/焼き鳥などで、酒なら何でも口にした。
新橋ニッカバー「ウエスタン」

▽ バブル経済前期の1980年代
ウィスキーの「スーパニッカ」、バーボンの「ジャックダニエル」、焼酎の「さつま白波」、日本酒の「剣菱」など酒類を銘柄で飲むようになった。
さつま白波

▽ バブル経済後期の1990年代
スコッチの「シーバスリーガル」やバーボンの「ワイルドターキー」などを銀座のナイトクラブにキープし、午前様や外泊が多い乱れた生活だった。
このままでは病魔に襲われると、早目のリタイア(役職定年~再就職)を考えるようになった。
シーバスリーガル

▽ サラリーマン終期の2000年代
2003年に浅草のマンションを購入し、そこから次女が4年間通学。2007年からマイカーを手放し、我々が移転して終活(断捨離)が始まった。
2001年の再就職を転機として、酒場を高級店指向(スコッチ/バーボン/ワイン)⇒居酒屋指向(ビール/焼酎/純米酒)へとシフトした。
▽ 年金生活期の2010年代
早目のリタイアを選択し、2009年(62才)から年金生活へ、2016年(69才)から禁煙へと移行。2019年(72才)から運転免許を返納した。
収入に応じ(分相応に)、明るいうちはアウトドア(自然の散策)、暗くなれば自宅で晩酌すること(禁酒はせず各酒類を少量ずつ)にしている。
従って結果論として、"With コロナ"期(2020年~)への突入には対応し易い。

