■ 7月23日は「米騒動の日」
ご飯に合うおかずといえば?
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1918年7月23日、富山県下新川郡魚津町 (現在の魚津市) の漁家の主婦たちは、魚津漁港から十二銀行 (北陸銀行の前身) が米を県外(北海道)へ移出するのを阻止する集団行動を起こした。
それがアッという間に全国に広がり大正の「米騒動」の始りとなった。
この魚津の抗議運動は、富山湾沿岸一帯で米価引き下げ・困窮者救済の要求運動に発展した。
これが全国版の新聞で報道されると、8月10日には名古屋と京都で米騒動が起こり、遂には全国に波及し2カ月近くの9月17日まで続いた。
警察だけでは鎮圧できずに軍隊まで投入され30人の死者と多数の負傷者を出した。
全国38市153町177村で約70万人が参加。検挙2万5000人超、起訴7786人、死刑2人・無期懲役12人・懲役10年以上59人。
□「米騒動」の時代的背景
当時は米の需要拡大に生産が追い付かなかったが、米の輸入が自由化されなかった。
相場師・伊勢の福寅一派による買い煽(あお)り米価格が高騰。
他方、地主や商人は米を投機へ回し次第に売り惜しみや買い占めが発生した。
そんな中、時の寺内正毅(長州軍閥)内閣は1918年8月2日、勃発したロシア社会主義革命から資本を保全するため「シベリア出兵」を宣言した。
流通業者や商人などが戦争特需における物資高騰を狙い売り惜しみを更に加速。米価が暴騰した。
大正デモクラシー・民本主義の広がりに伴って反政府的気運が高揚。
全国的な騒動が激発し世論は寺内内閣の退陣を求めた。
寺内首相は、"政官界の大御所""元老中の元老"の異名をとった山縣有朋(やまがた・ありとも、長州軍閥⇒日本軍閥のドン)に、辞意を告げた。
山縣は、西園寺公望(公家)に組閣を命じたが固辞し、原敬(盛岡藩⇒大阪毎日新聞社⇒立憲政友会)を推薦。9月27日、原に組閣が命じられ日本初の本格的な政党内閣が誕生。皮肉にも世論からは"平民宰相"と呼ばれ歓迎された。
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□ お題 「ご飯に合うおかずといえば?」
朝食ならば---
私(夫)の場合、キュウリとナスの浅漬け、納豆と太ネギ、沢庵、タラコ、イカの塩辛、貝の味噌汁。
妻の場合、味付け海苔、ふりかけ、ナスの浅漬け、タラコ、イカの塩辛、貝またはワカメの味噌汁。
▽ みんなのランキング ご飯に合うおかず人気ランキング(2020/07/16)
①鶏の唐揚げ
②麻婆豆腐
③豚肉生姜焼き
④餃子
⑤辛子明太子
⑥サンマの塩焼き
⑦納豆
⑧トンカツ
⑨回鍋肉(ホイコーロー)
⑩ハンバーグ

