女子大生といえばなんだと思う?

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■ 女子大生の歴史

 


□ 女子の師範学校

 

 

1875年11月29日、官立「東京女子師範学校」(東京府東京市本郷区湯島1-5-45)が設置された。

1885年、「東京師範学校」(現「筑波大学」)へ統合し「東京師範学校/女子部」に改称。1890年、「女子高等師範学校」として分離・改組。1908年、「奈良女子高等師範学校」(現「奈良女子大学」)の設置に伴い、「東京女子高等師範学校」に改称。

1949年5月31日、戦後の国立学校設置法施行により、「東京女子高等師範学校」が新制国立「お茶の水女子大学」(東京都文京区大塚2-1-1)として改組された。

 


□ 帝国大学の女子大生

 

 

1913年8月16日、「東北帝国大学/理科大学」(現「東北大学/理学部」)が女子受験生3人(黒田チカ・牧田らく・丹下ウメ)の合格を発表し、日本初の女子大生が誕生した。それを機に他の帝国大学も次第に女子大生が誕生して行った。

 

 

私のブログ

日本学校制度--NHK「おひさま」より(2011/04/12)
若き津田梅子の悩み--NHK「歴史ヒストリア」より(2011/03/02)

 

 


□ 戦後女子大生の動向 (出典Wikipedia)

 

 

1950年代

日本で一般に女子大生が見られるようになった。

 

 

1960年代

文学部などで男子学生よりも女子学生の比率が高くなる一方で、「女子大生亡国論」が話題になった。

 

 

1950年代~70年代

大学を卒業しても就職する女性が少なく、20代中盤までの結婚を前提として高度な教養を身に付けることが多かったのである。

 

 

1980年代

女子の大学進学が大衆化し、テレビ番組「オールナイトフジ」などで素人の女子大生がマスメディアで持て囃(はや)され、「女子大生ブーム」と言われた。

 

 

1990~2000年代

不況下で女子大生たちの就職難が社会問題化し、特に1993~2005年の卒業生たちは「就職氷河期世代」と呼ばれた。我が娘もその1人だった。

 


*

 


■ お題 「女子大生といえば何だと思う?」

 

 

私の経験値から、現役女子大生イメージ、そして後の女子大卒業生イメージは次のように変化して来た。

 


□ 1960年代後半~70年代

 

 

大学時、サークル活動の場で女子短大生との交流は活発だった。女子大生(四大生)とは学園闘争の場面でコンタクトがあり、そして社会人の独身時には恋愛対象としての交際もあった。

私にとっての女子大生は、何もかもが虚しい微睡(まどろみ)に過ぎなかったけれど、消えることのない青春の記憶。

 

 

【追記】 イメージする文学作品

 

★「されどわれらが日々」柴田翔(著)
文藝春秋社単行本1964年8月・・・第51回(1964年度上半期)芥川賞受賞、文春文庫新装版2007年11月。
何一つ確かなもののない時代そういう時期に生きる者の青春。生きることの虚しさの感覚を軸にして、一つの時代を共にした何人かの男女の大学生の生の悲しみを描く。

 

★「青春の蹉跌」石川達三(著)
毎日新聞連載1968年4~9月、新潮社単行本1968年9月、新潮文庫改版1971年5月。
生きることは闘いだ、他人はみな敵だ。貧しさゆえに充たされぬ野望をもって社会に挑戦し、挫折して行く青年の悲劇を描く。

 

★「ノルウェイの森」村上春樹(著)
講談社単行本1987年9月、講談社文庫改訂版2004年9月。
暗く重たい雨雲をくぐり抜け、飛行機がハンブルク空港に着陸すると、天井のスピーカーから小さな音でビートルズの『ノルウェイの森』が流れ出した。僕は1969年、もうすぐ20歳になろうとする秋の出来事を思い出し、激しく混乱し動揺していた。限りない喪失と再生を描く。

 

 

私のブログ 
映画「ノルウェイの森」エクステンデッド版を観て、改めて思索(2014/09/20)

 

 

世間では(親にも社会にも)依然として"男尊女卑"の風潮が根強く、商業高校or女子短大を卒業し花嫁修業を経て、20代中盤までに結婚することが大勢を占めた。


企業の職場では、庶務(ショム。"コピー取り""経費申請"などの男性補助事務、"お茶汲み""拭き掃除"などの雑用)が主体だった。

 


□ 1980~90年代

 

 

コピア・ファックス、多機能・コードレス電話、ワープロ・パソコンなどの導入による「OAブーム」を切っ掛けとして、労働者派遣業法の改正(1986年施行)が開始された。
職場には女子大・短大卒のOAインストラクター(操作指導)集団が急増した。


次第に、そのパワーが認知され"キャリアウーマン"として、セールスレディーなど男子専有業務へと進出して行った。

 

 

既に女子大生との交流機会が無くなっていたが、亡国イメージが薄れて行き、"理系女""歴女"をはじめとして、その活躍期待が高まって来た。