今朝のYahoo!ニュースに、大変参考となる論説文が掲載されていましたので、ご紹介します。

 

【朝鮮日報日本語版 コラム】

「日本は中国にどんな目に遭わされてきたのか」2016/07/13配信

 

 

【筆者】

 

鮮于鉦(선우정、Sunwoo Jung、ソンウ・ジョン)氏


1967年2月9日ソウル生まれ。延世大学校/文科大学/史学科 卒。

1991年より朝鮮日報記者、2005~10年東京特派員、

以降、同編集局産業部次長待遇、WeeklyBiz部長、社会部次長、週末ニュース部長、国際部長を経て、論説委員。

 

 

尚、失礼して一部を抜粋、そして各箇所を漢字にしました。

 


 


日本の安倍首相は大きな器ではない。交友は幅が狭く、風貌は線が細く、考えは偏っている。
うまく行っていたアベノミクスも壁にぶつかった。
それにも拘わらず、衆参両院を掌握した。

 


弱い野党のアシストがなければ、こうしたことにはなっていなかっただろう。
日本の第一野党・民進党の前身は民主党だ。
7年前に自民党を抑えて政権交代に成功、4年間に亘り日本を率いた。
だが、今は党の勢いが当時の半分にもならない。

 


民主党政権は二つの出来事が切っ掛けで倒れた。

 


大きかったのは2011年に日本の東北地方を襲った大地震の余波だ。
民主党は大地震の時に国民の命を守れなかった。
当時、現場を1週間取材して「日本には政府がない」と感じた。
都市には物資が溢れていながら、被災者たちは食事を抜かなければならない有様だった。

 


民主党が崩れたもう一つ理由は、東シナ海の尖閣諸島(中国名:釣魚島)を舞台に、中国との間で繰り広げられた領有権争いだ。
領有権争いでは国民の自尊心を損なった。
当時の中国の反応は激しかった。反日デモ隊が中国の街頭を埋め尽くした。
暴徒が日本人を襲い、日本製の車を壊し、日本の工場を燃やした。
中国に進出した日本の工場の生産・販売が一気に半減した。破綻する企業も出た。
日本国内にも余波が押し寄せた。中国政府は日本製自動車の輸入と産業資源の輸出を封鎖した。
国営企業は日本に注文した製品の受け取りを拒否。観光客の足も途切れ、3カ月間で日本の航空会社は5万2000席のキャンセルを出した。

 


韓国は心情的に日本の味方をしない。独島(日本名:竹島)問題を抱えているため、領土問題では尚更だ。
しかし、この時は違っていた。日本を通じて中国の真の顔を知っていたからだ。
中国は無道な国なのだろうか。或る日突然、「我が国の領土、我が国の領海」だと主張し始めたのなら、相手にしてはならない。

 


しかし、現実は複雑だ。2010年に日本の警察が東シナ海で中国人船長を逮捕した。日本の巡視船に漁船を故意にぶつけたからだ。
この時、巡視船と中国漁船が衝突する際の動画が公開され、国民の胸に火をつけた。
「屈辱外交」だとデモが起き、多元的領有権問題が単線的な国民情緒に振り回され始めた。

 


中国政府が漁船を放置するのは、韓国もよく知っていることだ。
耐えかねた日本は直接取り締まりに乗り出した。尖閣諸島に対する主権意識が発動されたのだ。中国は協定違反と受け止めた。
漁船の衝突はこの過程で起こった。

 


2012年の第2次紛争も日本政府の尖閣諸島国有化が導火線だった。
日本の極右勢力が島を買い取ろうとしたため、物理的衝突を懸念した日本政府が国有化した。
仕方なかった面もある。しかし、中国は容認しがたい「現状変更」だと受け止めた。

 


突然の政権交代だったため、民主党政権は未熟だった。
領有権問題の扱いを間違え、日本国民の自尊心を損なうばかりだった。
世論に乗じた国内の極右勢力に振り回されてしまった。
民主党の米中バランス外交は一気に崩れた。しばらくして政権も吹っ飛んだ。

 


中国は44年前に(1972年「日中共同声明」で)日本と国交正常化した時、尖閣諸島問題を「子孫が解決しなければならない『未解決保留』課題として残した。

 


なのに、近視眼的な措置で日本民主党政権が自ら紛争時期を早めた。
だから外交は専門家がすべきなのだ。

 


日本企業は徐々に工場を東南アジア諸国連合(ASEAN)地域に移した。
この時のリスク分散が、後に中国の低成長がもたらした「チャイナ・ショック」への耐性を作った。
中国人観光客も日本に再び押し寄せた。

 


輸出中断で世界を驚かせた「レアアース(希土類)」問題は非常に模範的な方法で乗り越えた。
「元素戦略」という名前でレアアースの代替技術やリサイクル技術を開発したのだ。
インド・ベトナムの鉱山も開拓した。
レアアースの中国への依存度は2年で半減した。
日本の需要が減ると、中国のレアアース価格は暴落し、中国側も大きな損害を被った。