■ 8月27日は「仏壇の日」
「日本書紀」には、天武天皇 [大海人皇子(おおあまのおうじ)、631年?~686年10月1日] が、685年(白鳳14年)3月27日、「諸國家毎に佛舎(ほとけのみや)を作り、即ち佛像と経とを置きて礼拝供養せよ」 との詔勅を出したとの記述があり、以来、人々は仏壇を拝むようになった。
そして仏壇は、御内仏(おないぶつ)とも言い、各家の先祖・親族の位牌を安置する場となっている。
旧暦3月27日が「仏壇の日」と定められ、新暦の後に「全日本宗教用具協同組合」(千代田区神田司町2-16-7)が毎月27日へと拡大して制定した。
我が家の宗派である「浄土真宗」においては、菩提寺を通して本山から取り寄せた、掛軸の本尊・阿弥陀仏を祀る。
これは、室町・戦国時代に蓮如上人(1415年4月13日~99年5月14日) が布教の際に、「南无(南無)阿弥陀仏」※ と書いた掛軸を信徒に授け仏壇に祀ることを奨励したことに因む。
※
念仏(六字名号)の語源
「南無」・・・サンスクリット語でナマス(屈する)・ナモー(礼拝)に由来し、帰依する・心から信じることを意味する。
「阿弥陀」・・・サンスクリット語でアミターバ(無量の光明・限りない光)・アミターユス(無辺の寿命・果てのない命)に由来し、およそ我々には量り知ることができないことを意味する。
「仏」・・・サンスクリット語でブッダ(仏陀)に由来し、お釈迦様はじめ親鸞様・蓮如様など悟りを開いたお偉い方々を意味する。
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□ お題「家に仏壇ある?」
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我が家では、亡き父が1980年代に購入した仏壇を、埼玉から浅草へと引っ越した2007年まで拝んでいたが、扉が壊れ掛けていた。
「浅草通り」は通称「仏壇通り」や「仏壇街」※※ と呼ばれ、メジャーの「三善堂」(台東区寿2-9-13)をはじめ、延々と仏壇・仏具の専門店が軒を並べている。
出典: 人文社「江戸切絵図」
↓左衛門橋通り ↓東本願寺 ↓国際通り
浅草通り⇒
店舗名
いろいろ検討した結果、フローリングの床に合うリビングタイプの「家具調台付き」に買い替えた。材質は紫檀。
仏壇にお供えする炊き立ての御飯、加賀言葉では「おぼくさん」 [御仏供様(おぶくさま)が訛(なま)った] は毎朝、生前の父がお供えし、父亡き後は妻がお供えしている。
仏壇にお供えする炊き立ての御飯、加賀言葉では「おぼくさん」 [御仏供様(おぶくさま)が訛(なま)った] は毎朝、生前の父がお供えし、父亡き後は妻がお供えしている。
※※
「浅草通り」(通称「仏壇通り」「仏壇街」)の経路
「不忍通り」(都道#463)と「中央通り」(都道#463)とに分かれて繋がる
東京メトロ銀座線上野駅前 ・・・寛永寺、上野公園
〃 稲荷町駅前 ・・・下谷神社(下谷稲荷社)
・・・仏壇通り(仏壇街)
〃 田原町駅前 ・・・東本願寺
〃 浅草駅前 ・・・浅草神社(三社様)、浅草寺(浅草観音)
隅田川駒形橋 ・・・浅草寺駒形堂
都営地下鉄浅草線本所吾妻橋駅前・・・飛木稲荷神社(吾嬬村総鎮守)
都営地下鉄浅草線押上駅前 ・・・牛嶋神社(押上村総鎮守)、東京スカイツリー
横十間川柳島橋 ・・・法性寺(柳嶋妙見堂)
〃 福神橋 ・・・吾嬬神社(吾妻権現社)
「明治通り」(都道#306)と繋がる
「浅草通り」(通称「仏壇通り」「仏壇街」)の経路
「不忍通り」(都道#463)と「中央通り」(都道#463)とに分かれて繋がる
東京メトロ銀座線上野駅前 ・・・寛永寺、上野公園
〃 稲荷町駅前 ・・・下谷神社(下谷稲荷社)
・・・仏壇通り(仏壇街)
〃 田原町駅前 ・・・東本願寺
〃 浅草駅前 ・・・浅草神社(三社様)、浅草寺(浅草観音)
隅田川駒形橋 ・・・浅草寺駒形堂
都営地下鉄浅草線本所吾妻橋駅前・・・飛木稲荷神社(吾嬬村総鎮守)
都営地下鉄浅草線押上駅前 ・・・牛嶋神社(押上村総鎮守)、東京スカイツリー
横十間川柳島橋 ・・・法性寺(柳嶋妙見堂)
〃 福神橋 ・・・吾嬬神社(吾妻権現社)
「明治通り」(都道#306)と繋がる
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昨日8/27(木)
朝は、歯科医の定期検診&クリーニング(2カ月単位)に行った。
午後から、都心の所々で「ゲリラ雷雨」が予報されていたが、台東区では発生しなかった模様。
自宅ベランダからの撮影
20200827--14:05~07
南西~西の空
20200827--17:55
南西
南東の天空
↑月









