3分間電話したい人、だれかいる?
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■ 1月30日は「3分間電話の日」
1970年1月30日から、東京都心部を皮切りに、公衆電話からの市内通話「3分打ち切り」が順次開始された。つまり公衆電話からの市内通話料金が3分間で10円となった。
それまでは1通話10円で何と! 時間は無制限だったため、公衆電話からの長話が横行したので、それを防止するために始められた。
■「公衆電話」の記憶
リブログ
私が「公衆電話」を本格的に利用するようになったのは、サラリーマンとなった1971年から。
最も馴染みだった「青(=黄緑)電話」(ダイヤル市外通話可能な10円硬貨前納式)が全国の津々浦々に設置されて行ったのが、その3年前(1968年)の大学生時代から。
1973年からはお釣りが決して出ない100円硬貨前納式も登場するようになった。
時には飲み屋に設置された「ピンク電話」(正式名「特殊簡易公衆電話」)を借りることもあった。
経済バブルの兆しが見え始めた1982年以降、テレホンカード(略してテレカ) 式デジタル公衆電話の設置が始まった。
アッと言う間に民間企業は販売促進グッズ(CM用ノベルティ)を製作してバラ撒(ま)いた。
テレカ蒐集の趣味もブレイク。私は今でも2桁枚数を保有したまま(プレミアムが付かないかな?)
そんな時勢を背景として、社会人だけではなく女子高生をはじめとして少年少女までが、只で手に入れたテレカを使って公衆電話を独占する現象が起こった。
駅構内や公園や街頭の公衆電話とそのボックスが、急用で使おうと思っても空かない。
この現象は、1984年度末に公衆電話設置台数がピーク(93万5千施設)になっていたにも拘わらず、1988~92年以降のポケベル ⇒ 携帯電話(PHS, PDS)の普及する1993~95年まで続いた。
しかし、1995年以降の公衆電話は、ICカード化(1999年~)も既に遅しと凋落の一途を辿り、とうとう2006年までには利用激減によって殆ど撤去されてしまった。
2014年度末の公衆電話設置台数はピーク時の2割(18万4千施設)となっている。
■ お題 「3分間電話したい人、だれかいる?」
公衆電話からよく電話したのは、サラリーマンとなって会社独身寮に住んでいた時代(1971年)から。
例えば---
母親に、「年末は何日何時頃に着くから」。
付き合っている彼女に、「今度の日曜日は横浜駅西口の交番前に何時」。
---などと、3分間もあれば伝えられるように、具体的な用件に絞って話していた。気持ちや感情などを表現しようという余地はなかった。
家庭を持ち(1975年)アパート住まいとなってからは、個人的な秘密の話を除いては、会社の電話を使って手短に連絡していた。
ところが偶に、帰宅途中で飲み過ぎて遅くなり、公衆電話を何度も入れるが妻が出ない。待ち草臥(くたび)れて寝入ってしまったのだ。
合鍵も持っていない。とうとう隣室の(こちらも)新婚夫婦にお願いしてベランダ伝いに自室に入ったことがあった。
プライバシーもセキュリティーも緩く善意の溢れた悠長な時代だった。
流石に一戸建てを購入して(1977年)からは、自宅に電話を引いたのだった。

